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エスティア・アンシークのそれなりに楽しい日常  作者: 瓶覗
六章「曰く、魚心あれば水心」
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黒い靄

 目の前で揺れる靄を睨みつけて、騎士二人は剣を構えた。

 斬りかからないのは、物理攻撃が効きそうに見えないからかな。

 分かる~。めっちゃ靄だもんねぇ、絶対斬れないよねぇ。


「エスティ!?あれなに!?」

「あ、フィンさん。えーっと、何かって言われると、私にも分かってないんですが……」

「ヤバいやつ。エスティを狙ってる」

「なるほど?」


 どうしたもんかなぁと思っていたら、空からフィンさんが現れた。

 魔法部隊でもあれが何かは分からないのか。私も分かんないです。

 なんて言ったらいいんだろうかと考えていたら、シュッツが雑に説明してくれた。中々の雑さだったけどフィンさんが納得してくれたからいいか。


「魔法でどうにかならないか?」

「分かんないですね。とりあえず撃ってみるけど……エスティ動ける?」

「ふふ、実は立ってるのがやっとです。地面が乾いてたら座り込んでました」


 もう足ガックガクなんだよね、実は。

 地面が濡れてるからどうにか気合で立ってるけど、一歩でも動こうとしたらそのままカクンてなる確信がある。

 霊系と関わったら、即座に足がガックガクになって役に立たないのが私だからね。


「……どうにかエスティを逃がさないといけないけど……騎士さん方、あれ斬れると思います?」

「どう見ても斬れる身体じゃないよね」

「あれを斬れたら上位騎士になっているだろうな」


 上位騎士は幽霊も斬れるの……?マジ……?

 今度エイダンさんに会ったら聞いてみよう。あの人なら斬れそうな気配するし。

 なんて、現実逃避がてらのんびり考えていたら、靄が急に大声を上げた。


 金切声のような、獣の咆哮のような、聞いていて不快なその声に思わず耳を塞いで目を閉じる。

 そしたら足元の感覚が一気に無くなってしまって、ぐらりと身体が傾いたのが分かった。

 あぁ、拙い、なぁ。


「……シュッツ」

「はい」

「動ける?」

「……一人なら」


 じゃあ駄目だ。

 中位騎士の二人を見捨てたくはないし、フィンさんは友達だし。


「うん、そうだね」


 脳内に浮かび上がったいくつかの選択肢の中から、一つを選んで一人で納得する。

 まだ感覚が戻ってきてなくて、身体がふわふわしているけど、それでもどうにか腕を動かした。


 胸のあたり

 いつも持っている、小さな袋

 その中身に意識を向けて


 思い切り魔力をぶつけた






 靄の咆哮と共に倒れたエスティアが地面にぶつかる前にその身体を抱きかかえたシュッツは、心配そうにその顔を窺いながら靄に注意を向けていた。

 騎士団三人も、靄とエスティアの間に立ちながらこの状況を好転させる方法を必死に考えている。

 エスティアの顔色は、青を通り越して白い。


 その顔色は、去年の秋の終わりに魔法部隊の馬鹿に巻き込まれた事件の際に見た色にとてもよく似ていた。

 身じろぎもせず抱えられていると、呼吸の有無を確認したくなるくらいには顔色が悪いのだ。

 落ち着かないが、先ほどよりも人型に近付いている気がする靄を放置も出来ない。


 先ほど牽制のために放たれたフィンリーの魔法は靄に当たることなく貫通しており、現状はそれが全てだった。

 こちらには、攻撃の手段がない。

 こうして間に立っていることも、意味があるかは分からない。


 どうする、と、何度目かになる問いを誰ともなく声に出そうとしたところで、エスティアの小さな小さな声が聞こえた。

 囁くようなその声が、自分を抱えているシュッツと数言のやりとりをしたと思ったら、ゆっくりと腕が上がる。

 細い腕が制御できないほど重いのか、フラフラと揺れながら持ち上がり、ゆっくりと胸の上に置かれた。


 直後、その手から、感じたことのないほどの質量を持った魔力が放たれる。

 それを受けて魔法部隊所属のフィンリーが体勢を崩し、ジャックよりも魔法に適性があるグレンも足元がふらつく感覚を受けた。


「エスティ、ちょ……」

「フィンリーごめん、エスティ今声聞こえてない」

「はぁ!?」


 元々交流があるシュッツとフィンリーが話している声を聞きながら、ジャックは靄を睨んだ。

 エスティアが魔力を放った直後から、靄が揺れているのだ。

 それはまるで歓喜に震えているようで、どこまでも気味が悪い。


 無意味だとは知りつつも剣を抜いて構えていたら、後ろで人の動く気配がした。

 ちらりと目を向けると、エスティアが身体を起こして真っすぐに靄を睨んでいる。

 ……いや、睨んでいるというには迫力がないし、怯えていそうな目ではあるのだが。


「おぉん……やっぱり……」

「エスティ、魔力止めれない?」

「あ、ごめんなさい……シュッツ?」

「ごめん流石に僕じゃ抑えられないかな」

「じゃあもう先にやっちゃお。私も今制御下手くそだわ」


 そう言って、エスティアは先ほどからずっと握りしめていた服の胸元に、もう片方の手を持っていった。

 そして、スッと息を吸う。


「助けて、兄さん」


 静かに声が発されるのと同時に、目の前が光で埋め尽くされた。

 あまりの眩しさに腕で目を庇い、眩しさが収まってから前方を確認する。


 光が消えたその場所には、見知らぬ男が一人立っていた。

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