112話 ユージンは、再会する その2
「えっ!? クロードくんが?」
「第二部隊に参加するの?」
部屋に戻るとちょうど買い物から帰ってきたスミレとサラと出くわした。
「みたいだ。参謀部に部隊変更の依頼をしてくるって言ってたよ」
そこでさっきクロードから聞いた話を共有する。
第二部隊の作戦決行日は七日後を予定しているらしい。
黒人魚の群れは、一定の場所でなく黒海の中を周遊しているため本来は日を置かないほうがよいらしいのだが、次の作戦までの準備に日数がかかるとか。
「クロードくん、大丈夫かな」
「あいつは竜騎士だから、いざとなれば空へ逃げられる。だからよっぽどのことがないと死ぬことは……」
ないと思いたい。
「でも……」
「わざわざ戦力の低い部隊に移るなんて」
スミレとサラは不安そうだ。
それぞれの友人であるレオナやテレシアのことを憂いているのかもしれない。
「大魔獣討伐の第二部隊か……」
俺はひとりごちた。
第一部隊が全滅したあと、第二部隊の志願者の数は一気に減ったらしい。
(そりゃ当たり前か……)
死ぬかもしれない任務と、死ぬ可能性が10割に近い任務では心変わりもするだろう。
クロードはそれに志願した。
他に仲間はいるんだろうか?
あいつは竜の国の勇者候補だ。
単独ってことはないと思う。
そもそも部隊変更は認められるんだろうか。
「ねぇ、ゆーくん」
「ユージン、何を考えているか当てましょうか?」
俺が考え事をしていると、スミレとサラが俺の顔を覗き込んできた。
「どうしたんだ、スミレ、サラ」
「ゆーくんもクロードくんと一緒に第二部隊に行きたいんでしょ?」
「顔にそう書いてあるわよ」
「クロードと一緒に……か」
言われて気づく。
さっきクロードが参謀部行くとき、ついていくか迷った。
「駄目だよ、ゆーくん。危ないって」
「ユージンはもうS評価を得てるんだし、聖国で闇鳥と戦ったんだから」
「まぁ、俺が行っても足手まといになるだけだからな」
今回の大魔獣『黒人魚』がいるのは水の中。
そのためには水の中でも戦える魔道具か、水魔法が必須だ。
さもなくば水中に引きずり込まれた瞬間に死が確定する。
剣士の俺では戦力にならないだろう。
その時、脳内に声が響いた。
(別にわざわざ敵のフィールドで戦わなくていいでしょ。ユージンは飛べるんだから)
魔王から久しぶりの助言だった。
「いや、俺は飛空魔法は苦手……そうか。サラの魔力を借りれば翼が使える」
(そ。ちなみに天使の翼の飛行能力は場所を選ばないわよ。空中だけじゃなくて、水中や宇宙だって飛べるわ)
「…………そうなのか? それなら……いけるな」
(ユージンは、もっと自分の能力を知っておきなさい)
「ありがとう、エリー」
俺は魔王に小声でお礼を言った。
流石は女神様の手先となって万物を監視する天使様の翼。
俺の想像の遥か上をいく能力だった。
「ゆーくーん? 誰と話してるのかなー? そんなデレデレして」
「次期聖女の前で魔王と談笑するなんて」
気が付くとすぐ隣の二人が半眼で俺を睨んでいた。
小声を聞かれてた。
「……デレデレはしてない」
「ほんとーかなー。楽しそうだったよ~?」
「もっと私たちを構いなさい。全然、手を出してこないし」
「ゆーくんは釣った魚に餌をくれないよねー」
「ほんと、悪い男」
「いや……飛空船でも朝までずっと……」
最後まで言わせてもらえなかった。
ベッドに押し倒される。
そのまま二人に唇を奪われた。
「ゆーくん……♡」
「ユージン……♡」
スミレとサラの目が肉食獣のそれだ。
(はぁ~)
魔王のため息が聞こえる。
…………学園に帰るのが怖い。
その時――コン! コン!とドアがノックされた。
「おーい、ユージン。部屋にいなかったけど、こっちか?」
クロードの声だ。
「クロード。戻ったのか」
俺が返事をすると、スミレとサラがはっとした顔になる。
「ま、まだ時間が早かったね、サラちゃん」
「そ、そうね、スミレちゃん」
スミレとサラは冷静になったようだ。
「クロード、ドアを開くよ」
俺はドアの鍵を開けた。
「よぉ、ユージン。…………っと、お邪魔だったか。もう少しあとにすればよかったな」
クロードが俺とスミレとサラの顔を順番に見て何かを察したらしい。
「な、なんのことかな!? クロードくん」
「そ、そうよ。クロード。誤解してるわ」
スミレとサラが赤い顔でごまかそうとして、ごまかせてなかった。
「悪いけど、続きは夜にしてくれ。英雄科の連中に声をかけたから一緒に飯でもくおう」
