107話 ユージンは、クラスメイトを探す
3月15日から、攻撃力ゼロの漫画が掲載開始です。
https://comic-gardo.com/episode/2550689798308778060
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「リリー……一体どこに」
ジャクリーヌ団長が心配そうにつぶやく。
死の山へ入る山道入口。
そこが待ち合わせ場所だったのだが、英雄科のリリー・ホワイトウィンドの姿はなかった。
「先に拠点へ戻ったのでしょうか?」
「いえ、分かれてからそれほど時間は経っていません。リリーが私との約束を違えるとは思えない。何か、不測の事態があったと考えるべきでしょう」
俺は彼女について詳しくない。
つい最近、同じ英雄科になったばかりだから。
けど同じ元聖女候補のジャクリーヌ団長が、断言するならきっとその言葉が正しいはず。
「では、探しましょう。二手に分かれますか?」
「いえ、それには及びません。私の『過去視』の魔法を使います」
そう言うやジャクリーヌ団長が、複雑な詠唱をつぶやきながら魔法陣を地面に描き始めた。
(凄いな。過去視は、リュケイオン魔法学園でも扱える魔法使いがほとんどいない高等運命魔法。神聖騎士は剣術だけじゃなくて、魔法も一流なのか……)
そんな俺の心中に気づいてか。
「ふふっ……、違いますよ。『過去視』が使えるのは相手が元聖女候補だけです。聖女候補たちは『血の契約』で結ばれていますからね。誰にでもは使えません」
「そうなんですね」
知らなかった。
血の契約といえば、命の契約の次に重い契約だが……。
「視えました……、むっ。どうやら何者かと言い争っている様子ですね。…………あちらに移動したようです」
そう言って、ジャクリーヌ団長は道を逸れて森の奥へと入っていく。
俺は周囲を警戒しつつ、そのあとに続いた。
暫く進むと、遠くから爆発音のような音が聞こえた。
「何か聞こえますね」
「急ぎましょう」
俺と団長は、足早に音のする方に向かった。
そこでは。
「水魔法・水弾!!」
「木魔法・風弾!!」
対峙する2つの人影があった。
互いに攻撃魔法を撃ち合っている。
もっとも、どちらも殺傷能力は低い牽制用の魔法ではあるが。
片方は森の中に溶け込むような深緑のローブ。
もう一方は、聖国の紋章が入った白い鎧。
つまりは、クラスメイトのリリー・ホワイトウィンドだった。
「リリー! 何事ですか?」
「団長!」
団長がリリーに駆け寄る。
俺は周囲の様子を観察しつつ合流する。
幸い魔法音が魔物を引き寄せるようなことはなさそうだが……。
後ろをちらっとみるとそこには淀んだ灰色の『死の山』がそびえている。
あとは闇鳥がこちらにこないかが不安だ。
「ちっ! 仲間がいたか」
緑のローブの人物は、高い声から女性かと思ったがどうやら少年のようだ。
顔を隠すようにフードを深く被っているが、その奥に赤く光る目が見えた。
「魔族……か?」
南の大陸において、赤い瞳の種族はいない。
それは北の大陸に住まう魔族の特徴だった。
「違う! オレは人間だ!!」
俺の言葉を相手は強く否定してきた。
そう叫ぶ口からは長い牙が見え、それも人族とは異なっている。
が、自分を人間と名乗るということは……
「魔人族……ですか。魔族と人族の混血の……」
