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115話 大魔獣討伐作戦 その2

「見られているな」

「……ああ」

 獣人族のソランの言葉に、俺は白刀の柄を握る力を強めた。


 肌を舐め回されるような殺気。


 いつ黒人魚が襲いかかってくるか……。


「ソラン、ユージン、そんなに緊張しなくてもこいつらは斥候だよ。獲物を見張って本隊を呼び寄せてるところだから、まだ襲ってこないよ。楽にしなよ」

 レオンハートがつまらなそうな声で言った。

 

「そうなのか?」

「君たちは喧嘩っぱやいね」

 レオンハートは、魔弓の弓弦の張りを確認している。


 俺は改めて意識を船外に向ける。


 ねっとりとした視線を感じるが、距離は遠い。


 確かに見張られているだけのようだ。

 

(緊張し過ぎても疲れるだけか……)


 俺は白刀を鞘にしまう。


 隣のソランも構えを解いていた。


 囮船は波に揺られながら、濃い霧の中をゆっくりと進む。


 周囲には何も見当たらない。


「本隊は離れた位置に居るんだっけ?」

「ああ、黒海に入る手前ギリギリで待機しているはずだね」

 俺の問にレオンハートが答えてくれた。

 

「積んである人間人形を黒人魚に届けたら俺たちは旗艦にいる本隊に合流。『こいつ』を使ってな」

 ソランが手に持っているのは、魔力を帯びた大きな鳥の羽だ。


「一時的に飛空魔法が使える魔道具『巨大魔(ロック)鳥の羽』か。相場は確か、一つ数十万Gはするよな」

 気前がいいことに囮船の乗員は、全員この魔道具を持たされている。


「……リュケイオン魔法学園の生徒諸君。あまり魔道具を過信しないように。第一部隊のメンバーも全員『巨大魔(ロック)鳥の羽』を持っていた。しかし、生きて帰ることはなかった」

 俺たちに声をかけてきたのは、この囮船の船長だ。


 普段は蒼海連邦の海軍で、連邦の領海の警備をしている熟練(ベテラン)の船乗りらしい。

 が、そのベテランであっても黒海内の航海は緊張するらしく表情は硬い。


「船員たちから先に退避してくださいね。俺たちが最後まで残っていますから」

 という作戦になっている。


 非戦闘員が先に退避して、戦闘員があとから退避。

 囮船は人間人形ごと残していく。


「うむ……、しかし君たちのような若者を残していくのは……」

 軍人でもある船長の表情は苦しげだ。


「心配はむようだ。我らは死なぬ」

 ソランが力強く答えると、船長の表情はやや和らいだ。


 ギィ…………ギィ…………と、古い船は時おり波できしむ。


「ところで目的の場所にはあとどれくらいで着くんですか?」

 俺は船長に尋ねた。


「この追い風と波の高さなら、あと一時間ほどだろう」

「一時間か……」

 意外に早い。 


 黒海の南端。


 潮の流れの関係で多くの漂流物が溜まっており、通称『海の墓場』と呼ばれる無人島。


 第一部隊が全滅したとされる場所だ。




 ◇弓の勇者候補・レオンハートの視点◇



「そろそろ作戦の場所だ」

 船長の言葉に、僕らは頷いた。


 船員や護衛メンバーは、ずっと恐怖に引きつった表情を浮かべている。

 

