104話 ユージンは、死の鳥と出会う
(あれが……)
俺は呆然と天を仰いだ。
――タルシス山脈の主・闇鳥ラウム。
はじめて見るそれは奇妙な姿をしていた。
体躯は小型の竜くらいだろうか。
想像よりも小さい。
しかし、四対の翼の大きさが尋常ではない。
身体に比べてゆうに100倍の面積はあるように思えた。
そのアンバランスさは鳥というより『黒い蝶』のようにも見えた。
尾は長くゆらゆらと不気味にうごめいている。
そして一番奇妙なのは……。
(まったく音がしない)
空を覆うほど巨大な八枚の黒い翼。
それがゆっくりと羽ばたいているにもかかわらず、何の風切り音も聞こえない。
この世の光景ではないかのような、不思議な景色だった。
(そうだっ!)
俺は慌ててさっきまで会話していたサラの同僚ウルリカさんのもとへ駆け寄る。
衰弱しているようだったが、まだ息はある。
「大回復!」
俺は周囲に結界を張り、彼女に回復魔法を使った。
聖女候補であるウルリカさんには、サラと同じように呪いの耐性を持っているはず。
だから体力を回復すれば、きっと。
「う……ん……あれ……? ユー……ジン……くん?」
目を覚ました。
周りでは同行していた神聖騎士団の半数が倒れ、残る半分は膝をついている。
俺と同じように何名かは、結界魔法で呪いを防いで仲間を介抱していた。
「わ……わ……たし……いま……どう……なって……」
「静かに。大丈夫だから」
まだ意識がはっきりしていなさそうな、ウルリカさんに短く声をかけ俺は腰の剣を抜いた。
すぐ目の前では、闇鳥ラウムがゆっくりと魔獣の死骸の上に降り立った。
(彼女を抱えて逃げるべきか……? しかし、他の騎士団員もいる。一人で逃げるわけには……)
生気の無い黒い目と、額に赤い目があるのは巨獣ハーゲンティと同じだった。
不気味な外見とは反対に、愛嬌のある動きで周囲を見回している。
闇鳥はしばらくこちらを見つめたあと、長い鉤爪で鷲獅子の死骸をつかみ、再びゆっくりと上昇する。
音はない。
しかし、大きく羽ばたく度に瘴気の混じった生ぬるい風と、黒い羽が周囲を舞っている。
空高く飛び立った闇鳥は、ゆっくりと山脈の奥へと消えていった。
◇
「重体だったものは、これで全てか!」
「はっ! 全員、命に別状はありません!」
「しかし、全体の三分の一がしばらく戦闘は不可能でしょう」
「上級回復士が必要だな。聖都に使いはだしているな?」
「はい! 明日までには一個中隊が到着するかと!」
「よし、我らは闇鳥の襲撃に備え、結界を強化するぞ!」
俺たちは拠点まで戻ってきた。
半数以上が歩くこともままならなかったので、俺は二人担いで山道を歩いたため、かなり体力を使った。
さらに衰弱している者に回復魔法をかけて回った。
「はぁ……」
疲れた。
体力と魔力、両方が空っぽだ。
(休もう……)
俺はふらふらと拠点に設置した自分のテントに向かった。
おそらくスミレとサラがいるはずだと思うが。
「ユージン!」
「ゆーくん!」
テントの中に入ると、予想通りサラが駆け寄ってきてスミレは横になったままだったが顔色は昨日よりだいぶよさそうだ。
「ただいま、サラ、スミレ。思ったより早い戻りになったよ」
「大魔獣ラウムに襲われたって聞いたけどっ! 大丈夫だったの!?」
「すごく疲れた顔してるよ、ゆーくん!」
「襲われてはないよ。近くに迷い込んだ魔獣を狩ってた所に遭遇しただけだから。疲れてるのは、倒れた人を運んだり回復魔法を使ったからだよ」
そう大魔獣はこっちに危害を加えていない。
ただ、近くに来ただけ。
なのに騎士団が半懐しかけた。
「幸先が不安ね……」
「というかここも危険なんじゃ……」
なるべく明るく伝えたけど、二人の顔は不安そうだ。
「そういえばウルリカさんって子にあったよ。サラの知り合いって聞いたけど」
「ウル!? あいつ調査隊に同行してたの!?」
「ああ、ちょうど一緒にいたから拠点まで一緒に戻ったよ。今は天幕で休んでると思う」
「ちょっと、様子を見てくる! スミレちゃんをよろしくね!」
サラは足早に出ていった。
テント内には俺とスミレが取り残される。
スミレはこっちを見つめている。
「寝てなくて平気?」
「うん……、サラちゃんがついていてくれたから。明日になれば第二陣の調査隊になら参加できるかもってサラちゃんと話してたんだけど……」
「今日の様子じゃ、作戦変更かな。計画の見直しがあると思う」
「中止になったりはしないのかな……?」
「どうだろう。死者はでてないわけだし、大魔獣の討伐計画は神聖同盟諸国に喧伝されてるらしいから、早々に中止とはならないんじゃないかな」
「でも天頂の塔と違って、こっちは生き返らないよ?」
