105話 ユージンは、死の山を目指す
「では、出発しようか。ユージンくん、リリーくん」
そう俺たちに声をかけたのは第二神聖騎士団の団長ジャクリーヌさん。
今回の闇鳥ラウムの調査のための特別小隊の隊長だ。
長い髪を一本にまとめたスラリとした体型。
華奢な印象を受けるが、身体から発する闘気や動きから帝国の黄金騎士団長と大差ない使い手だと感じた。
「はい、ジャクリーヌ団長」
「わかりました」
隊員は、俺と同じ英雄科の神聖騎士見習いリリー・ホワイトウィンドの2名。
(3名とは少ないな……)
と思うのだが、『死の呪い』に強い耐性を持っている者を厳選した結果らしい。
ちなみに聞いた所、二人とも元『聖女候補』。
幼い頃から厳しい女神教会の聖女候補の修行を行った結果、呪いの耐性を持った体質となったとか。
ちなみに、二人よりも耐性の強い上に聖剣持ちのサラのほうが適任なのだが、次期聖女のため勿論小隊には選ばれなかった。
本人は、同行したそうだったが。
出発は、闇鳥ラウムと遭遇した翌日の早朝。
闇夜に紛れるという手もあるが、夜は他の魔物が活動的になるのと、ラウムの『音を発しない』という特徴のせいでこっちが襲撃に気づかない恐れがある。
太陽の光が出ている時なら、少なくとも発見は容易だ。
大魔獣は巨大だから。
俺たちは険しい山道を黙々と歩く。
すでに前に大魔獣と接触した地点は超えている。
歩く速度はそれほどでもないが荒れた山道はどうしても体力を奪われる。
特に魔法で軽量化されているとはいえ、神聖騎士団の鎧を着込んでいるお二人は大変そうだ。
英雄科のリリーは、疲労の色が見え隠れする。
「荷物を持とうか?」
「…………不要です」
彼女が背負っている遠征用の大きな鞄を持とうかと俺が申し出たが、あっさり断られた。
それを見ていた第二神聖騎士団長のジャクリーヌさんが話しかけてきた。
「このあたりで休憩にしましょう。ちょうど木々に隠れて周囲からの死角になっています」
「わ、私はまだ歩けます!」
気を遣われたと感じたのか、リリーが反論する。
「ちょうど、私も疲れたところです。このあとは休憩なしですからしっかり休みましょう、リリー」
「……はい」
そう言われると、納得したようだった。
俺たちは大きめの木の近くに腰を下ろし、持ってきていた携帯食料で食事にした。
硬いパンにハムとチーズを挟んだものを2つ。
あまり空腹ではなかったので、俺は1つだけ食べ、少しの水を飲んだ。
「それにしてもユージンくんは汗一つかいていませんね」
食事をしながら、ジャクリーヌ団長に話しかけられた。
「持ち物が少ないですから」
俺の装備は少ない。
リュケイオン魔法学園の探索服に、腰には刀を2本。
あとは日帰りの探索用の小さな鞄を持ってきているのみだ。
「そんな装備で、大魔獣の調査など……油断し過ぎではないですか?」
リリーが少し嫌味っぽく言う。
確かに二人に比べると軽装備なのは確かだ。
「戦闘になったら余計なものは捨てないといけないですから」
持ってきている鞄には、2回分の食料と魔力の回復薬のみ。
怪我をした時は、自分の回復魔法で済ませられる。
「帝国の誇る最強剣士『帝の剣』も常に軽装で戦場を飛び回っているらしいですね」
「うちの親父は……鎧が嫌いですからね」
「鎧があると殺気を肌で感じられん」という意見はまぁわかるのだが。
「やはり斬られるかもしれないというスリルがなければ面白くない」という意見は、全然わからない。
親父は戦闘狂過ぎる。
俺が軽装なのは、結界魔法で鎧の代用ができるからであって親父とは理由が全然違う。
「それにしても、どうして大魔獣は急に活発になったのでしょうね」
俺はさり気なく今回の主目的の話題に変えた。
「それを調査しにいくのでしょう」
リリー・ホワイトウィンドはいつも冷たい。
「ユージンくんは、タルシス山脈の大魔獣『闇鳥ラウム』について、どの程度知っていますか?」
「そうですね……」
俺は聖国の大魔獣についての知識を記憶から呼び起こした。
◇遠征出発の数日前◇