 無理もない。



 ――キャハハハハ……


 ――クス……クス……クス……クス……


 ――ニンゲン…………オイシソウ…… 


 ――クス……クス……キャハハ……



 濃い霧の中に不気味な笑い声が響く。


 僕らの乗っている船の周囲を()()()黒人魚たちがぐるぐる回っている。


 遠目には何度か目撃したことはあるが、これほどの数、これほど近くで見るのは僕も初めてだ。


 船乗りにとって黒人魚を目撃したら、すぐに航路を変えろと言われている『海の死神』。


 船員たちは生きた心地がしないんだろう。


 僕ですら薄っすらと緊張している。


 なのに。


「なぁ、ユージン。弐天円鳴流というのは素手の技もあるらしいな」

「まぁ一応ね。でも俺は苦手だよ。同門の幼馴染に負け越してるし」


「よし、今度の授業に格闘勝負をしようか」

「やだよ、苦手だって言ってんだろ」


「ふはは、だからだ! 魔王殺しの英雄に勝ったという宣伝に使わせてもらう」

「ふざけんな。あと、魔王は殺してない」


 まったく緊張感の無い会話を繰り広げているのは、英雄科(クラスメイト)のソランとユージンだ。


「ソラン、ユージン。楽にしたら、とは言ったけど緩み過ぎだよ」

 僕は二人に注意した。


「そうは言ってもな、レオン」

「暇だからさ」

 ソランとユージンは口を揃えて返事した。

 こいつら……。


 黒海に入った時には、多少緊張していたみたいだけど一時間ほど経った今はすっかりくつろいでいる。


 豪胆で大雑把な性格のソランはともかく、見た目は真面目な騎士っぽいユージンまで同じような様子なのが意外だった。


 帝国の人間といえば、もっと真面目で堅物なイメージだった。



 その時―― ザザン! と大きな波が船にぶつかった。


 船がわずかに傾く。


 それに気を取られた一瞬の間に。


「シャアアアアアア!!」


 高い奇声と同時に黒い影が一人の船員に迫った。


「ひいいいいっ!」

 悲鳴を上げる船員が、海に引きずり込まれそうなっている。


 船員の身体に長い黒髪を巻き付け、そのまま海に飛び込もうとしているのは青い肌の黒人魚(ウェパル)だ。


「レオン!」

「わかってる!」

 ソランの焦った声がかかった時、僕はすでに弓を構えていた。


 黒人魚の頭に狙いを定め、まさに矢を放とうとしたその時。



 ――コトン



 と、黒人魚の()()()()()



「大丈夫ですか?」

「あ、ありがとうございます!」

 気がつくと船員の隣にユージン・サンタフィールドが立っていた。


 黒人魚の頭を落としたであろう白刀が、抜刀されている。


(まったく…………()()()()()()?)


 ユージンはさっきまでソランの隣で会話していたはずだ。


 いつ移動した?


 いつ首を斬った?


「やるな、ユージン。出遅れたぞ」

 ソランが悔しそうだ。


「俺も気づくのが遅れたよ。波に紛れて襲ってくるとはね」 

 ユージンはそう言いながら、霧で視界の悪い黒海を()()()()見つめている。


 さっきまでの退屈そうだった目から、狩りをする獣の目になっている。


(なるほど、こっちが本性か)


 二体の神獣を退け、魔王を倒し、聖国では大魔獣に単独で挑んだとか。


 それでなお蒼海連邦まで足を運ぶあたり、どれだけ手柄が欲しいんだ?


 帝国の人間は、立身出世に余念がないなと思っていた。


 が、違った。


「討伐数、俺のリードだな」

「すぐに追いつくぞ、ユージン」

 ユージンとソランが、無邪気に子供のような会話をしている。


(戦闘狂たちめ……)


 黒人魚の縄張りのど真ん中で、この二人だけはいつまでも楽しそうだ。

 

「船長、この船は放っておいても潮の流れで『海の墓場』の島に流れ着きますよね?」

「ああ、その通りだ。ここまでくれば勝手に流されるだろう」

 僕は船長に確認を取った。


「では、船長たちは避難を開始してください。僕らが囮船の最後を見届けます」

「それは…………いや、わかった」

 何か言いたげだったが、船長はすぐに察してくれた。


 さっきのように戦闘力が低い船員が多いほうが、護衛としてはやり辛い。

 言い方が悪いが、足手まといになる人間は退避してもらったほうが良い。


「野郎ども! 巨大魔(ロック)鳥の羽を使え! 我々は旗艦にいる本隊に合流する! それでは勇者候補様。あとはよろしくお願いします」


「うん、任せて。それから! 護衛任務についている者も、黒人魚を単独で倒せる者だけが残ってくれ! それ以外は退避していい!」

 僕は大声で全員に告げた。

 

 正直言って、第二部隊の囮船に乗っている船員護衛者の戦闘力はあまり高くない。

 英雄科のメンバーと比較すると顕著だった。


 最初は迷っているようだったが、「護衛の護衛はしないからな」という僕の言葉で、彼らも避難していった。


 最初に船員が。

 続いて護衛担当たちが、飛空魔法で囮船を離れていった。


 船上に残っているのは三人だけになった。


「四人だけになったか」

 ぽつりとユージンが言った。


「四人?」

 ソランが不思議そうな顔をするので、僕は空を見上げた。


 霧で見えづらいが、うっすらと太陽を背に一匹の飛竜がゆったりと空を飛んでいる。


「クロードがいたな。相変わらず気配を消すのがうまい」

「竜の国じゃ、一番の乗り手らしいからね」

 それでいて槍術についても、蒼海連邦屈指。

 僕と同じ勇者候補でも、評価はクロードのほうが高い。


 その結果、黄金の国の我が儘王女に見初められたのはお気の毒様だけど。


「島が見えてきたな」

「あれが……?」

「そうだよ、海の墓場。現在、黒人魚たちが巣を作っている場所の一つだ」


 僕たちの視線の先に、小さな無人島が見えた。

 

