世界は弱肉強食を加速させるようです
「「は?」」
なにそれ、聞いてないんですが?もしかしてフギンとムニンの報告する量が減ってきたのは、こういう事?
「そうなるよね。だが確証のある事実だよ」
「あー、つまり?」
「うま味の少ない、しかしダンジョン攻略者たちの力が必要な世の中になりかけているって事だ」
うわー、頭痛が酷いわ。ズキンズキンと響く。ん?急激に嫌な予感がしてきたぞ?これは、
―ピコーンッ
『Penalty1(公開)
発生条件:総人口の半分以上がダンジョンレビューカードを保有していない。
penalty内容:スタンピード後に発生した森から一部モンスターが出るようになります』
『penalty mission!(公開)
発生条件:種族進化をした存在が十名を超えてない。
達成条件:DRカード保持者はモンスターを千体狩る事。0/1000
未達成ペナルティ:モンスターが世界中にランダムでポップする様になります。
報酬:種族進化(条件を満たした者のみ)、固有スキルの取得(全人類)』
『special mission!!!(一部公開)
発生条件:種族進化を既に果たしてる事。登録名:フール、ソフィア、タクミ、クラウス、スライム、ファン、ベルーゼを指名。
達成条件:スタンピード後に発生した森でモンスターを一万体倒す事。0/10,000
報酬:上位職亜種に変化、個々人に合った武器防具、超過分の個人用アイテムかスキル』
『designate mission!(非公開)
達成条件:頑張ってspecial missionをクリアさせてね。失敗した場合には貴方がフールだとバラすから。職業は新規で固定のSランク冒険者だよーん。
成功報酬:無しです。ごめんなさい許して!無しにしろって脅されてるんです!!』
煙管を出して吸う。吐く。………うん、『世界』は悪くは無い。悪いのは師匠だ。おそらく師匠は「世界で遊ぶゲームをしよう!」とか思って思いつきで出したミッションに違いない。こんな事したら楽しそうとか思うと直ぐに行動するからタチが悪い。だいたい……
そうして頭の中で罵詈雑言をあらん限り考えながらも、頭の一部では既にspecial missionをクリアさせれる算段はついていた。スライムと登録しているのはランキング第4位、じゃ無いか。第5位の者。そいつは誰だかこの場の全員が知っている。ならば……うむ、これでいくか。
「なんだと!?」
「クラウス!おめえ進化してたのか!羨ましい、なんで黙っていやがった!!」
「おいこれって」
「ファンもだ!どうして黙っていやがった!?」
「いや僕もなんで進化したのか分かって無いんだよ」
ワイワイガヤガヤとうるさい。まったく、ガキじゃねえんだから。
「「静かにしろ」」
「「「「「!?!?」」」」」
む?黙らせるために声を出したらソフィアと声がダブったな。とりあえず、視線を合わせて発言を譲る。
「いいかい?ここでこんなにも騒ぐって事は、世界ではもっと騒いでいるだろうからね。一旦意見を纏めるべく静かにして欲しい」
「「「「「……」」」」」
「うん、なら良し。本題の前に、タクミからも何かあるみたいだね?」
「ああ。まあ、こうしてバレたら我関せずってわけにはいかないだろうよ」
「何か案があるのかい?」
「ある」
パンッと手を机に叩きつけ完全にみんなの意識を向かせる。意見を通り易くするには意識を集中させるのが一番だからな。
「編成隊を作る。フールは分からんが少なくとも他の全員はこの場に居るんだからな」
「そのフールはどうするんだい?」
「これを見て動かないならどうしようも無い。俺たちは俺たちのできる手を打つべきだ。違うか?」
「その通りだね。私もそう言おうと思ってた」(日本語)
「その日本語、微妙に間違ってるぞ」
「え?」
こういうのが言語の壁というか、うまく自分の伝えたい事を伝えれない場面だよな。クラウスさんも苦笑してないで説明してやれよ。というかソフィア・イヴァノヴァって言語のスキルオーブ獲得して無いのかね?それともワザとか?まあ今はいい。
「そのニュアンスだと「答え」を知らないのに答えが出てから後出しでその「答え」言ったかのようだ。だから少しニュアンスが違う。…ま、それは置いておこう」
「訂正ありがとう」
「どういたしまして。さて、先の提案は言うまでもなく一つ大きな問題がある。森から出てくるモンスターに対して対策が柔軟に取れない事だ」
「そうだね」
相槌を無難に英語に変えてきたwとは笑えんな。俺も間違えたらそうなるし。特にさっきのは頑張って日本語で言ったんだからな、あまり弄るのも失礼か。
「…なので同時に行う」
「というと?」
「森の周囲に部隊をいくつか作って戦ってもらう、交代制でな。お遊びでDRカードを取ってしまった者は一まとめになってもらう事で対処する」
「penalty missionだから?」
「そうだ。参加しなかったら最悪…」
「死罪にしてもらいましょう」
「だがどうやって?DRカード保持者の中には絶対参加しないやつも出るだろうし、こちらにはそれを知る術は無い」
「これを見て」
組合長が見せたのは数字の表示されてるタブレット端末と説明書と書かれた冊子。うーん、察するにDRカード保持者識別機か何かか?
