舞い込んだ面倒事 3
屋敷にこれ以上近付きたくない私と無理にでも連れて行こうとする魔法部隊の人との攻防戦は、どっちも引こうとしないせいで無意味に長引いていた。
……長引きすぎて、ちょっと体調悪くなってきたんだけど。
顔色も悪くなってきたのか、中位騎士二人が心配そうにこっちを見てきている。
「……体調悪そうだし、今日は中止にした方がいいんじゃないかな?」
「そんな、ここまで来たのに!……では、後日またうかがわせていただきますよ!」
「いや、営業妨害やめろってんですよ。今日だって営業日潰してんですからね?」
グレンさんが中止を促してくれたし、私としても帰れるなら帰りたいけど、この魔法部隊の野郎は後日と言ったら明日にでも来てまた店を閉めないといけなくなってしまいそうだ。
これ以上の営業妨害は本当に困るので、早く解決しないといけないんだよな。
となると、どんなに嫌でもさっさと行くのが一番早いのでは……?
絶対に行きたくないんだけど、私個人の嫌だって感情とアンシークの平和な営業を天秤にかけるとどうしたってアンシークに天秤は傾くんだよなぁ……
えーん……助けておじい……おじいが居ればまずこんなところに来ることにもなってなかったと思うんだ……つまり舐められた私が悪いと。えーん……
「エスティアちゃん、大丈夫?」
「大丈夫ではないですけど、この人黙らせないとアンシークに平穏が戻らないので行くことにします……」
いつもに比べて多少口が悪いのは気にしないで欲しい。
嫌な所に無理矢理連れていかれて、先に進まないと店に迷惑がかかるって状況なので口調が荒れるくらい嫌なんだなとでも思っておいてくださいな。
口が悪いのが素ってわけでもないからね。……いや、そんなことも無いかもしれないけど。
ちくしょう……いざとなったら兄さんを召喚することだって出来るんだぞ私は……
ジリジリ動き始めると、魔法部隊の野郎は早く行きましょう!と先に進んで行った。
両サイドの中位騎士二人はまだ心配そうな顔をしている。うん、鏡見なくても分かる。私、今顔色すっごい悪いんだろうね。
「早く終わらせる……早く終わらせる……」
ぶつぶつ言いながら、結局行きたくない気持ちがなくなったわけでもないので牛歩で進む。
だってさぁ、近付くほどに駄目そうな気配が強くなっていくんだもん。
走って逃げようとする本能を無理に抑えて前に進んでるだけ褒められるべきだと思うんだよね?あそこの元凶魔法部隊は急かすような目を向けて来てるけどさぁ……
「うわ……なんでこれを今更どうこうしようって思ったんだって感じの屋敷ですね……」
「雰囲気はあるよね」
「……そうか?ただの廃れた屋敷に見えるが……」
遂に正面までやってきたわけだけど、しっかり正面から見た結果帰りたくて仕方がなくなった。
両サイドの騎士さん方は特に何も感じないみたいだ。
まぁ、普通そういうもんかぁ。この中であの屋敷に異様に怯えているのは私くらいみたいだし。
既に壊れて閉められなくなっているらしい門を見て、ついで先に敷地内に入っている魔法部隊の野郎を見る。
……さっさと行かないと引き摺ってでも連れて行かれそうだな。
フーッと長く息を吐いてから足を踏み出すと、門を境界にして空気が変わったのが分かった。
十歩くらいは、進めたと思う。
けれどそれ以上は無理だった。
脳内に、知らない人の声が響く。
強い怒りと悲しみの声。
いくつもの声が重なって、一つの大きな声になっているみたいだ。
ぐわんぐわんと脳内で響いて、自分の声がどれだか分からなくなった。
身体の感覚も、いつの間にか見失っている。
自分が立っているのか座っているのかも分からなくなって、響いている声に耳を塞ぐことも出来なくなって、ふっと意識が途絶えた。
「あつ、い」
屋敷の敷地内に入ってすぐに歩みが止まったエスティアが、小さく何かを呟いた。
顔色はずっと悪かったが、今は先ほどよりも悪化している。
血の気が引いて真っ白を通り越して青くなった顔を見て、やはり今日は帰らせた方がいいのではないかと言おうと思った時だった。エスティアの口が、小さく動く。
「あつい、いたい」
顔を寄せると小さな声が聞こえて、騎士二人は顔を見合わせた。
とても暑そうには見えない。むしろ、寒いのではないかと心配していたくらいなのだ。
どうしたのかと顔を覗き込むと、どこを見ているのか分からない虚ろな瞳に思わずヒュッと喉が鳴った。
「あつい、いたい、いたい、いたい…………にくい。にくいにくいにくい」
たどたどしく発せられていた弱い声が、徐々に密度を増していく。
何かが不味いのだと、そう察しはしたが、騎士二人は呪いも魔法も専門外だ。
この場には騎士団魔法部隊の者も居るが、様子のおかしいエスティアを見ても何も言わないあたり、頼りにはなら無さそうである。
「どこだ……どこだ!」
どうするのが正解なのか考えている間に、エスティアの様子はさらに変わっていた。
ゆっくりと、何かを探すように動き出そうとしているのだ。
けれどその動き方は、まるで歩き方を知らないかのように覚束ない。
「おいジャック、これどうするべき?」
「分かるか!……いや、とりあえず敷地から出た方がいいんじゃないか?」
「あぁ確かに。エスティアちゃん?一回戻ろ……」
グレンがエスティアの手を取ろうとすると、パシンと高い音を立てて手が振り払われた。
その様子に、二人の目が丸くなる。
エスティアは普段、ここまで明確な拒絶の姿勢を取ることは少ないのだ。手を取られる前に逃げる事は多いが、一度取られた手はひとまずそのままにしている。
普段と明らかに違う様子に戸惑っていると、エスティアはゆっくりと屋敷の方へ向かい始める。
その背を追いかけようとしたところで、この場に先ほどまで居なかった人影が増えていることに気が付いた。