――最終迷宮の100階層にて。
110階層あたりでクロードと修行をしたあと、いつものように100階層に立ち寄った。
最近の魔王は、こっちにいることが多い。
予想通り、リータさんとエリーが大量の書類に囲まれていた。
リータさんの事務作業の手伝いをしているようだ。
「だからー、こんなのもっと簡潔に報告すりゃいいのよ。どうせ99階層以下の実績なんて、女神連中も興味ないんだから」
「え~! そうなんすか!? でも、西の大陸の運命の女神様とか、特別能力を与えた全員を把握してるって聞いてるっすよ」
「あの子は細かすぎだから参考にしちゃダメ。南の大陸の管轄の運命の女神ちゃんは、そこまで厳密に見ないって知ってるでしょ? どうせろくに確認なんてされないんだから、下位探索者のことは、サマった報告でいいのよ。その代わり100階層超え、特に直近でA級に昇格したものに絞って報告書を作りなさい」
「はぁ……じゃあ、10枚くらいの資料にして……」
「ばっか。多忙が極まってる運命の女神が10枚もある資料なんて見てくれないわよ。1枚よ、1枚! そこに全部まとめなさい!」
「む、無理っすよー。この情報量を1枚にまとめるとか!」
「重要な情報は全部1枚目に詰め込んで、詳細な情報は『別紙』にするの。その場合は、参照元のページ番号を割り振るのを忘れないように。メッセージは簡潔でわかりやすく。ほら、やり直し!」
「ひぇー!!」
魔王が天使さんを指導している。
「「……」」
俺とクロードは顔を見合わせる。
取り込み中のようで少し迷った末。
「エリー、お邪魔するよ」
「リータちゃん、お土産持ってきたよ」
俺とクロードは二人に声をかけた。
「あら、ユージン。私に会いたかったの?」
ぱっと顔を笑みを浮かべるエリーと。
「やったー! 休憩にしましょう! エリー先輩!! よく来てくれましたー、二人とも」
リータさんが両手を上げて喜んでいる。
「仕方ないわねー、じゃあ少しだけね。ほら、ユージンはこっち来なさい」
気がつくと、エリーとリータさんが書類仕事をしているのとは別に四人がけのテーブルが置いてあった。
テーブルの上にはティーカップと湯気が立ち上るポットが置かれてある。
100階層は天使さんが思い浮かべたものを、何でも具現化できる魔法がかかっているらしい。
俺とクロードは、もってきたお土産をテーブルに置く。
リータさんは甘いもの好きらしく、エリーはしょっぱいものが好物だ。
俺はエリーの隣の席を指定され、クロードとリータさんが並んで座った。
「で、何か用事があって来たんでしょ?」
エリーがワイングラスを傾けながら聞いてきた。
「タルシス山脈の大魔獣……闇鳥について知りたくてさ」
大魔獣の討伐依頼を受けるか迷っていた頃、情報収集の一環として学園の図書館や迷宮組合の資料を漁ってみたが、目新しい情報がなかった。
そこで詳しそうな魔王と天使さんに聞きに来たわけだ。
「ラウムちゃんねー、確か南の大陸の大魔獣だと一番の長生きなんだっけ?」
「そっすねー。巨獣ハーゲンティや黒人魚ウェパルと比べると、古い大魔獣っすね。やっかいなのは羽の一枚一枚に死の呪いがかかっていて、それに触れると『生命力』が吸われるってことっすね。だから呪い耐性を持つか結界魔法が使える者は必須っすね」
「討伐する方法ってあるのかな?」
「何? まさか倒しに行く気?」
俺の質問にわずかに面白くなさそうな表情になるエリー。
「たとえばの話だよ」
「やめときなさい、あんな山奥に引きこもってる大魔獣とわざわざ戦いにいくなんて」
「倒せればみんなが幸せになるだろ?」
少なくとも帝国は大魔獣を倒せて、豊かな平原が手に入ってこれからより発展してくはずだ。
「どうかしらね……人は強欲だし。手に入るとなると、余計なものまで欲しがるわよ。まぁ、いいわ。闇鳥のことを知りたいのね」
「ああ」
少し気になることを言うエリーに俺は俺は頷いた。
「単純な『強さ』でいえば南の大陸にいる他二体の大魔獣より、弱いんじゃないかしら」
「……そうなのか?」
一番古い大魔獣なのに?