「聖国には『蘇生』魔法の使い手が多い。よっぽどのことがないと死傷者はでないよ」
「はぁ~、やっぱり聖職者が多いからなんだね。じゃあ、安心だね」
「まぁ、一応な」
とはいえ、体調が万全ではないスミレを闇鳥ラウムに引き合わせたくない。
俺がそんなことを考えていると、スミレも俺に言いたいことがあるようだった。
「ゆーくんは大魔獣の呪いは大丈夫だったの? 疲れてるのって本当に呪いの影響とかはない?」
闇鳥ラウムの『死の呪い』の影響を心配しているらしい。
サラから色々と話を聞いているようだ。
もっとも、俺が疲れているのは道中の人運びと回復魔法だけで、呪いの影響はまったく受けていない。
「学園にある封印の第七牢のほうが、ずっと呪いと瘴気が濃いから問題ないよ」
俺は答えた。
「……ねぇ、第七牢って魔王さんが封印されてるところだよね? 聖女候補さんでも耐えられないような呪いより酷い場所なの?」
「……うーん、言われてみると」
すっかり慣れてしまったけど、よく考えるとあれは過酷な場所だ。
「ユーサー学園長が、色んなところから集めてきた呪われた魔導具や、変な神話生物を召喚して封印して混沌になってるから」
「学園長のせいなら仕方ないね……」
スミレが納得したようにため息を吐いた。
スミレもすっかり学園の常識に染まったな。
ユーサー学園長のやることは、いちいち気にしてはいけない。
しばらくスミレと雑談をしていると、サラが戻ってきた。
ウルリカさんと一緒に。
「おかえり、サラ。それからウルリカさん、もう動いて平気なんですか?」
「おかえりー、サラちゃん」
「さっきはありがとう、ユージンくん! それからはじめまして、指扇スミレさん。私は聖女候補のウルリカです」
「悪いんだけど、ユージン。これから私と一緒に来てもらえる?」
サラに突然告げられた。
「いいけど、急だな。ただスミレを一人にするのは……」
「だからウルに来てもらったの。悪いんだけど、スミレちゃんと一緒に居てほしいの。これからユージンを騎士団長のところに連れて行かないといけないんだけど、一人にしておくわけにいかないから」
「ええ、任せて。よろしくね、スミレさん」
「は、はい! よろしくおねがいします」
スミレの体調は気にかかるけど、ウルリカさんならサラの旧知だし心配はいらないだろう。
「ユージン、行くわよ」
「わかった」
サラの口調がやや硬い。
多分、今回の遠征が予期せぬ事態になったからだろう。
帝国の場合、計画外の事故が起きればすぐ撤退をすることが多い。
それが合理的だから。
しかし、聖国では聖女様の命令は『女神様の御言葉』と同義であり、撤回されることはない。
少なくとも『何かしらの成果』を得るまで、作戦は続行されるだろう。
(面倒なことにならないといいけど……)
俺とサラはテントを出て、拠点の中央にあるひときわ大きな天幕にたどり着いた。
中に入ると白銀の鎧を身につけた騎士たちがずらりと並んでいる。
「よく来てくれた、ユージン・サンタフィールドくん。我が同胞たちを助けてくれたこと、感謝する」
そう言ってきたのは、第三神聖騎士団の団長だ。
「いえ……」
俺は曖昧に答えつつ、天幕内を軽く見回す。
中央い大きな長机と椅子が並んでいる。
ここで作戦会議を話しているのだと思うが……、ぽつぽつと空席が目立った。
「来て早々で申し訳ないのだが……、君の意見を聞きたくてね。そこの空いている席にかけたまえ」
「はい」
「失礼します」
俺とサラは並んで席についた。
「さて、先の大魔獣の襲撃……、というよりは異常行動か。過去十年はほとんど縄張りである『死の山』から出てこなかった闇鳥ラウムが、突如活発になった。運命の巫女様へ未来予知を依頼していたが、もともと『生きた災害』である大魔獣の細かい行動は予測し辛い。天気雨のようなものだからな」
「あの……発言をよろしいでしょうか?」
サラがおずおずと手を上げた。
「うむ、許可しよう。次期聖女殿」
「今回の私たち行動が大魔獣を刺激したということはないでしょうか?」
確かにあり得そうな話だ。
神聖騎士三個師団の遠征は、目立つ。
この人数なら大魔獣も気づいてはいるだろう。
「それがそうともいえないのです」
サラの発言を否定したのは、別の神聖騎士だった。
「大魔獣の調査のために年に一度は、同程度の規模の調査隊を組んでこの場所へ遠征に来ています。しかし、闇鳥ラウムが縄張りを離れることはほぼありませんでした」
「攻撃を仕掛けない限り、反応してくることがないのが闇鳥の特徴なのですが……」
「なるほど、理解しました」
その言葉に、サラは頷いた。
「それで今後の作戦はどのようになっているのでしょうか?」
俺が何気なく聞くと、全員の視線が集まる。
あ、あれ?