「それがどうした! 魔族の血が入っていたから、私を殺すのか! 魔人族には生きる権利すらないのか!」
その言葉に、俺とジャクリーヌ団長は顔を見合わせる。
「聖国はそうなんですか?」
「ち、違いますよ! ユージンくん。神聖同盟では種族差別はありません。運命の女神イリア様のもとに平等です!」
「ですよね」
サラから聞いている。
ちなみに帝国も同じで、能力主義のためあまり種族を気にしない国柄だ。
魔法使い部隊はエルフ族や魔人族が多いし、黄金騎士団の団長にドワーフ族の剣士がいる。
確か帝国魔法研究所の所長が魔人族だったはず。
「リリー、説明しなさい」
「は、はい……。私が団長たちを待っていると、この魔人族の少年が現れ、怪しいと思ったので尋問しようとしたところ逃亡されたため、追跡しました」
「ん~……」
団長が困った顔をしている。
「いきなり尋問は唐突じゃない?」
俺が言うと。
「だって怪しいでしょう! こんな危険な場所で! しかも魔人族が!」
リリーさんは少し偏見が強いようですね。
「先ほどは、どうして魔法の撃ち合いに?」
団長が聞くと。
「「こいつが先に撃ってきた!!」」
リリーと少年がお互いを指さした。
これは……らちがあかないやつだ。
「ジャクリーヌ団長、過去視をしてみては?」
「あれはかなりの魔力を使うので……、それにリリーの聞き方にも問題があったようですし……。貴方の名前を教えてもらえますか? 私は神聖騎士団・第二師団の騎士団長ジャクリーヌです」
団長は常識があって助かる。
「ほ、神聖騎士団の団長……」
その言葉に少年の表情がややこわばる。
「オレは……蒼海連邦のグレタ島からきたミゲルだ」
「グレタ島……知っていますか? リリー、ユージンくん」
「うーん、どこかで聞いたことがあるような……」
「俺は初めて聞きました」
蒼海連邦には100以上の島国が所属している。
その中の一つだろう。
「何もない貧乏な島だよ。主に魔人族が集まって暮らしてる」
「わかりました。次の質問です。タルシス山脈は聖国および神聖同盟が管理する地です。入国許可証は持っていますか?」
「ああ……勿論だ」
少年が懐から一枚の紙を取り出して見せてくる。
「ふむ、本物のようですね。私の『鑑定スキル』がごまかせるほどの偽物なら大したものですが」
団長、多才だなー。
「では、最後の質問です。こんなところで何をしているんですか? この近くには大魔獣の巣があるから危険ですよ? 理由もなくやってきたわけではないでしょう?」
「…………」
この言葉にミゲル少年が黙る。
「やはり、怪しいですよ! 拠点に連れ帰り、厳しく取り調べましょう!」
「落ち着きなさい、リリー」
団長とクラスメイトの会話を聞きつつ、俺は少年を観察した。
深緑のローブで身体を隠しているが、わずかに見える肌には入れ墨のようなものが彫ってある。
魔法術式を組み込んだ入れ墨だ。
あの書式は……
「君は召喚魔法士か」
「なっ! なぜそれを!」
ミゲル少年の目が見開く。
当たりだったようだ。
ちなみに召喚魔法とは、魔物や幻獣と『契約』することで、それらを自由に呼び出せたり命令することができる魔法だ。
契約の手順が複雑かつ、呼び出すのにも複雑な魔法陣が必要でかなりマイナーな魔法である。
しかし強力な魔物と契約をすれば、一気に強くなれる。
そういえば、生物部の部長は召喚魔法も使えたっけ?
