お金はいくらあっても良い。だがそれには若干の語弊がある
陰陽術を知って約一ヵ月。師走とはよく言ったものではあるが、それには少しの間違いがあると思う。忙しい時期ってのは十一月には既に始まっているだろう、と。そんな訳で地元に戻る事が出来ずに再び北海道に向かう事と相なった。この場合お土産って買わないといけない?
そんな事を考えながらも札幌空港に到着。未だに需要のあるキャリーバックを引いて歩く。キャリーバックを今どき持つものはそう多くないし少なくも無い。収納系アイテムは珍しくないのだが、まだまだ高いのだ。そしてオシャレじゃないと却下する者もいる。
まあそんな訳で、公衆の場に魔法道具のキャリーバックを引いて堂々と歩けるのだ。未だに魔法道具か否かを判定する道具は発見されていないし!
「ん?」
「げっ!」
陽気にキャリーバックを引きながら歩いていれば、アケシさんとばったり遭遇した。結構着込んでいるが、そのスタイルの良さは隠れておらず、その中身の性質の残念さは隠れている。
「「げっ」とは酷いなあ。ん?そういえば拠点へ帰ったんじゃ無かったのかい?」
「そちらこそなんで居るんですか。忙しいんじゃ無かったんですか?」
「そっちはもう終わったよ。死人が多いし調べれる土地の範囲もとんでもなく狭くなったからね。そして更に重要な事が起きたのさ」
まあ言わんとすることは分かる。今回のアフリカ大陸での件では死者数が億単位だ。国も十数ヵ国消えた。必然的に書くことが少なくなるだろう。何せ管轄しないといけない側の人間も多く死んだのだから。強いて言えば避難させないとといけない立場の人間が先に逃げた事に罪をとうくらいか。
「それは?」
「ランキングが一つ下がった。あとは機密事項ね。ま、君なら後から依頼が届くと思うケド」
「んじゃあ先に言っときます。ランキングが一つ下がったのは多分っていうか確実に俺のせいですね」
「おお〜、何位まで上がったのさ?」
純粋に疑問に思って口に出すアケシさんに少し驚く。普通なら「何したん!?」みたいに驚くと思ったのだが。
「…驚かないんですね」
「あははは、シブヤの中規模ダンジョンが攻略されたからね。そしてその情報は幹部には素早く伝えられた」
「俺ってバレてるって事っすか」
「イグザクトリー!」
「ま、その件で吹っ切れたんですよ。流石にこの順位は誤魔化せないので」
「TOP10に入ったのかい?」
「3位ですね。クラウスさんを越しました」
「Foo!」
擬装順位だがこれ以上低いと不自然なのでバレると思って3位にした。この擬装はなんとも高性能な事に1位をキープしたまま推奨順位を知れるのだ。なのでそれに従って順位を3位に変えさせてもらった。ま、元々変えようと思っていた事なのだが。
「じゃあそんな素晴らしい君にはホテルじゃなくて本部に泊まりなさいな」
「試験運用のホテルの話か?」
「そうよ」
「もらった資料に書かれていたのは来年の2月からなんだが」
「その資料は古いわね。10月の時点で情報を更新したはずなんだけど…」
俺が資料をもらったのが9月半ば、例の組合発行のカードのお金を多めに振り込んだのが九月末。って事は、
「俺の金かよ」
「?…ああ巨額出資者の欄に君の名前が載ってたね。なるほどそういう」
「オークションで得たお金を使う予定を前倒ししたって事でしょうね」
「でしょうね〜」
そういう話をグダグダと言い合いながらダンジョン攻略者用の巡回バスに乗る。この人はなんというか、とても話しやすいのだ。酒が入ってるわけじゃ無いのに口が滑りそうになる。天然でやってるのか、狙ってやってるのか、数々の美少年をくってるうちに身についたスキルなのか分からんが。
そうしてあっという間に組合に到着。お金を支払わずにバスを降りる。このダンジョン攻略者用の巡回バスはWDUが運営に携わっているので、組合員の証を見せればタダで利用可能なのだ。お陰で儲かっています。
他にもタクシー会社とも連携しているようだが、そちらは緊急時用になってる。生死を分ける自体や、幹部ならば使えると棲み分けをしている。こちらでも儲かった。
「いやあタクミ様様だね」
「だったら予算を何に使うかもっと教えてくれてもいいだろうに」
