第二十話 やっぱりワタシは11
風呂を済ませて、駿河の部屋に行く。一瞬とはいえ、ジャージだけだと寒いから上着を羽織り、靴下も履いて向かう。いつもの何倍も緊張しながら、インターフォンを鳴らす。
「待ってましたよ」
招き入れられるとローテーブルの上には二人分のご飯が用意されてる。甘辛く煮た豚バラと大根、ほうれん草の胡麻和え、ひじきとツナの炊き込みご飯。遅い時間の晩ご飯の時は一品一品量は少なめにしてくれている。
「あ、インスタントのみそ汁つくりますね」
「サンキュー」
駿河がみそ汁を作っている間、ワタシはお茶をコップに注ぐ。気づいたら、「これ、桂さん用です」ってガラスコップやマグカップ、箸が駿河ん家に増えていた。どんな気持ちで選んでくれたんだろう。
全てがテーブルに揃うと、一緒に食べ始める。
「うまい」
「それならよかったです。あ、そうだ」
「どうした?」
「イエフリが来年、全国ライブツアーするらしいんですが、よかったら桂さんも一緒に行きませんか?」
「いいの?」
「もちろんです。あとでチケット申し込みますね」
約束が出来た。でも、告白すればすべてが無に還る。なんかセンチメンタルになってるけど、何も終わっても始まってもない。
食べ終わって、今日はワタシが食器を洗う。駿河は課題のプリントを読んでいる。あー、それワタシもやらなきゃいけないやつだなと思いつつ、少し話してから帰ることにした。
「あのさ、駿河と出会ってそろそろ一年になるよな」
「十一月受験でしたもんね。早いものですね」
プリントを机に置き、ゆるやかに口角を上げる。
「僕は今までの十八年、毎日が長く感じてしんどかった反面、今すごく一日が早く感じるんですよね。二十四時間じゃ足りない、もっと長くても良いんですけど」
「駿河の理想の一日ってどんなんだよ」
「そうですね……。朝起きて、桂さんに『このままだと遅刻ですよ』って連絡しなくても一緒に大学行って、神楽小路くんと佐野さんと合流して、授業受けて、お昼食べて、バイト行って。帰ってきたら音楽聴きながら小説書いたり、本読んだりですかね」
「ちょっと嫌味があった以外、いつもと変わらないじゃん」
「でも、帰ってからの時間が短いんですよね。やりたいことはたくさんあるのに寝る時間も考えないと駄目ですし」
「真面目だなぁ。じゃあ、理想の休日は?」
「朝起きて、午前中は読書するか小説書くかして、昼過ぎに桂さん誘ってご飯食べに行って、書店や服屋さんなどまわって、遊び疲れたって言いたいです」
「ワタシに訊かれたからって気ぃ使わなくていいんだぞ」
「一緒にいない方がおかしくないですか?」
駿河は真顔で言う。
「僕は桂さんにいてほしいのは気を使ってとかじゃなく、本心ですよ」
「駿河は変わり者だなー。ガサツでワガママ言うワタシになんだかんだ良くしてくれてさ。ワタシは甘えすぎてるくらい」
「まぁ、よく僕のご飯食べに来てますけど。それでも、楽しいって思ってますから」
ワタシの口から乾いた笑いが出る。
「そんなん言ってたら彼女出来ねぇぞ」
嬉しいのに素直に言えない。自分で自分を追い込む。駿河にはなんでも言えると思ってたのに、詰まっていく。
「じゃ、そろそろ部屋戻るわ」
「待ってください」
立ち上がろうと腰を浮かしたワタシの手首を掴む。
「彼女にするなら僕は……桂さんしか考えてないです。僕はあなたが好きです」
「は?」
これは夢か? 実は昨日ちゃんと寝れなかったから、どっかから夢だったのか? そう思ったけど、手首の感触は確かにある。駿河はワタシに向き合うように座りなおす。
「最初はずっと友達でいれればいいと思っていました。でも、友達なのに『誰よりも一番そばにいてほしい』なんて、それは桂さんにも、いずれ出来る桂さんの恋人にも迷惑だなと。僕も下心が一ミリもないとは言えないのに」
混乱しているワタシをそのままに駿河は続ける。
「あなたという人は、すぐ遅刻するし、部屋の片づけもしないし、少し怒りやすいですけど、その……」
メガネのフレームを上げ、照れくさそうに視線を逸らす。
「やさしいし、話してて楽しいですし、一緒にいて安心できるのと、笑顔もかわいいので……」
「ほ、褒めながらだんだん声小さくなるなよ!」
「恥ずかしいんですよ。あぁ……、こんなはずじゃなかったんです。花火の時に……」
「えっ」
「あの日、告白しようと思ってたんです。だけど」
「だけど?」
「一年後も一緒に花火見ようって約束してくれたのが嬉しくて、それ以上何も言えなくなってしまって」
あの日、駿河が忘れたってはぐらかしたのは……。ワタシは蚊の鳴くような声で「なんだよ……なんだよぉ……」と呻きながら駿河の胸ぐらを掴み、そのまま顔を埋める。駿河は驚いて、正座していた足が崩れ、しりもちをつく。
「オマエとは考えることホント同じだよな……」
「おなじ……?」
「ワタシも怖くて言えなかった。駿河のことが好きなのにさ。これは恋じゃない、恋だと知ったら負けだって思った。この関係が心地いいから。でも、駿河が他の女の人と一緒にいてほしくないって思った。どんな時も、どんな場所でも、ワタシと新しい景色を見てほしかった。感想も聞きたい、話し合いたいって」
涙が流れる。グズグズと鼻をすすっていると、駿河はゆっくりとワタシの背中に手をまわした。その手はかすかに震えていた。
「これからは恋人として、僕と一緒にいてくれますか」
ワタシは大きく頷く。
「ありがとうございます。あの……」
「なに?」
「ちゃんと僕の顔見て言ってくれませんか?」
「何を……?」
「その……好きだって」
「……やだ」
「なんでです」
「泣いたから顔ぐちゃぐちゃだし……」
「初めて会った日も泣いてたじゃないですか」
「あん時はこんな泣いてないし。化粧してキレイにしてる時にしてくれよ」
「何をいまさら。部屋着でノーメイクのあなたも見慣れたものです」
「本当に明日じゃダメ?」
「駄目です。僕は今、ちゃんと聞きたいんです」
渋々顔を上げる。顔が近い。照れて顔をそらそうとするワタシの両頬を手で包まれる。メガネの奥の瞳は優しくて、視線を離せない。
「駿河……好き」
「僕もです、あなたが大好きです」
ゆっくり唇が重なる。ワタシたちにこれ以上言葉は必要なかった。