「さっきのミッション通達の時に私にはもう一つミッションが出たのよ。それはデジネイトミッション。内容はこれらの道具を用いてpenaltyミッションをクリアさせよ」
「何か失敗した時のペナルティは?」
「……進化種族にモンスターを加える」
「「「「「……」」」」」
あまりにも重いペナルティに全員が絶句する。「条件を満たした者のみ」と報酬での進化にあったが、それがもし「弱った魔物を倒す事」だとしたら?鳥肌が立つわ。
相変わらずエゲツないことを思い描く女だ。などと口にしたらエゲツない殺され方をしそうなので黙る。
「それが一個人に課せるもの、か。報酬は?」
「世界のアップデート、DRカードの変更と書いてある」
(天華、こいつ嘘言ってねえよな?)
(おそらく)
(…そうか。引き続き見ててくれ)
(かしこまりました)
「「「「「……」」」」」
世界のアップデート。それはパターンがいくつか存在する事象で、異界との合体、平行世界との融合、根幹設定の変化などのまずあり得ないクラスの変更。仮に変更する場合はその対象となる世界を崩壊させてから再構築しないとできない。
(時空間魔法、ストップワールド)
そう念じた瞬間、世界が止まった。ストップワールドは世界規模の事象停止魔法。本来なら一人では不可能なレベルで魔力を必要とするが、成功した。
その世界は白黒で全てが止まっている。しかしそういう空間に住む存在もまた居る。そこの遥か上空には不自然なまでにログハウスが建っていた。そこに向かえば、
「おやおや、強引に尋ねてきたね。何かな?フールとバレるのがそんなに嫌かい?」
「違うよ。いや違わないけど、今回の訪問とは関係無い」
「ん?そんなに見つめて何かしら?」
「…本気で言ってるのか?」
「ええ。何のことかさっぱりわからないわ」
この魔法はとある条件を満たした場合少ない魔力で発動可能で、一つは世界崩壊時、もう一つがとある座標を指定した時、そして最後誰かが同時に発動した時だ。今回は最後の同時に発動した時だ。相手はもちろん師匠。
師匠は基本的に会いに行こうとすればこうして会ってくれる。何か理由がある場合は会えない、というか魔法が失敗する。
そして今回は会えて、尚且つ本気でこちらの事情を知らなさそうだ。一体どうなってるのか不思議でならん。
「世界のアップデート。師匠が仕組んだのでは?」
「世界のアップデート?そんな物騒な事はしないわよ。あんな風情の欠片も無い事象を誰が好き好んでするとでも?」
「じゃあ誤表示か、嘘か」
「嘘?誤表示?なんのこと?…いえ自分で調べるわ、ちょっと待ちなさい。えーっとコレがこうで、そっちはこうで…」
そう言って何処からか取り出した、いつぞやのパソコンを叩いて見始めた。こうなったら解決まで待てば良いだろうからな、ゆっくりストレッチ体操でもして待つのが吉だ。
「なるほど、コレね」
「ん、わかったんですか?」
「ええバグよ。ほらコレ」
「なになに?」
そこに書いてあったのはデジネイトミッションの内容だ。
『designate mission!