何か変なこと言ったか?
「それなのだが……、大魔獣の『死の呪い』が非常に強くなっている。同じように大隊や中隊で闇鳥ラウムの巣を目指して、もし見つかれば最悪全滅もあり得る。先の遭遇は拠点との距離が短いことが幸いした。すぐに撤退ができたから」
団長の重々しい言葉を、隣にいる副団長だろうか? 別の騎士が引き継ぐ。
「現在、聖都中から呪い耐性の聖防具や人選をかき集め、新たな追加編隊を組んでいる所だが日数がかかる。作戦を立てるにも現在の大魔獣の様子を見ないことには始まらない。そこで、闇鳥ラウムの目にとまらぬよう、最低限の『小隊』で特別調査部隊を組もうと考えている」
「なるほど」
それは合理的だ。
情報がなくては作戦は立てられない。
「が……大きな問題があってな」
団長の眉間の皺が深くなる。
「遭遇した闇鳥ラウムの呪いに長時間さらされて耐えられる者がほとんどいない」
「そうですか? 半数以上は動けていたようですが……」
「無理をしてな。先ほどの調査隊で闇鳥ラウムを直接見たものは、ほぼ現在療養中だ。現在、動けているのは拠点に残っていたものがほとんど全てだ」
「…………」
なんとなく次の展開が読めてきた。
「……ユージン」
サラの不安と不満が混じった表情を見れば間違いないだろう。
「ユージンくん。君は先ほどの『闇鳥ラウム』の呪いの中でどの程度動けると思う? 決して無理はしない範囲でよいのだが……正直に教えてほしい」
「ユージン」
バカ正直に答えるんじゃないわよ、とサラの目が言っていた。
(うーん……)
仮に、闇鳥の『死の呪い』がリュケイオン魔法学園の『封印の第七牢』と同程度と考えてると、三日やそこら寝泊まりしても問題はない。
前に、魔王を怒らせた時にそれくらい一緒にいたことがあるし。
しかし、さすがに闇鳥の調査に三日もかけるのは気が進まない。
ここは、少し控えめに言うことにしよう。
俺は少しだけ、答え方を考えた。
「……そうですね。『半日』くらいなら平気でしょうか」
俺はかなり少なめに見積もって言った。
「どうだろうか? ユージンくん。我々の中で最も呪い耐性が強い者で『一時間』であればなんとか行動できるだろうと。もし君が……………………ん?」
「…………え?」
俺と騎士団長が顔を見合わせる。
「いま、半日と言いましたか?」
「…………はい」
「……バカ」
サラの小声が聞こえた。
「ユージン殿!! リュケイオン魔法学園の生徒へお願いするようなことではないのはわかっているのですが、闇鳥ラウムの様子を調査していただけないでしょうか!! 戦闘をする必要はありません! 聖都からの援軍がくるまでの間で結構です。どうか、お願いします!」
深く頭を下げられた。
他の神聖騎士団も揃って。
(断れる雰囲気じゃないな……)
神聖騎士団にとって聖女様の命令は絶対。
なんとしても成し遂げないといけないのだろう。
そして、今の俺はリュケイオン魔法学園の『英雄科』としての助っ人だ。
「わかりました、お引き受けします」
かくして、『闇鳥ラウム』調査の小隊に加わることとなった。
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次の更新は『3/3(日)』です
■感想返し:
>・新キャラが登場したと思ったら即退場とは驚いた!
生きてます!!
>ユージンさん、討伐の間の現地妻ですか!?
違います!
■作者コメント
昨日信者ゼロも更新しました。
2日連続はちょっと大変でした。
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