「それはそれ、これはこれってやつさ」
「だろうな。まったく、国家規模の投資になりつつある状況に喜べばいいのか、悲しむべきか悩むね」
軽口を叩きながら組合に入れば何故か視線が多く向けられた。はて、何かあっただろうか?そう思いながら高ランク専用の受付に向かう。一応報告だ。まあアケシさんが居るので必要か疑問だが。
「どうも、はいこれ」
「拝借します。…これは、ええ確認できました。それでタクミ様、一体何用でしょうか」
「一応ここに来たぞっていう報告と、しばらくの間世話になるって事を言いにな」
「それはありがとうございます」
「ん。あ、そういえば渋谷の件については幹部会で話すから通知は後になると思うぞ」
「かしこまりました。これをお返しします」
「じゃあな〜」
そう言ってアケシさんと変わる、事なく第三会議室に共に行く。本部というだけあって高ランク専用の受付は三つあるのだ。支部なら大抵一つか二つだけなんだがな。
「…あ、そういえば報酬は何をゲットしたの?」
「ん?ああミッションのことか?」
「ええ、あれだけ活躍したから気になって」
「それも報告したいんだよなあ。正直言って手に余る」
「それは楽しみね」
チンッと音が鳴りエレベーターが止まる。一緒に降りてアケシさんについて行く。今回は組合としても重要な事だと思ったのでアポを取ってから来た。偶々アケシさんが一緒だっただけだが、もし一緒じゃ無かったら組合職員に案内してもらってた。
というかここは部屋が多い上に未だ完成していないのだ。ちょくちょく会議室などの役割の部屋が変わるようなので職員でも迷うそう。流石にそんな場所に一人で行って迷ったらいい歳して恥ずかしい。
―コンコンコン
「失礼します」
「お邪魔しまーす」
そして数ある部屋の一つの中に入れば、幹部が大勢…というか全員集まっているんじゃない?そして幹部ではない者――バッジの有無で分かる――が二人いた。一人は四十代ほどの男性、もう一人は同い年くらいの女性だ。そしてその二人の横に俺の名前のある席がある。
となると分かったのが例のカードを持つことになった二人だろう。
四十代ほどの男はベルーゼ・ギルベルト。ランキング25位、演奏者の二つ名持ちで近所にできた中規模ダンジョンを単独踏破した猛者。
同い年くらいの女性はファン・フー。ランキング16位、二十九歳、生存者の二つ名持ち。危機察知能力が高く緊急依頼の基準を作った女傑。幹部だが幹部会にはあんまり出席しないらしい。
そんな情報を思い出しながら大人しく席に着く。
にしても、いや〜空気悪!!誰も何も喋らないし、スマホでも弄ろうか、でもこういう場でスマホって使用していいのか?分からん!どうしよう、真面目にやる事が無いしソワソワしてしまう。
腕時計をチラッと見れば集合時間ぴったり。つまりは遅れているのはここに居ない組合長と複数の幹部のみ。一体何をしているんだよ!………あ。
―ガチャ
「いやーすまないね。ちょっと教育してたんだよ。遅れてごめんね」
ズリズリと大の大人を三人ほど引きずって入って来た組合長にドン引きする。いやちょっと違うな。幹部たちは顔を青ざめ、俺とベルーゼはドン引きしたってとこか。
「ほら、座りなさい。それとも…」
次の瞬間シュバッと音が聞こえそうな勢いで席に着く幹部たち。いやお前さん何したんだよってくらい調教されていた。
「さて、じゃあ会議を始めるよ。先ずは、そうだね、そこに居る幹部じゃない二人が居る理由から説明しようか。例の組合発行のランクカードができて渡すためっていうのと、幹部に近い存在になるから幹部会議っていうものを知ってもらうためだよ。理解できたかな?」
そう言って一方的に会議を始めて、一方的に会議を進めるソフィア・イヴァノヴァ。一応幹部全員の顔を見て確認はしてるが、果たしてどこまで確認しているのか。
「うん理解できたようだね。じゃあ次、アフリカ大陸の件についてだ。アケシ、説明を」
「はい。先ずはアフリカ大陸にいた首脳陣が最初に逃げた者たちには口座凍結などの経済制裁を課すことを通達、またアフリカ大陸での作戦時に口を挟んできた者のリストを整理し口出しできない様に資金提供を受けない様にしました。他にも難民受け入れの根回しも済んでいます」