「巨獣ハーゲンティよりは小さな個体だし、黒人魚のような凶暴性ももっていない大人しい大魔獣だから。ただ、闇鳥ラウムには3つの核があってそれぞれを破壊しないと復活してしまうのと、一番やっかいな『死の報復の呪い』かしらね」
「あー、あれはやっかいっすよねー」
「リータちゃん、『死の報復の呪い』って?」
呪い魔法に詳しくないクロードが訪たねた。
「クロードくん、それはですねー……」
「自分を殺した相手が必ず死ぬ。そういう呪いよ」
「あー! エリー先輩、私が教えようと思ったのにー」
「それくらいユージンでも知ってるでしょ? ねぇ?」
俺に振られたが、実は呪いにはそこまで精通していない。
「授業で習ったことはあるけど……、そうか闇鳥には報復の呪いがかかってるのか……。それじゃあ、倒すことは難しいな……」
「しかも、討伐者本人だけじゃなく討伐を命じた者や、その家族、恋人、友人も全員死ぬからね」
「「「えっ!?」」」
エリーの言葉に、俺とクロードだけでなリータさんまで驚きの声をあげた。
「リータちゃん?」
「リータさん?」
「なんで、あんたが一緒に驚いてるのよ」
「ええー、闇鳥ちゃんの呪いってそんなことになってたんすね。天界の資料だと書いてなかったっすよ」
「あんま天界の資料を信用するんじゃないわよ。百年単位で更新されてないことがあるんだから」
「はぇ~~、そうなんすねー」
(なぁ、クロード)
(ユージン。リータちゃんの情報は、話半分にきいていたほうがよさそうだな)
(ああ、そうだな)
俺とクロードは顔を見合わせて小声で会話した。
「ちょっと! お二人! どーいうことっすか!」
リータさんに、聞こえたらしい。
耳いいな。
「うーん、俺は黒人魚のことを聞きたかったんだけど」
「クロードくん! そっちなら新しい情報持ってるっすよー。ちょっと待ってくださいねー」
リータさんがパラパラと分厚いファイルをめくっている。
「お! あった、あった! ……黒海の大魔獣ウェパル。通称、黒人魚、闇人魚などと呼ばれ……」
「ふむふむ」
どうやら話題は別の大魔獣に移ったらしい。
クロードとリータさんは話し込んでいる。
「他に質問はないの?」
隣のエリーが俺の顔を覗き込む。
「まぁ、倒せないんじゃな……」
「そうそう、諦めなさい」
仮に呪いを俺の結界魔法で耐えたとしても、家族や知り合いにまで呪いが拡散するなら意味がない。
すこし気が抜けた俺は、ぬるくなった紅茶をちびりと飲んだ。
「じゃあ、ユージンの用事は終わりね。次は私に付き合ってもらうわよ☆」
「いいけど、何だ?」
俺が聞くと、エリーは意味ありげにニヤリと笑った。
「ねぇ、リータ。あとで向こうのほうにキングサイズのベッド具現化しておいて。ユージンと使うから」
「っ!?」
俺は紅茶を吹き出した。
「え~、そういうのはエリー先輩の部屋でやってくださいよー」
「いいじゃないよー、減るもんじゃないし」
「ユージン……おまえ?」
クロードが目を見開いてこっちを見ていた。
「いや……これはだな」
そういえばクロードにはエリーとの関係は言ってなかった。
なんかそのあとは、色々と説明が大変だった。
◇
「俺が知っているのはこれくらいですね」
エリーやリータさんに教わった話を簡単にまとめて伝えた。
もちろん、エリーやリータさんのことは伏せてある。
「「…………」」
ジャクリーヌ団長とリリー・ホワイトウィンドが真剣な顔をしている。
「どうかしました?」
「報復の呪いの話は初めて知りました……」
「ユージン・サンタフィールド、どこでその話を知ったのですか!?」
あれ?
リータさんが常識、みたいに話してたけど実はあまり知られてなかった?
「なるほど……、運命の巫女様が『大魔獣を倒すと災が起きる』と予知をしていたのは、その呪いのことだったのですね……」
「ユージン! 答えなさい! どうして貴方はそのような情報を持っているのです!」
ジャクリーヌ団長は何かを考えるように難しい顔として、クラスメイトからは詰め寄られた。
「ゆ、ユーサー学園長に……教えてもらいました」
困ったときの学園長頼み。
後で謝ろう。
「くっ! なぜ、学園長はこの男ばかり贔屓に」
「せ、正確な情報じゃないから大っぴらにはしなかったと」
というのは、リータさんも言っていたから嘘じゃない。
「まぁ、何にせよ私たちの役目はあくまで調査です。そろそろ先に進みましょう」
「そうですね」
「……わかりました」
休憩を終えた俺たちは、再び目的地に向かって歩きはじめた。
険しい山道を進むこと数時間。
深緑の木々の奥から、灰色の山が姿を現した。
「……見えましたね」
「………………」
「あれが……」
ジャクリーヌ団長の視線の先。
タルシス山脈の山々の中で、明らかに一つだけ浮いている。
地面、岩肌、木々に至るまでが灰色。
まるで生命を感じない異質な山。
俺たちは闇鳥ラウムの巣がある――死の山へと到着した。
■大切なお願い
『面白かった!』『続きが読みたい!』と思った読者様。
ページ下の「ポイントを入れて作者を応援~」から、評価『★★★★★』をお願いします!
次の更新は『3/10(日)』です
■感想返し:
>良かった、生きてた
>しかしラウムにその気がなかったからというのは怖い
>これ大人数で行っても無駄なのでは
→はい、というわけで少人数になりました。
■作者コメント
エックス(旧:ツイッター)で言いましたが、
信者ゼロの女神サマ 12巻は4月25日発売です。
■その他
感想は全て読んでおりますが、返信する時間が無く申し訳ありません
更新状況やら、たまにネタバレをTwitterでつぶやいてます。
ご興味があれば、フォローしてくださいませ。
大崎のアカウント: https://twitter.com/Isle_Osaki