アンシーク 3
特別急ぎの仕事もないので大通りを眺めながらぼんやりと大通りを眺める。
さっき店の前を着飾った女の子が通ったので何となくその子を目で追っているところだ。
何もしてないし目で追ってるだけだから誰にも怒られない。きっと恐らく。というか、うんそう、可愛い子だったから変な奴に絡まれないか、とかそういう思考だから。だからセーフってことで。
そんな言い訳をしながら眺めていた可愛い子は大通りで少しだけ立ち止まり、すぐに傍に来た青年と仲良さげに腕を組んでどこかへ向かって行った。
遠目にしか見えないけど眼福でした。ご馳走様。
意味もなく手を合わせて大通りの方を拝み、さて本格的に暇だぞ、と店内の柱時計に目を向ける。
まだまだ昼前、基本的に午後の方が忙しいのでこの時間は基本暇なのだけれど、やっぱりここまで暇だと時間の進みも遅く感じる。
何かすることがあればいいけど今日は特別何もない。まあ、平和なのだと思えばいい事なんだけどね。
なんて考えていたらカランコロン、と扉の鈴が音を立てた。
「いらっしゃいませ」
「あ、こ、こんにちは」
入ってきたのはいかにも町娘、といった風貌の少女。
……なーんか見覚えがあるから、多分前に来店したことのあるお客さんだろう。
これでも人の顔を覚えるのは得意だからね、早々間違えたりはしない。
まあ、声をかけられるのが苦手そうな子だからとりあえず黙って別の方向を向いておくけれど。
ギルドの人とか騎士団の人が買っていくようなものは裏に置いてあることも多いけど、店内にも結構な種類の品物が置いてある。
小物とか、レターセットとかの女の子が好みそうな物が多い。
まあ雑貨屋だしどうしたってそうなるものだ。ペンとかも置いてあるから男性客が居ないわけじゃないからこれでいいんです、私が店主だから私が正義ってことでね。
「あ、あの」
「はぁい。どうされました?」
「前に置いてあった羊の小物入れってもう無くなっちゃいましたか……?」
「羊の……ああ、青の月の初めに並んでた物ですね?」
「そうです」
今は緑の月の初めなのでちょうどひと月ほど前だ。
木枠にガラスをはめ込んで作られたその小物入れは人気が高く、小物入れにしては高い値が付くのだが作っている職人のこだわりが強すぎて中々入荷しない。
羊は確か全て売れてしまったはずだ、と思いつつも裏の在庫に思考を回し、やっぱりないなと結論をだした。
「申し訳ございません。全て売れてしまいました」
「そう、ですか」
「ご自身でお使いになる予定でしたか?」
「あ、えっと、自分の分は、前に来た時に買っていて……友人が、そろそろ誕生日で」
「なるほど贈り物ですね。全く同じものではありませんが、同じ職人の作った小物入れがあります。よろしければ出してきましょうか」
「え、良いんですか!?」
「はい。少々お待ちください」
実は奥に保存している最新作があったりするので、ちょっと取りに行ってこよう。
店員に声をかけるとか苦手なタイプだろうに友人の誕生日プレゼントだからと勇気を出して声をかけてきた彼女の態度に私からプレゼントってことでね。
まあ、店主なのでこのくらい好き勝手してもいいだろう。
というか友人に同じ物を渡したいその精神が非常に美味しい。
私の趣味にグサグサ来る。ご馳走様ですありがとう。
そんなわけで奥に入り、棚から箱に入った小物入れを一つ取り出す。これを作っている職人は知り合いでそれなりに仲もいいのだけれど、何分こだわりが強すぎる性格のせいで入荷数が安定しないからある程度まとまった数が揃ってからじゃないと表にならべられないんだよね。
ガラスを使っているけれど綺麗に作るんだから強度が欲しい、とわざわざ最後に魔法で仕上げの作業をするせいで、満月が昇る各月の十五日にしか商品が完成しないのだ。
それが箱詰めされてアンシークに持ってこられるのが大体毎月の十七日から二十日の間くらい。
一回で来る量は五個から十個ほどなので、二、三か月ため込んでから店に並べるので十か月で一年が回る中でこれが店頭に並んでいるのは三か月ほどだ。
「お待たせしました、ご確認ください」
「わぁ……」
羊の小物入れは二か月前、桃の月まで作っていたもので、先月の青の月からは鹿を作り始めたらしい。あいつ多分角のある動物作るのにはまってるんだろうなぁ。
そんなわけでまだ店に六個しか在庫のない鹿の小物入れだが、これも羊同様並べたらすぐに売り切れるだろうつくりをしている。
全部こだわってる手作りだから綺麗なんだよね。ちょっとでも失敗したのは持ってこないし。
「これ、買っても大丈夫ですか?」
「はいもちろん。プレゼント用に包みましょうか」
「お、お願いします!」
カウンターの引き出しから包装用紙を取り出して箱に戻した小物入れを包んでいく。
包装用紙とリボンは好きな色を選んでもらってラッピングを終え、袋に入れてお渡しする。
代金は二千コルメ。ちょっとお高いよねぇ、と思うけれどこれ以上は下げられないから仕方ない。買った人は満足そうだしいいだろう。
「ありがとうございました!」
「いえいえ。またのご来店をお待ちしております」
ひらひらと手を振って去って行く少女を見送り、フフッと満足の息を漏らす。
いやあ、いい子だった。なんかもうすべてに満足した。
なんて思いつつ壁に掛けたカレンダーを見る。
毎月の一日が新月で、十日で一週間。一ヵ月は三十日。
十か月で一年なので今はちょうど折り返しの月だ。
兄がこの括りに何かしら違和感を感じていたみたいだけど、私としては何も感じないので別にいい。
そろそろ初めの週の定休日だなぁ、なんて思うくらいだ。