でもあのひとは本人のほうが怪物じみてるからなぁ。
「よくわかったね、ユージンくん」
「なんで、わかるのよ! あんたも怪しいわね」
「勝手に怪しむな。前にユーサー学園長が、異世界からなにか召喚してみよう! って魔法陣を描くのを手伝わされたんだよ。彼の身体に彫ってある入れ墨も召喚術式の魔法陣だ」
あの時は、結局ショゴスとかいうへんな異世界の怪物が召喚されて事後処理が大変だった。
その怪物も、現在第七の封印牢にいたりする。
「くっ!」
ミゲル少年が慌てて肌を隠した。
もう遅いけどね。
「しかし蒼海連邦の召喚魔法士がどうして、わざわざタルシス山脈の奥地へ……? まさか」
団長の言わんとすることに俺も気づいた。
「闇鳥と契約をしに?」
「…………」
沈黙は肯定のようだ。
「無理でしょ。死ぬわよ」
リリーの言葉に俺は同感だった。
あれは契約できるような存在じゃない。
そこでふと思い出す。
「いや……しかし、その子供なら」
「そういうことか……」
「えっ!? 大魔獣の子供? えっ! なに、それ!」
俺と団長は、小さく頷いた。
リリーは驚いている。
さきほどの闇鳥が温めていた大きな卵。
そこから孵ったばかりの雛なら、契約をされてしまう可能性もある。
「君は闇鳥が卵を孵そうとしているのを知っていますね? そして、その雛と契約してくるように依頼でも受けたのかな? 歴史上、大魔獣と召喚契約を結べた者は存在しない。成功すれば大したものだが、まぁ死ぬでしょう」
「やってみなければわからないだろう!」
「そもそも、闇鳥の『死の呪い』で近づくこともできないと思うけど」
俺がいうとミゲル少年は不敵に笑った。
「はっ! 俺には魔王エリーニュス様の加護がある!『死の呪い』など問題にしない!」
「……は?」
唐突に魔王の名前が登場して、俺は混乱した。
「あー!! 思い出しました。団長、グレタ島って魔王信仰の国ですよ! 学園の地理テストにでました!」
そんな問題あるんだ。
俺は選択してない講義だ。
その時だった。
……ザワ、と空気が変わる。
強烈な殺気が、周囲を支配する。
「「「…………」」」
ミゲル少年だけでなく、俺とリリーも沈黙した。
「いけませんね、よりによってあんな淫売魔王を信仰するなんて。いいですか? 堕天の王エリーニュスは、女神様に唾を吐き天から堕ちた俗物。あんなのを信仰するだなんて、これは『教育』が必要ですねー☆」
さっきまでの落ち着いた雰囲気が消え失せ、全身から剣呑な空気を放っているジャクリーヌ団長。
(なぁ、リリー・ホワイトウインド)
(何よ、ユージン・サンタフィールド)
(ジャクリーヌ団長って、魔王の名前だすとああなのか?)
(団長のご先祖様が、昔魔王エリーニュスに辱めを受けたとかなんとか……詳しい話はしらないけど、団長の前で魔王の名前は禁句よ)
(そうか……)
俺がエリーと契約していると知ったら。
……考えただけでも恐ろしい。
にしても、一体エリーは何をしたんだろう?
帰ったら聞いてみようかな。
「ひっ……! 飛竜召喚!!」
ジャクリーヌ団長の威圧に飲まれたのか、ミゲル少年が飛竜を召喚した。
発動がはやい。
かなりの使い手だ。
「ふふふふ……逃がしませんよ。かならず『教育』してあげますから……。魔王信仰、絶対コロス……」
ジャクリーヌ団長は冷静さを失っている。
ふと、嫌な予感がした。
この場にいるのは、四人と召喚された飛竜。
そして俺たちのすぐ後ろには『死の山』。
大魔獣は、卵を孵すために魔力を欲している。
――空が暗くなった。
夕暮れではない。
雲でもない。
音はなく、しかしもう居る。
(……最悪だ)
空から黒い羽が無数に降ってくる。
その羽すべてに『死の呪い』がかかっている。
周りの木々が次々に枯れていく。
生命を吸い取られている。
「あ………………あ…………」
ミゲル少年は、立ちすくんでいる
一応、結界魔法か呪いに耐性があるのかわからないがまだ倒れていない。
が、完全に恐怖で震えている。
よく、そんなざまで召喚契約しようと思ったな。
彼が召喚した飛竜はすでに呪いでぐったりしている。
もう死んでいるかもしれない。
(前の獅子鷲の時のように、魔物だけを連れ帰ってくれたら……)
と期待した。
が、そうはならなかった。
ゆっくりと。
ゆっくりと、八枚の大きな翼が空いっぱいに広がる。
闇鳥の不気味な三つの目は、じぃっとこちらを見つめていた。
獲物を狙う目で。
大魔獣は、俺たちを餌として認識していた。