「うん、なら最優先で頼んでいた事は終了したと考えてもいいんだね?」
「一部肯定します」
「一部?」
にっこりと笑顔を浮かべながら睨むという難しいことをするソフィア。アケシさんは冷や汗をかきながら報告を続ける。
「はい。今も難民受け入れの根回しは続いており、また資金提供を受けない様にした時に一部事務員が不審な動きをしています」
「そうか、そういう事なら分かったよ。事務員の洗い出しはそこに居るタクミ君からも打診されていたから、一度全体を通して行う予定だ。そこは年末に訪問して私主導で行う。これについて異論は?」
「「「「「……」」」」」
誰もが黙ったまま動かない。もう誰一人として微動だにしないから時が止まったのかと思ったわ。もうね、頷く事もしないし、口を開くなんてもってのほか!と言わんばかりなんでちょっと怖かった。こういうのを耳に痛いほどの静寂とでも言うのだろうか?……これはゲームのミッション名だったわw
「無いようだね。では続けて欲しい」
「はい。優先順位が低いと言われたもの、功績者の順位付け、それに伴う追加報酬、死亡保険の提示説明などは遅れています。またそれについて各国から人材損失だと賠償請求をされています」
「賠償請求は全て断りなさい。説明としては組合加入時に既に同意済みだと言えば黙らざるおえないでしょう。もし渋るようだったらまた連絡してきなさい。他には?」
「ありません」
「よろしい。では次の話だ、組合発行の特別なカードについて。実物は完成したので後で両名には渡すとしよう」
そう言って銀色のカードを手品のように出して投げてきた。おいおいそれ高いだろ。五千万はくだらない超高級品だろ、投げんなよ。ベルーゼは何にも感じていない様子で受け止め、ファンはその価値を教えてもらってたのか「え、投げるの?」みたいな感じで受け取った。
「見れば分かるかもしれんが、それは一枚七千万はかかってるからな。取られる事はないだろうが、失くすなよ」
「はあ!?」
ベルーゼが素っ頓狂な声を上げる。まあ仕方ないよね。いきなりポンって投げられた物が高級車五台分くらいの代物なんだから。っていうか七千万だったのか。適当に一個あたり一億ぶち込んだから知らんかった。
「その件については明細はいるかい?」
「あ、俺出資者なのに貰えないとかねえよな?」
「君はもちろん渡すとも。ただ二人は分からないのでね」
「もらえますか?」
「も、もらう」
「よし、二人共だね。帰る時に受付に寄り給え、そこでもらえる」
受付嬢が見たら真っ青なレベルの代物をよく渡すよな。これって一種のパワハラじゃね?とんでもない金額のやり取りなんて事務員に任せるに限るだろ。いやでもそうなると俺もパワハラする側になるな。超高額なお金って見る方が庶民感覚だと心臓に悪くて管理大変だろうな。
「それでは次だ。支部を一部の者向けにホテルの代わりにしようという案なのだが、どうにか今月中には各国主要都市では通せそうだ。そこで前に出た案も含めていいので発言していってくれ」
「…では僕からよろしいですか?」
「誰でも構わないとも」
「では、利用可能なのは一定ランク以上と決定されてもエセランクの人物がこぞって利用しようとするのがオチでしょう。ですから――」
クラウスさんの発言をキッカケに皆が会議らしく、というか正確には討議会議らしくなり始めた。今までは報告会みたいな感じだったしな。しかし議長と言えば聞こえは良いだろうがソフィア・イヴァノヴァはとても重要なポジションだ。あいつにいちいち確認をしてる部分が無ければ普通の討議会議なんだが。
………ん?これは…誰もいちいち確認する事に対して疑問に思っていない?最初は恐怖からかと思ったが、会議が進むにつれてそれは違うと気づけた。会議を見てるだけのベルーゼまでも「流れ」に呑み込まれている。
何かおかしい。そう思って呪糸をこっそりと外に出して術を発動、式神招来を行い天華を召喚する。
(天華、聞こえるな?)
(お久しゅうございます。そしてしかと聞こえます)
(なら良かった。久しぶりだな。早速だが今回は)
(ソフィアなる女の実態ですか?)
