116話 大魔獣討伐作戦 その3
囮船がゆっくりと潮の流れに導かれ黒人魚の縄張りとなっている無人島『海の墓場』へと近づいていく。
……クスクス
……クスクスクス
……フフフフフフッ
船は多くの黒人魚に取り囲まれている。
飛空魔法によって船員たちが逃げていったのは、黒人魚もわかっているはずだ。
それでも黒人魚たちの興味は、囮船に……正確には船に積まれた膨大な魔力を貯めた人間人形にあるのだろう。
「ユージンよ、どこで打って出る?」
隣のソランが全身に闘気を漲らせている。
「そうだな……もう少し島に近づいたら」
俺は白刀の柄に手をかけ、いつでも抜刀できるよう備えた。
…………ギィ…………ギィ…………ギィ…………ギィ
囮船はゆっくりと進んでいく。
徐々に霧が晴れていく。
「シャアアアアア!!!」
海面から一体の黒人魚が飛び出してきた。
(弐天円鳴流……)
俺が剣撃を放とうとした時。
「ふん!」
ナックルをつけたソランの拳が黒人魚の身体を貫いていた。
ドス、という重い音とともに、びくんと黒人魚の身体が震え動かなくなる。
「やるな、ソラン」
「ふ……、これで討伐数は1体づつ。ユージンに並んだぞ」
そんなことを言われた時。
「「キャアアアアアア!」」
複数の悲鳴が聞こえる。
俺たちの背面から迫ろうとしていた二体の黒人魚の心臓をレオンハートの矢が貫いていた。
「君たちさ。どうせいちいち数えてられなくなるんだから」
呆れた顔で言われた。
――それからしばらく、俺たちは囮船に上がってくる黒人魚を狩り続けた。
俺は何体斬ったか忘れたが、また一体の黒人魚の首を刎ねた。
ばたりと倒れ、黒い血を流した黒人魚の身体がゆっくりと崩れていく。
「黒人魚は死ぬと死体が煤になるんだな」
船のデッキは、黒い煤で真っ黒になっている。
「ユージン! 俺はこれで100体の黒人魚を狩ったぞ! おまえはどうだ!」
「……悪い、数えてなかった」
「なんだと!」
斬るのに夢中で忘れてた。
「…………きみたち……元気……だな」
レオンハートは、かなり息が上がっている。
俺とソランに比べて、体力はそこまでないようだ。
(フォローしたほうがいいか?)
そう考えレオンハートの近くに行こうとした時。
「「「「「「「「「シャアアアア!」」」」」」」」」」」
数十体の黒人魚が一斉に襲いかかってきた。
これまでで最大の一斉攻撃だ。
「弐天円鳴流『風の型』鎌鼬」
俺は一呼吸で三体の黒人魚の首を刎ねた。
「爆裂拳!!」
ソランの拳が二体の黒人魚の頭を吹き飛ばした。
「くっ!」
レオンハートの矢が、一体の黒人魚の心臓を貫く。
が、船上にはまだ十数体の黒人魚が上がってきている。
「レオン!」
ソランの焦った声は、黒人魚たちがレオンハートに迫っているからだ。
俺とソランが助けに向かおうとした時。
「よっと」
軽い声とともに、人影が船上に降り立った。
そして、十体近い黒人魚が吹き飛ぶ。
人影の正体は、空のように青い軽鎧と赤い槍を持った男。
「大丈夫か? レオン」
「クロード……か」
助けに入ってきたのはクロードだった。
上空では、クロードの騎竜が旋回している。
「ここからは交代するよ。レオンは先に退避してくれ」
「そんなわけには……」
「作戦は囮船を『海の墓場』まで運ぶことだ。もう、目的は達成した」
ちょうどその言葉と同時に、囮船が……ズンと音を立てて止まった。
浅瀬に座礁したようだ。
「だが! あれを見ろ! 黒人魚の数が……!」
レオンハート指差すほうには、こちらを獲物を狙う目で見つめる数千の視線。
「ああ……予想より随分多いな」
「だから可能な限り、数を減らしておかないと……作戦の正否に……」
「待てって、レオン。当初の想定と違ったんだ。そこまでカバーしようとしなくてもいいだろ。黒人魚は間違いなく人間人形に興味を持ってる。釣り餌の役割は果たせてる」
「そうだな。あとはうまく女王の下に、爆発魔法を仕込んだ人間人形運ばれたらいいんだ。クロードの言う通りにしよう」
ソランもクロードの意見に賛成のようだ。
「わかった……」
不承不承という感じではあったが、ここでレオンハートは囮船を脱出した。
船上に残ったのは、俺とソランとクロード。
座礁した船には、次々に黒人魚が乗り込んでくる。
「これを全部相手にするのは骨だな」
「クロード、このまま船に留まるより島に上陸してしまわないか?」
「島に……?」
俺が提案すると、クロードが怪訝な顔になった。
「船の上じゃ、黒人魚側に地の利がありすぎる。地上に上がったほうが、俺たちは有利だろ?」
「だがどうやって地上まで移動する?」
ソランに聞かれて、俺は次期聖女に借りた魔力を使って『魔法の翼』を発動した。
俺の背中に光輝く片翼の翼が現れる。
「こいつで移動するよ」
「じゃあ、俺はソランと一緒に飛竜に乗って移動だな」
クロードがそう言うことで意見はまとまった。
囮船に乗り込んでいる黒人魚は百体を超えている。
「いくぞ!」
クロードの声に、飛竜が船のすぐ近くへ急降下する。
そして威圧するように大きな叫び声をあげると、びくりと黒人魚たちの動きが止まった。
ダン! とクロードとソランがジャンプをして飛竜に乗り込むのが見えた。
そのまま島のほうへと飛び去っていく。
囮船に残っているのは、俺一人になった。
船内にある大きな客室に、人間人形は並べられてある。
黒人魚はすでに船内のほうへ侵入しているものもいる。
ちょうど、一体の人間人形が黒人魚の長い髪にぐるぐる巻きにされて運ばれているのが見えた。
(一応、最低限の作戦目標は達成したな……)
じりじりと俺に迫る黒人魚の群れを眺め、俺も退避するために飛空魔法で上空へと飛んだ。
高度を上げれば、クロードの飛竜と同様黒人魚に襲われる可能性はほぼなくなる。
しかし、俺の持つ『魔法の翼』は飛竜よりも小回りが利く。
ただ空を飛ぶだけに使うにはもったいない。
(……弐天円鳴流『風の型』空歩)
本来は地上を風のように速く移動する技だが、今なら海の上でも同じように動ける。
俺は海面を蹴って、時たま海上に頭を出している黒人魚の首を刎ねながら島の海沿いに並ぶ黒人魚たちの群れを目指した。
(もしも女王がいるのなら……きっとあの中だ)
群れの女王は群れの後方から指示をだしている、と参謀からの説明があった。
俺はもっとも黒人魚が多くいる場所へ狙いを定め、向かう。
(長居はよそう。一瞬、もしも女王らしき個体が見つかればそれを狩る)
そう決めて、多数の黒人魚たちが居る島の浜辺へたどり着き、……違和感に気づいた。
(黒人魚同士が争っている……?)