達成条件:カード保持者認識機の一時貸出、カード保持者特定機の一時貸出、説明書のアイテムを使ってDRカード保持者全員にpenaltyミッションをクリアさせよ。
penalty内容:進化種族にモンスターを加える。
報酬:魔法を使える種族の限定化、魔法犯罪防止用魔道具の作成図(不壊)、DRカードの変更』
「どういう事?」
「種族の限定化って部分をソフィアって娘が正確に読み取れなかったのよ。正確に言えばその義体がね」
「なるほど、あくまでも読み取りは義体で本人じゃないから正確ではなかったと。そして情報量を減らした結果が世界のアップデートなんていう物騒なものの表現になったと」
「横着するものじゃないわね。あ、そのソフィアちゃんは世界のアップデートについての知識も、誤情報を掴まされてる事実にも気づいていないから。よろしく〜」
「りょーかい。まあそんな情報は知らないだろうし、訂正しなくても大丈夫だろ」
「そうかも?」
「そうだろ」
はあ、どうせそんな事だろうとは思ったよ。と悪態をつく。いやまあ結構焦ったのは事実だが、まあ結果良ければ全て良しだな。
そして魔法を解除すると、その瞬間上空に居たはずの俺は魔法を使う直前の体勢になっていた。思わずバランスを崩そうになるが何とか耐えてみる。
丁度良い、体勢を前に倒して
「「「「「……」」」」」
―バンッパンッパンッ
「ほらほら、そんなに暗い雰囲気になっても状況は改善されない。作戦を進めるべきだと思うが?」
机に手を叩き、手を上げてもう一度手を叩く。…なんかさっきから叩いてばっかりだな。俺。
「そ、そうね」
「そうだな。建設的な話し合いをしよう」
「てな訳で、指揮を任せれるやつをいい順に上げていこうか。最終的に最優先な指揮官は足手まといどもの統率でいいな?」
そうして荒れそうになる会議内容を纏めるのがソフィア・イヴァノヴァ、意見を出すのを促すのが俺、主に意見を出すのがクラウスさんといった感じでスタートした会議は、実に五時間半もの間継続され決定された。
ダンジョン攻略者は効率と安全を求めているので、今回のような非常事態には団結と解決案を出すまでに時間がかかり難いのだ。今回は単に各方面の対応などが多かっただけ。唯一にして最大の問題点は、良いと思える案が多い事だ。
多方面に精通している者が多く、それぞれの方法を持ってるために矜持がある。コレをすり合わせるのはソフィア・イヴァノヴァの一強制度があったおかげで早く纏まった。
そうして会議が終わり、各方面の対策案も出して、あとは事務方の人間に丸投げをして会議室から出たら寝る場所が無い事に気づきダンジョンで一夜を過ごした。寝る場所が無い時は便利だな、ダンジョン。
魔法で体を洗い、食事オーク肉のトンテキを食べ、歯を磨いて、完全装備に着替えて、ダンジョンに入る時より綺麗な状態でダンジョンを出て組合に行く。目的地は一階の受付奥だ。
「ちわっす」
「!?…た、タクミ様ですね?」
「おうよ。奥、行けるな?」
「はいどうぞ!」
いつもとは違う様子の受付嬢たちを無視して奥に行く。眼鏡が珍しいのかね?
ああ集合場所は組合長室。なんでも組合長室は支部の大きさに関わらずに一緒にする為に一階の受付奥なんだそう。ま、分かりやすければ何処でも良いな。
―コンコン
「どうぞ入って」
「失礼しまーす。って、俺時間まちがえた?」
「いいえ、合ってるわよ」
「なら良かったよ」
俺が入れば中にはspecialミッションが出された面々が揃っていた。昨日出た案、各国の支部で強い連中が率いる鏖殺部隊を編成してもらってる間に、俺たちspecialミッション組は森に突入してミッションをクリアさせる。報酬は無し、だけどペナルティとして「進化種族にモンスターを加える」という事実は教えたらしい。
ま、当然だが巫山戯るな!みたいな声もあったようだが全無視を通達したようだ。当然だな。世界中の多くがモンスター化する可能性があるのなら、俺は足を引っ張る存在を暗殺する。今の俺なら誰にもバレない自信がある。
そしてもし非協力的ならば即死罪でもオーケー…ではなくWDU預かりにするそうだ。なんでも死罪では犯罪が横行する可能性が高いから有効的に活用すべく、今回の作戦での囮役の餌になってもらうようだ。単なる死罪よりもエグいな。
まあそれも通達したら協力的じゃない者はいなくなったらしい。情報伝達網は大事だと改めて実感した。
「そうそう、伝えておくべき事があるんだよ」
「ん?僕たちは聞いて無い事かい?」
「ファン以外はね」
「幹部にも知らせてねえのか」
「そうだとも。こういうのは一回で済ませるべきだと思ったからね」
しばらく思い出すように虚空を見ていたが、実際にはじっと警戒網を潜る様にしてソフィア・イヴァノヴァのステータスを視ていたのだ。まあ本人だというのとステータスが魔力と敏捷高めで種族が高祖戦闘魔女とか言うものだと分かったくらいだ。正直つまらなかった。