(そうだ。眼の貸し出しをするから視てくれ)
(かしこまりました)
眼の貸し出しは視界を共有する術。しっかりとしたパスが繋がってる事が前提だがリアルタイムで貸し出した相手の増えた視界内の情報を見れる。まあ簡単に言えば視点を別角度から見れると考えてもらえば分かりやすいだろう。
今回の様に式神ならばお互いに負担が少ないが、もしその辺にいる鳥とかだと負担がお互いに大きく、俺は眼が熱くなって肉を焼く様な痛みを負い、鳥は解除後死ぬ。まあ二度とやるか!と心に決めた術でもある。
天華は様々な姿形を変えられ、いわゆるシーフ系の技術を俺よりもずっと上の技量で修めている式神だ。式神の中では使用頻度が高く非常に忠誠心の高い忍者の様なポジションだ。今回の様な場面ではとても役に立つ。
「ん」
久しぶりに行う術なので思わず声が出てしまったがリンク完了だ。そして見てみれば、ビンゴだ。コイツはアイテム。おそらくグランドマスター候補専用のダンジョンから入手したのだろうアイテムだ。
ーーーーー
頭脳労働用義体 レア度:神話級
離れた所から自分の見た目、人格、記憶、癖などを完全コピーした物を作成・使役できる。頭脳に特化しており、戦闘はできなくは無いが非常に弱い。その場にいる一定以下のステータスの者たちの思考を誘導できる。
効果:使用者劣化コピー、絶対服従、複製(残り一回)、思考共有(弱)、思考誘導(精神魔法)、記憶保存(本体)
ーーーーー
中々の逸品。俺でもパッとは分からないほど人間じみている上、その場にいる者たちの思考を誘導できるのは素晴らしい。俺も欲しいが、まあ活かせないだろうから要らないかな。これは使うのにコツが必要そうだ。式神の方がよほど良い。
(如何なさいますか?破壊しますか?)
(いや止しておけ。バレたら面倒だ)
(かしこまりました。して、他に何かございますか?)
(ふむ……何かこの会議がおかしいと思ったら言え)
(低レベルですね)
(そうだが、そうじゃない。まあ今回の様な不審な部分があったら言えって意味だ。いいな?)
(かしこまりました)
そう言って念話を切る。天華は忠誠心が高い故なのか俺以外に対して攻撃的だ。実力も高いので――というか実力が低い式神はいない――下手な発言は控えないと様々な場所が破壊される。死人も多くなるな。細菌兵器をばら撒いてゾンビパニックを起こした前科持ちだ。
まあ手綱をしっかりと握れば俺の苦手な裏工作などを受け持ってくれるから、馬鹿と鋏は使いようというやつなのだろう。俺の度量という意味で。
しっかしどうしてこうも各地の連絡はスムーズじゃないんだ?今どきらしくパソコン管理すれば良いじゃないか。…いやでも内容が内容だからな。万が一ハッキングされて情報がばら撒かれたら機密も何も無くなる。この体制が一番なのかね?
俺の前世にはこの世界よりも文明が進んだ世界があったが、こうしてお偉いさん方が集まって会議を開くことはあった。らしい。俺は権力には興味無かったので良くは知らないので人伝なのだ。ともかく文明が進んでもこの体制が存続しているって事は、つまりは良い体制なのだろうよ。
それにしても烏は優秀だな。というよりもフギンとムニンが優秀だと言うべきだろうか?各地での情報は正確な事この上ない。最近はダンジョンに関することではなく各国の機密にしている事を重点的に調べている、というか好きで調べているようだが。
まあともかくフギンとムニンから上がってくる各地の報告は正確なものだとよく分かる。情報の多さも然り、情報の質は今証明された。とても良い事だ。そのおかげで投資は失敗無しだ。金には執着していないがフギンとムニンに任せたらなんだか楽しくなって総資産が凄いことになってる。
そんな訳でフギンとムニンの最近のブームは情報操作らしい。情報を得て、どこで、誰が、いつ、どんな風に動くのか予想して投資している。情報量が多すぎて一部情報をもらう程度しか活用しきれて無いが、自分の分を弁えていると考えれば良いと言えるだろうな。
実際俺が運用してる資産なんて10%程度だからな!
そういえば最近報告される量が減ってきたな。それだけ情報に変化がないのだと思ったが、この報告会というか組合の幹部会議の雰囲気的に何か違う気がする。なんだ?何が違う?
「――という事になってます。なので今の直された見通しは正しいかと」
「そうだね。ならこれ以上問題は無いと判断するよ。何か異論は?」
「「「「「……」」」」」
「無いみたいだね。では、例の緊急事態の内容だ。幹部には全員情報を共有したが一応ランク0の二人にも伝えようと思う。異論は?」
「「「「「……」」」」」
「無いようだね。では話そう。実はダンジョン以外でモンスターの発見がされている、スタンピードによってできた森以外でだ。既に確認されてるのはゴブリン、コボルト、オーク、ストーンゴーレムの四種で、倒したらダンジョンの様にドロップアイテムを残して消える事は無いそうだ」
「「は?」」
なにそれ、聞いてないんですが?もしかしてフギンとムニンの報告する量が減ってきたのは、こういう事?
エセランク。作者も書いたかどうか曖昧な記憶だが、多分書いた。一応の説明として、組合におけるランクはダンジョンで入手した物の売り上げ金額で決まるので、元手があれば比較的簡単にランクを上げれる。そういう行為をして上がった者をエセランクと言う。