冬の終わり 3
春が近くなってきた気配は、花の蕾や雪解けと同じくらい商店街で感じられる。
服屋から徐々に春物を並べる店が増えていって、街の飾りも冬のものから春のものへと変わっていくのだ。
例に漏れずアンシークも春仕様へと内装を変更している。
この大陸では春と言えば紫色なので、店の明かりを淡い紫色にしてみたり、花瓶を紫にしてみたりと色々散りばめて遊んでる。楽しい。
あれこれやることはあるけど、こういう店の事だけど趣味みたいな時間があるから大体全部楽しくやれてるんだよね。
書類仕事は一切楽しくないから隙間時間にちまちまやってる。
あれはね、一気にやろうと思ったら駄目なんだよ。
一枚終わったら次の作業、一枚終わったらちょっと休憩、くらいのペースじゃないとやってらんない。
なんて考えつつ頬杖を付いてボーっとしていたら、扉がガランゴロン!と盛大な音を立てながら開いた。
「おーっすエスティ」
「アルト!扉もっと丁寧に開けて!」
「来月分の試作してたんだけどさ、これどう思う?」
「話聞け!」
今日も今日とて話を聞かないアルトの頭をペシペシ叩こうとして、手を捕まえられてしまったので大人しく引き下がる。
引き下がりついでに椅子に腰を下ろしたら、目の前にガラス細工を置かれた。
これが来月分の試作ってことなんだろう。
「入れ物はやめたの?」
「そろそろ別のも作りてぇもん。んで、どう思う?」
「可愛い。……これ、この上に器みたいなのくっつけられないの?」
「上に?」
カウンターに置かれたのは、水の中を泳いでいる魚を切り出したような飾り。
中もぎっしりしっかり硝子だから、重さがそれなりにある。
これだけでも重り代わりに使えそうだけど、底の部分にこれを仕込んだ平たい入れ物とかあったらアクセサリートレイとかに出来そうだよね。
そんなことを言いながら楕円形のそれを指で撫でる。
つるつるだから触り心地がいいな……それでいて下部分はしっかり平たいから、ぐらつく事は無いしやっぱり重しとしてもちょうどいい。
あれだね、お客さん向けのチラシとかの上に乗っけとくのにもいいかもしれないね。
「気に入ったんならやるよ」
「いいの?」
「おう。保護魔法はかけてないから落とすなよ」
「はぁーい」
やったぁ。可愛いなぁと思って撫でていたら貰えることになったぞう。
アルトの作るものは全部綺麗で可愛いからね。手元に置いておけるなら嬉しい限りだ。
「器なあ……何なら深くして、水入れれるようにするか」
「……あ、お花、お花浮かべよ。絶対可愛い」
「おお、いいな。どうせなら何種類か作るか。これはこれで気に入ったんだろ?」
「うん」
今日はこのまま雑談していくことにしたのか、慣れたように椅子を持ってきたアルトの分のお茶を淹れに行く。
ついでに自分の分も淹れて、マグカップを二つ持って店に戻った。
あ、私の本。読みかけだから栞動かさないでよ。
「そういやエスティ、見習い騎士に告白されたんだって?」
「なんで知ってんの?」
「噂になってた」
「なんでぇ……?」
「中位騎士がキレてた」
「なんでぇ……?」
最初から最後まで意味が分からない。なんで私が告白されたとか、そんなことが噂になるんだ。
あれか?あの見習いくん実は有名人だったりするのか?
思わず頭を抱えていたら、アルトが髪を弄り始めた。弄ってもいいけどぐちゃぐちゃにしないでよ。
……まぁ、告白されたって言っても何かあるわけじゃないし、噂もすぐに消えるだろう。
別になんも無いんだから私は普通に働いてればいいのだ。
面倒事にも……ならないでしょ。なったらなってから考えよう。しーらない。
「なんかあったら駆け込んでこい」
「うん。別になんも無いと思うけどね」
「無いといいなぁ?」
「何その言い方!やめてよ!」
謎に脅してくるアルトの腕を払って、しっかり椅子に座り直す。
お茶を飲んで一息ついて、引き出しから書類を引っ張り出した。
後回しにしてたんだけど、アルトがおしゃべりに付き合ってくれてる間に済ませた方がいい気がするからさっさとやろう。
「シュッツも慌ててたぞ」
「それはいつもだからいいよ」
「可哀想に……シュッツに相手にされてなかったぞって言っとくな?」
「いいよー」
アルトとシュッツも仲いいよねぇ。
というか、シュッツが私の仲良い人に関わりに行くから自動的に仲良くなってるんだよね。
心配性め。個人的に仲良くしてる人たちに関しては私を信頼しなさいよ。全くもう。
「で、どうすんだ?」
「どうもこうも、断ったのにリベンジ宣言されてるだけなんだけど」
「だけかぁ?それ」
「だけでしょ。何も無いじゃん」
あ、メモの不備がある。うへぇめんどくさい……
なんだっけなぁこれ。すっごい雑なメモだから、多分忙しかった日だよなぁ。
……あ、思い出した。リュバチートの小物の最後の一個が売れたメモだ。
「報告と追加……アルトが変な顔してるー」
「してない」
「してるよ」
「まぁ何でもいいわ。エスティは絡まれやすい事を自覚しとけよ」
「してるよ」
色んな意味で絡まれやすいのを自覚してるから、基本的には人と一緒に行動してるんじゃん。
なんで呆れたようなため息吐くの。
なんだよー。今回だってちゃんと仕事してただけじゃん。




