個人的流行
朝一で淹れたお湯がもう完全に水になっている。それを確かめて、特に何もせずに飲み込んだ。
別に水でもいいんだよ、私は。周りが寒そうとか温かくしてとかいっぱい言ってくるから一応気にしてお湯とか飲んでただけで。
なんて居もしない誰かに言い訳をしつつマグカップを置いて、頬杖を付いて窓の外を眺める。
冬の一番厳しい時期は既に終わっていて、もうそろそろ春の気配を感じられるようになってきた。
紫の月になったしね。今月は大陸中に紫の花が一斉に咲き誇るのだ。
グリヴィアでもしっかり咲く。それを見ると、春だなぁと気分も上がる。そしてグリヴィアは祭りをする。毎年の流れはそんな感じ。
「ふぁ……あー……ねむ……」
今日はやることも終わってるしお客も来ないし、なんとも眠気を振り払いにくい日なんだよなぁ。
眠いなぁ、やることないなぁ、なんか目が覚める事ないかなぁ。でもでっかい事件はもう起こんなくていいなぁ。
起こるなら何か平和な事件がいい。私的に最近で一番いいなぁと思った平和な事件は、フィンさん家の植物が伸びすぎてお互い絡まったので、休日を一日丸々使って解いた、という報告。
あれ本当に平和だし、聞いた時思わず笑っちゃったんだよなぁ。
確かにフィンさんの家めっちゃ植物あるしなぁ、どれが絡まったんだろうなぁってしばらく考えてたくらいには好き。
私もちょっと植物欲しくなっちゃったもんね。
絶対枯らすよなぁって思って今までずっとニレさんに花束作ってもらうだけにしてたんだけど、ちっちゃい鉢植えとか買おうかなぁ……
なんかこう、強いのがいい。簡単に枯れない生命力を持った花とかないのかな。
探せばあるだろうし、今度ニレさんとこ行くときに聞いてみよう。
ダラダラとそんなことを考えていたら、カランコロンと音を立てて扉が開いた。
反射的に顔に営業スマイルを張り付けてだらけた姿勢を直したところで、入ってきたアルトと目が合った。何だアルトか。ならだらけてても良かったな。
まぁ他のお客さんだったら困るから、毎回ちゃんと姿勢を直しはするんだけどさ。
「どしたのアルト、扉静かに開けるなんて珍しいね。今後もその調子でお願い」
「荷物あったから流石にな」
「荷物無くても静かに開けてよ」
普段びっくりして飛び上がるくらいの勢いで扉を開けて鈴を鳴らしてくるのに、今日は随分静かなご来店だ。
もちろんこの開け方の方が良いに決まってるので、しっかり主張はしておく。
扉壊れたりしたら困るんだから。もし壊れたら直すついでにステンドグラスはめ込もうと思ってるけど、壊れないのが一番なんだから。
「ほいこれ」
「なにこれ」
「お裾分け。最近見つけた美味いクッキー」
「やった~。缶も可愛い」
「あとこれは貰ったけど使わない花瓶」
「可愛い。やったーありがと」
携えていた紙袋から出てくるものを一個一個受け取って、カウンターに並べていく。
なんか色々出てくるな……なんでこんなにいっぱい渡すものがあるんだ?
さては二、三個渡すものがあったからって他にもあれこれ追加しただろ。
「これで最後」
「多いなぁ……貰うけど」
「エスティ今日暇なのか?」
「今日は暇。本当に暇。アルト暇なら話し相手になって」
「いいぞ」
躊躇いなく答えたアルトが二階にお茶を淹れに行ったので、その間にカウンターの内側にもう一つ椅子を出しておいた。
ついでにアルトから貰ったものを裏においてこよう。
クッキーだけは手元に残す。話しながら食べるんだ。
「エスティ、マグ」
「ん~?カウンターにある」
「はいよ」
裏に物を置きに来たら降りてきたアルトに手を出されたので、店の方を指さして自分の作業に戻った。
私の分のお茶も淹れてくれるみたいだ。面倒だから自分ではあんまりやらないだけで、お茶は好きなので普通に嬉しい。
家にある茶葉もそろそろ使い切らないといけなかったしね。
他に何かお茶会っぽいものあったっけなぁ。
無いだろうなぁ。アムが来る予定もとりあえず無いし、私一人では買って帰らないし。
お茶会したかったら外で、だからね。家でやるよりクオリティ高いし、人が淹れてくれたお茶が好きなのもあるし。
「ほいお茶」
「ありがとー」
物を全部動かして店に戻ってきたところでちょうどよくアルトも来たので、マグカップを受け取って椅子に腰を下ろした。
私が普段から使っているマグカップは、ちょっと前に三色セットで売られていたものに一目惚れして買ってきたものなんだけど、残りの二色はそれぞれアムとアルトが好きに使ってるんだよね。
シュッツは先代が使ってたのを好んで使っている。
こうして並んでるとやっぱり可愛い。買って良かった。
こういうの集めたくなるけど、置いとく場所も無いから普段はあんまり買わないんだよね。
だからたまに買ってきたものがいい感じだと凄く嬉しくなる。
「そういやエスティ、なんか椅子のカバー変わったか?」
「うん。リュバチートのお婆ちゃんがくれたの。可愛いでしょ」
「好きそうだとは思った。なんか家の中オレンジ多くなったな」
「最近の個人的流行り」
「いいじゃん」
おしゃべりしながらお茶とクッキーを楽しむ。
アルトが帰るまで結局お客は来なかったので、アルトが雑談付き合ってくれて本当に良かったな。
退屈で寝ちゃうところだったよ。