 もともとは少数民族がほそぼそ暮らしていたと聞いている。


 が、拡大する黒海に飲まれて人間が住めない島になった。



 身体魔法――千里眼。



 僕は一時的に視力を強化する魔法を使って、無人島の様子を確認した。


 …………ぞわりと、背中に冷たいものが走る。


 島の浜辺におそらく()()()を超える黒人魚の姿があった。

 

「レオン、何が見えた?」

 付き合いの長いソランが、僕の表情を見て察したようだ。 


「黒人魚の群れだ……ただ、思ったより数が多い」

 黒人魚の総数はながらく不明だった。


 一説には、多くて千体ほどだと言われていた。


 だが、あの島にいるのは明らかにその数倍の規模。


 しかも、参謀本部の予想が正しいならあの島を根城にしているのは『古い女王』が率いる群れ。


 世代交代中のため『新しい女王』の群れが別にいるはずだ。


「黒人魚の数は?」

「おそらく数千」

 ユージンの質問に僕は端的に答えた。

 ソランとユージンの表情が曇る。


「たしか、人間人形にかけられている爆発魔法。一つで黒人魚百体を屠れる見込みだったな」

「持ってきた人間人形は五十体。一応、ギリギリ足りそうではあるけど」

 

「違うよ。もともと海の墓場にいる黒人魚は数百体の予想だった。それに対して十分な数の人間人形を用意したのが今回の作戦。ギリギリになってる時点で作戦は失敗だ」


(どうする……?)


 僕は迷った。

 黒人魚は知能が高い。


 人間人形に爆発魔法がかかっているのを黒人魚が学べば、今後同じ作戦は使えなくなる。

 失敗は許されない。

 

(仕方ない……。仕切り直しを。だがどうやって……? 船員はもういない。船を戻すことは……)

 

 僕が頭をかかえそうになっていると。


「じゃあ、数を減らそうか」

「まぁ、それしかあるまいな」


「…………え?」

 ユージンとソランの会話に一瞬、ついていけなかった。

 こいつら、なんて言った?


「クロードにはどう知らせる?」

「こっちの様子を見て勝手に判断するだろう」


「それもそうだな」

「ま、待って! 二人は何をするつもりだ!?」

 僕は慌てて聞いた。

 


「無人島に上陸して黒人魚を斬るよ」

「地面のあるところなら、さほど怖い相手じゃない」

 ソランとユージンは、真顔で答えた。


「わかってるのか!? こっちは四人。敵は少なく見積もって4千体以上いるんだぞ!」

 思わず怒鳴った。

 千倍の戦力差。

 正気とは思えない。 

  

「他に方法がなさそうだし」

「うむ、覚悟を決めよ、レオン」

 そういう二人の顔はすでに覚悟が完了していた。

 

(お前らの方が勇者だよ……)

 心の中でつぶやく。


 ゆっくりと潮の流れに乗って、囮船は黒人魚のいる島へ近づく。


「いいか、危なくなったら巨大魔(ロック)鳥の羽で即離脱すること。それが条件だ」

 

 二人の戦闘狂のせいで、ようやく僕も覚悟を決めることができた。

■大切なお願い

『面白かった!』『続きが読みたい!』と思った読者様。

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次の更新は『5/19(日)』です



■感想返し:

>クロード、良いお師匠様に恵まれたようで

>なんでこんな軽ーい男になってしまったのか謎だけど


竜の国は軍事国家なので、体育会系のお国柄です。

クロードは地元では真面目な軍人でした。

リュケイオン魔法学園で、勇者候補としてモテモテだったので軟派になったみたいですね。

英雄科の生徒は、基本的に男女共に非常に人気があります。

ユージン視点だとあまり気づかないですが……。



■作者コメント

Dアニメでコードギアス 復活のルルーシュが配信されていたので観たら、本編もみたくなって再視聴中。

やはりルルーシュはかっこいい……。



■その他

 感想は全て読んでおりますが、返信する時間が無く申し訳ありません


 更新状況やら、たまにネタバレをTwitterでつぶやいてます。

 ご興味があれば、フォローしてくださいませ。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] クロードくん、気配を消すのが上手いのに王女さまにはしっかり目を付けられたのな。
[気になる点] >僕たちの視線の先に、小さな無人島が見えた。  もともとは少数民族がほそぼそ暮らしていたと聞いている。 ひょっとして前作で出た前作主人公のマコトの先輩使徒の黒騎士カインの出身地? だ…
[一言] ユージンさん活躍できなかった時期が長いから戦闘狂になっちゃったんだな… 相手の首を切るだけの行為を1000回繰り返せば良いとか言いそうだなコイツらw
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