船上からは気づかなかったが、海辺にいる黒人魚たちは群れの中で争っていた。
すべての黒人魚が、ではない。
一部だけ。
ほとんどの黒人魚は争いの様子を観察している。
黒人魚同士の争いは非常に激しく、鬼気迫る顔で長い髪を相手の身体に巻き付け合い、長い爪と鋭い牙でお互いの皮膚を切り裂き、噛みつく。
何体かの黒人魚は、その死闘によって死んでいる個体もいた。
争っている黒人魚は、ざっと二百体ほど。
(もしかするとこの中に新女王と旧女王はいるのか……?)
少なくとも争いの原因が、群れの頂点を決めるためのものであるのは間違い無いと思う。
が、見た所女王らしき個体は見つからなかった。
(この中に飛び込むのは危険だな……)
殺気立っている黒人魚の群れ。
異物である俺は、気づかれないよう飛空魔法で頭上を駆け抜けた。
◇
「ユージン。遅いぞ」
「まさかやられたのかと心配したぞ」
先に島の中央部分、小山になっている頂上でクロードとソランはまっていてくれた。
「悪い。島の浜辺にいる群れの中に女王がいないか確認してた。残念ながらそれらしい個体はいなかったよ」
「……そうか」
一瞬、期待した目を向けたクロードだが俺の返事に声が沈んだ。
「ただ、どうやらこの島で新旧女王を決める戦いが起きているらしい。黒人魚の群れの中で、争いが起きていた」
「本当か!?」
「直接見たから間違いない」
「両方を討伐できれば一番よかったんだが……」
ソランが悔しそうに言う。
「問題ないんじゃないか? おそらく俺たちが運んできた人間人形は、新たに群れのトップにたった個体が口にすることになる。俺たちは新女王が決まるのを待とう」
「そんなうまくいくか……?」
クロードは不安そうだ。
まぁ、作戦自体が当初の予定とかなり違うからな……。
…………ドォォォン
という音が遠くから聞こえた。
そっちに目を向けると、俺たちが乗ってきた囮船がバラバラになっている。
おそらく運んできた人間人形を黒人魚たちは巣に持ち帰っているだろう。
つまりこの島のどこかに。
あとは、巣の中で爆発魔法が発動すれば……。
その時、ふと気になったことを思い出した。
「なぁ、クロード」
「なんだ、ユージン」
「本当に黒人魚相手に第一部隊は全滅したのか?」
「どういう意味だ?」
「想像をしてたより弱いなと思ってさ」
「確かにそれは気になったな」
ソランも俺と同意見のようだ。
「俺も……直接戦うのは初めてだからな。気にしてなかったが……」
クロードが考え込むように腕組みをする。
結局は、答えはでなかった。
幸い島の山頂には、黒人魚はやってこないようで危険なく過ごすことができた。
爆発魔法が発動すると、大きな火柱が上がるということなので俺たちはそれを見届けて退避しようという話になった。
一時間ほど待機をしていたが、特に異変はない。
その時だった。
こちらへ向かって飛んでくる大きな影があった。
最初は魔物かと思ったが、すぐにそれが竜の国の竜騎士だと気づく。
「ラルフさん?」
第二部隊の現場指揮官のラルフさんだった。
彼は旗艦で指揮を取っているはずだったが、様子が尋常じゃない。
なにかに追われるような必死の表情をしている。
理由はすぐにわかった。
ラルフさんが大声で叫ぶ。
「今すぐそこから逃げろ!! 暗黒竜グラシャ・ラボラスが近づいているという情報が入った!!」
世界最古にして最強と言われる大魔獣が接近しているという凶報だった。
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5/25は信者ゼロの更新日です。
■感想返し:
>ああ、こいつ(主人公)、たしかにあの剣馬鹿親父の息子だわw
→だんだん、父親に似てきましたね。
■作者コメント
3巻の作業(SS)などで来週はかなり山場です。
■その他
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