古い屋敷
貴族の屋敷が建ち並ぶ区画の隅に、その屋敷はひっそりと立っている。
他から少し離れた場所にあり、立派ではあるが古く崩れている場所もある屋敷に近付こうとする物好きは早々居ないため基本的に周りに人気はない。
時折悪ガキたちが肝試しだと訪れることがあるそうだが、それでも屋敷の中にまで入ることはないらしい。
持ち主のいなくなった屋敷はずっと放置されていたのだが、老朽化も進んでいるし崩れかねない、ということで最近になって取り壊すことが決まった。
決まってしまえば壊すだけ、と皆一様に思っていたのだが、取り壊し作業は思うようには進まなかった。
確認のために屋敷の中に入った者の一部が体調不良を訴え、作業員も謎の不調に苦しめられる。
屋敷が無人になった理由も曖昧で、ある日突然暮らしていた一家が皆消えてしまったというのだから不気味なものだ。
悪霊が憑りついているのだと噂が立つのに時間はかからず、騎士団の魔法部隊が呼び出される事態にまでなった。
実際に悪霊が憑りついているのなら、それも解決しないといけないことになる。
まずはその悪霊を祓わなくてはいけないが、不運なことにその確認が出来る者が出払っていた。
本当に悪霊が居るのか居ないのかの確認すら出来ない状況である。
祓い屋と呼ばれている彼らは、騎士団とは別の管轄になる。人数もそれなりに居るはずなのに、なぜか全員が別の仕事で王都を離れているのだ。
そして、帰ってくるはずの日になっても帰路で問題が起こった、別の仕事が入ったので戻る前にそちらに行ってくる、という手紙だけが届く。
何かがおかしいとは思いながらも、何も出来ない日が続いた。
過去の記録を見ると、この屋敷に住んでいたはずの一家の記録も、居なくなってからの調査記録も、何も残っていないことだけがが分かった。
まるで何かが拒絶しているかのように、あの屋敷には手が出せない。
作業員も恐れをなして取り壊し作業を拒否するありさまである。
噂だけが先走り、取り壊しは一時中断されることになった。
「……はぁ、面倒事の予感がするなぁ」
自分で書いたメモを読み直して、シュッツは一人ため息を吐いた。
ゴーストハウス、呪いの館。そんな通称までついてしまったようで、今後どうなるのか不安でしかないので早く解決してほしい限りだ。
ふぅ、とため息を吐いて寄りかかっていた壁から背中を離す。
帽子を被り直して路地から通りに出て、次はどこに行こうかと考える。
今は特に頼まれている調べ物もないので、この屋敷の事を詳しく調べていたのだが、これはあまり踏み込まない方が良さそうな気配がする。
フィンリーあたりに話を聞いてみようか、と考えながら通りを進み、適当な店に入ってお茶を飲む。
一人でのんびりとお茶を飲みながら、周りの客の会話に耳を傾ける。
急ぎで調べることが無い時は、こうして噂話や流行りものの話題なんかを集めるのがシュッツの日常だった。
性別を曖昧なままにして過ごしているので、男性客しか居ない店にも女性客しか居ない店にもそれなりに馴染めるのはかなり便利だ。
周りも特に違和感を感じている様子はないのでそのまましばらく噂話を集めて、お茶を飲み切ったところで店を出た。
例の屋敷の事をエスティアに伝えに行こうとは思うのだが、今行くと営業の邪魔になりそうなので後回しにして、今度は町中を歩いて回る。
知り合いに出くわして世間話をしたりもしながら散歩をして、夕方になってからアンシークに足を向けた。
窓から中を見た限り、今は客もいなさそうだったので扉を開けて店内に入る。
こちらに綺麗な営業スマイルを向けていたエスティアは、入ってきたのがシュッツなのを確認するとその作り笑いをすぐさま消した。
夕日に照らされた髪がいつもより濃い金色をしていて、何となくシュッツは目を細める。
「うぃ~シュッツ。どったの?」
「ちょっとね、念のため気を付けておいて欲しいことがあって……」
軽く片手を上げてひらひらと振ってくるエスティアに近付いて、調べてきたことをそのまま伝える。
ほーん、とさほど興味もなさそうに聞いていた彼女は、ふと何かに気付いたように視線を上げた。
「まぁ、気を付けとくよ。元々貴族街の方には行かないけど」
「うん、そうだね。……上に何かあるの?」
「いや?そういえば家から持ってきたお守り壊れてたなぁって」
「一大事だね!?なんで今まで放置してたの!?」
「忘れてた」
ははは、と軽く笑ったエスティアに頭を抱えて、報告する相手を一覧で思い浮かべる。
そんなことをしている間に彼女はいつのまにやら店の奥に姿を消しており、少しして壊れたというお守りを持って帰ってきた。
それを受け取って店を後にし、横道に入って速度を上げる。
こんなことならもっと早く報告に行っておくべきだった。
昼間の行動をちょっと後悔しながら町を駆け抜けて、シュッツは報告に走るのだった。