「…それで何が伝えるべき事なんだ?」
「朗報でね。ダメージを与えた個体が他の人に殺されてもカウントは入るみたいだ。そして銃はダメだが、ダイナマイトのスイッチを押した者は一気にカウントが増えたよ」
「 」
「そうだよ、スライムちゃん。毒ガスでも良いみたいだけど流石にやめといた方が要らない被害者が出る可能性が減るからね。ただしそうすると範囲が難しくなってしまうからね。簡単には両立できない様だ」
まあそりゃ師匠が手を出してやってる訳だから抜け道は簡単には見つからんだろう。だが、
「なあ」
「なんだい、タクミくん?」
「(お前さん性格変わり過ぎでは?)…俺が未だに使ってる技なんだが」
「君が?悪いけど武器の実体化なんてほとんどの人ができないよ?」
「いや違うって。そもそも武器の実体化なんて面倒な事は俺もやってねえし、使ってるのは実際の武器だ。いや違う。その話は置いといて、コレ使うんだよ。別にコレならばら撒いても問題ねえだろ?」
「「「唐辛子スプレー?」」」
俺が未だに使ってる最初期からお世話になっている素晴らしい行動阻害武器、唐辛子スプレー。お手軽な上、ガスマスクをすればオーケーな一品。
「実験してくれねえか?唐辛子を擦ったものを使えば攻撃判定になるのか否か。価値はあるぞ。ガスマスク必須だけど」
「…たしかに試す価値はあるわね」
「僕も賛成。できなければダイナマイトという手があるし、何よりローコストだ。我々がガスマスクをしないといけないが」
「そこは俺には致命的だぜ?サックスが吹けねえと効果は無いからなぁ」
「無問題」
「…」
「じゃあファン、連絡して頂戴」
「了解」
ファンが部屋から出て行きベルーゼの対策をする。
「効果的ならベルーゼとクラウスのペンドラゴンがネックね」
「ペンドラゴンは問題無いよ、ねえ?」
「キュウ!」
「問題無いってさ」
「となると」
「俺はどうすっかねえ」
「マイクや録音した物じゃダメなんですか?」
「駄目だ。一度使ったがゴブリンすら倒せんかった。あれはショック受けたなあ」
うーん、と皆んなで悩んで打つ手無しで終わった。中々に音魔法というのは思った以上に使い勝手が悪い様で、効果は自分と他二名まで、主な攻撃方法は聴覚のある者全員(指定二人は除く)、音量には関係無し、間接的には効果大幅減、などなど色々あった。まあ基本ソロ向きだよねって性能。
―コンコン
「どうぞ入って」
「失礼します。先の提案ですが、成功です!」
「「「おお!!」」」
「 」
「既に手配は?」
「済ませてあります。職員に伝えさせましたので早いうちに作戦実行可能かと」
「よろしい。じゃあこっちで勝手に決めさせてもらったけど君は祖国の方の森に行ってもらう。ただ二択でスタートを決めれる。一つは唐辛子作戦の準備でき次第、もう一つは先に入って慣れてから決めた日にちで戻る生活。どっちにする?」
「前者、じゃなく後者で。いくら他の者よりも経験しているとはいえ怖いですから」
「分かったよ。では全員そういう方向でいこう。それぞれアフリカはクラウス、ベルーゼ、タクミが。中華は私、ファン、スライムが行くとしよう」
そこからまた話し合いを再開する。クラウスさんとベルーゼはチームで進めると決まった。やはりアフリカ大陸の森はデカいのでそう簡単には進めない、という俺情報をもとにチームで進めることとなった。
キメラ戦後の遭遇率的に範囲攻撃ができるベルーゼが決定され、探知能力の高いペンドラゴンがいる事でベルーゼさんを守るためにクラウスさんが決定。という流れだ。
俺はソロで完全に自由になる為にこちらを選んだ。組合長が居れば実力を出せないので、組合長の居ない方というのが本音。建前は唐辛子スプレー作戦実行にあたってガスマスクして戦う人間が少ないから。
中華組の選別理由は、まあファン――アイテムを駆使して戦うタイプ。いざとなったら遁走の煙ってアイテムで逃げるらしい――は主な活動域と言っては失礼かもしれないがホームグラウンドで、だから。あとスライムちゃんさんと組んで戦うと強いから。
そのスライムちゃんさん――本名は日菜村翡翠で年齢は教えてもらってない。引っ込み思案で小声でしか話せないコミュ障の女性――は典型的な魔法使いで、近接戦は結界を使って近づけさせない様にしているそうだ。魔法は基礎四属性と治癒魔法を駆使する。
組合長もソロ。大量のゴーレムを使い近寄らせない物量攻撃派。しかもゴーレムには種類があり本人も火と風魔法を巧みに使い空を飛び、よしんば空を飛べずとも本人の身体能力が高いので問題無いそうだ。そもそもゴーレムが本人の劣化コピーなので身体能力が高いのは当然だが。
そして中華組を置いてアフリカ大陸組はその日に出発した。理由は開始時間までの時差を極力無くす為。開始は日本時間で明日15日の十九時、フライト時間は二十時間で時差は約七時間なので今から出発すれば現地時間で二十三時には到着する。つまりは十九時間も準備できるのだ。ま、俺は寝るがな!