「わかった。それで第二部隊への転属は決まったのか?」
俺が聞くとクロードの表情が微妙なものになった。
「それも……飯の時に話すよ。店は予約してある。こっちだ」
「スミレ、サラ。行こう」
「う、うん」
「ちょっと、待ってよー」
俺はスミレとサラと一緒にクロードについていった。
◇
到着した場所は、客席が10人ほどの小さな酒場だった。
それを貸し切っているようだ。
「こっちだ。みんな。ユージンたちを連れてきたぞ」
クロードが軽く手を上げると、すでに着席していた面々がこちらを向いた。
「ユージン・サンタフィールド。よく来たな」
俺のほうを見て不敵に笑う大型の男は、獅子の獣人族であり拳聖の血を引くソラン・ストームブレイカー。
すでに飲んでいるのか、少し顔が赤い。
「聖国で手柄を立ててまだ足りないとは、帝国の剣士は欲張りなことだね」
こちらを冷めた目で見つめる中性的な美形の男は、次世代の弓の勇者候補、レオンハート・アークフェザー。
「討伐隊が全滅したって聞いたから気になって来たんだよ」
「冷めた見た目と違って、義に厚いんだな。気に入った。第三部隊の黒人魚の討伐数でどっちが上か勝負だ!」
獣人族のソランに勝負を挑まれた。
……俺って冷めた奴って印象なのか?
「面白そうだな。受けて立つよ」
勿論、勝負を受けない手はない。
「あのなぁ、ソラン。遊びじゃないんだぞ」
勇者候補のレオンハートくんは、そういうのはお好きじゃないらしい。
「やっほー、サラ! 来てくれたんだねー☆」
ニコニコとサラに手をふる童顔の少女は、エルフ族の賢者見習い、フェリシア・ブライトスパーク。
「フェリシア、貴方も討伐隊に志願してたのね」
「だって族長命令だもんー、面倒くさいけどさー。サラだって同じようなものでしょ?」
「聖女様は命令はしないけど……、まぁ似たようなプレッシャーはあるかも」
「次期聖女様は大変そうだよねー」
「貴女だって次期族長でしょ」
「まぁねー」
サラとフェリシアが盛り上がっている。
似た立場同士、仲が良さそうだ。
「やぁ、スミレくん。話すのは初めてだね」
「は、はい。えっとアリスさん……ですよね?」
スミレに話しかけているのは、帝国出身のアリス・シルバームーン。
長い銀髪と蒼い目の知的な外見の女子生徒だ。
帝国軍士官学校を中退して『もっと魔法の研究がしたい』とリュケイオン魔法学園に入学した変わり者の天才児……だと聞いている。
彼女も蒼海連邦に来ていたらしい。
「前々から君とは仲良くなりたかったんだ。異世界転生人にして炎の神人族。その身体がどうなっているのか是非一度、じっくり観察を……」
「ひぇっ!?」
身の危険を感じたのか、スミレが自分の身体を抱きしめて後ずさる。
「おい、アリス。スミレちゃんはユージンの恋人だぞ。手を出すなよ」
「なんだよ、クロードくん。別に仲良くする位いいじゃないか。ねぇ、ユージンくん」
アリス・シルバームーンが甘えた声で、俺の肩に手を置き身体をしならせる。
「まぁ、仲良くするくらいなら……」
「ちなみに、アリスの恋愛対象は男女問わずだからな」
クロードがぼそっと告げた。
「「えっ!?」」
ぎょっとして俺とスミレが彼女の顔を見る。
「あれ? 知らなかったのかい? そーだよー☆ 女の子と男の子どっちも好きだよー」
どうやら本当らしいし、隠してないようだ。
「ふふふ、スミレちゃん~、怯えた顔も可愛いねー☆ とっても好みだ」
「ゆーくん! ゆーくん! たすけて」
「あのさ、アリスさん。スミレが怯えてるんで、それくらいに……」
「んー、実はユージンくんにも興味があったんだよねー。白魔力しかない特異体質。封印の第七牢への通行許可を唯一得ている魔法使い。どうだい、今夜スミレくんと一緒にボクの部屋で朝まで……」
「「は?」」
一瞬で、スミレとサラの目が剣呑に光る。
カチャ、という聖剣の柄に手をかける音と、チリッ、という火の赤魔力が宙を舞った。
「はわわわ」
アリスが慌てて俺の肩から手を話す。
「ほら、雑談はそれくらいで席に着いてくれ。同じ大魔獣の討伐隊メンバーなんだ。今日は親睦を深めよう」
クロードの仕切りで俺たちは席についた。
俺は冷えた麦酒を。
スミレとサラは、果物を使った混酒を頼んでいる。
料理は会席のようで、次々に運ばれてくる。
島国だけあって、海鮮が豊富だ。
内陸にあるリュケイオン魔法学園ではあまり見かけない料理も多い。
(野菜にドレッシングと…………生魚?)
これはサラダなのだろうか?
食べてみると悪くないが、火を通してない魚というのはどうも違和感がある。
隣を見るとサラは俺と同じように不思議そうな顔で料理を眺めている。
そしてスミレは……。
「ゆーくん、このカルパッチョ美味しいね。……あれ? 食べないの?」
パクパク食べていた。
うちの実家じゃ生卵も平気だったし、俺とは食文化が違うんだなー。
俺はあとから運ばれてきた、大きなエビや貝を香ばしく焼いた料理や、魚と芋を油で挙げてソースをつけて食べる料理が気に入った。
しばらくは食事を楽しみつつ、クラスメイトたちと雑談する。
もっぱら聖国での大魔獣の話が多かった。
俺は死の山での経験を説明した。
「きみ、よく生きてたね」
勇者候補のレオンハートに呆れられた。
「本当は闇鳥のほうも研究したかったんだけど、聞いた感じじゃ難しそうだねー」
アリス・シルバームーンはふーむ、と考え込むように言った。
「呪い魔法は苦手だ。分かり辛い」
獣人族のソランが嫌そうに言う。
昔何かあったのだろうか。
それにしてもさっきからクロードがあまり喋らない。
「なぁ、クロード」
どうしたんだ? と声をかけようとしたとき。
「みんなに言っておくことがある」
クロードが立ち上がり言った。
視線が集まる。
「俺は7日後に出発する第二部隊に志願した」
クロードが言うと、俺とスミレとサラ以外のメンバーは驚いていた。
「正直、第一部隊の全滅の話を聞いて辞退が相次いでいる第二部隊で成果を上げることは難しいと思ってる。ただ、作戦を成功させるには誰かが行かなきゃならない。竜の国にも支援を頼んだが、失敗の可能性の高い第二部隊への竜騎士団の参加は却下された。だから竜の国から第二部隊への参加は俺一人になる。…………無理にとは言わない。けど、もしも力を貸してくれるなら……」
「俺も一緒に行くよ、第二部隊に」
話が長そうだったので、先に結論を告げた。
「……いいのか? ユージン」
「二言はない」
「助かる」
俺とクロードは短いやりとりを交わした。
「ゆーくんってさぁ」
「ユージンってば」
「…………か、勝手に決めてごめん。でも俺一人でいく予定だから」
「反対はしないよ。私も手伝うし」
「私もスミレちゃんも、絶対ユージンは行くって言うと思ってたから」
「ねー、サラちゃん」
「ありがとう、スミレ、サラ」
スミレとサラの理解が早くて助かった。
「なんだよ、しょーがねーな。俺様も行くぞ」
「帝国の剣士に手柄を奪われるわけにはいかない……か」
「ソラン、レオンハート……」
クロードが驚いた表情になった。
どうやら獣人族の拳聖候補と、勇者候補も第二部隊に参加してくれるらしい。
「私は第二部隊の後方支援くらいならいいかなー。サラもそうでしょ? 流石に前線には出ないよね?」
と言うのはエルフ族の賢者見習いフェリシアだ。
「そうね。それなら可能よ」
次期聖女のサラは囮部隊には参加できないだろう。
「あとはボクかー。他のメンバーと違って戦力面は期待されても困るけど、作戦の立案に助言はできるよ。これでも帝国軍士官学校の参謀科のトップだったからねー」
アリス・シルバームーンは気軽に答えた。
「みんな……ありがとう」
クロードの声が僅かに震えていた。
こうして蒼海連邦へ加勢にきていた英雄科全員が第二部隊へと参加することとなった。
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■感想返し:
>女が絡まなければクロードって真面目なんだなぁ
>それはそれとしてユージンはクロードと一緒に行くのかな
→五章から急にクロードが真面目なキャラに。
これはこれでありかもしれない。
■作者コメント
4/25は信者ゼロの女神サマの更新と12巻発売日です!
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