爺ちゃんも婆ちゃんもやっぱり化け物だわ
さて、基本的な確認からいこう。先ず俺と陰邸様の二人が戦闘可能で、今は固まってもらってるコマキ氏とコマキ氏に保護されている犬鳴は保護対象。場所はグラウンドと言える広さの中庭、コの字に囲う様にして二階建ての家が存在する。逃げ道は一応後ろ。
敵は真っ正面と右側に人間が二人、そして封印されてた霊怪が一体屋根の上に見下ろす様にしている。正直言って人間二人を気絶、或いは行動不能にするのは容易い。しかし俺は初めて霊怪と戦う。そこが不安材料か。
「陰邸様、まず二人を気絶させますか?」
「それが出来ればいいけどねえ」
「つまりは何かあると?」
「そこの二人は既に死兵だよ」
「そりゃまた…」
恐ろしいという他ない。視た感じは一つの感情を強制的に昂らせ、指向をもたせた感情を固めて、自分に有利になる様な洗脳かと思ったが…まさか死兵だとは思わなんだ。’‘捨てがまり“で有名なソレは、敵だとすれば最悪だ。
「…チッ、こういう事を平然と行うのが霊怪ですか?」
「いや、好んで行うのが霊怪だよ」
嫌なことを聞いた。ただまあ、それを踏まえて行う事は大きくは変わらない。そして左手に斥刃を展開、体内術式を使い首を刎ねた。
そんな俺の行動を見逃さず仮称大猿は突っ込んで来るが、陰邸様が設置した爆破術式に阻まれる。爆破から身を守るために地面に伏せて…うん、今だな。練り上げた霊力に必中効果を付与、そのまま地面に発射して着地の瞬間アッパーの様に頭部に激突させた。
結果は、
―ズドンッ
「…うへえ、首から上を吹き飛ばしても問題無しってか。アンデットかよ」
「あの霊怪の一番の厄介なところさねえ。殺された洗脳されし者たちの魂でもってどんな致命傷でも無効化できるみたいだよ」
「その情報源は?」
「これを信用できなかったら少なくとも私は両手両足の指の数以上に死んでるねえ」
つまりは信用できると。正直言って魂云々と言われてもファンタジーですねとしか言えんが、まあ事実なのだろう。何度も死んで転生を繰り返す俺の存在そのものが、この場における最も現実味のある魂の有無の証明なのだから。
死ぬまで殴れば死ぬ。うん、至言だね。
霊力を魔弾として変換、直ぐに散弾の如く撃ち出す。全てに必中効果を付与して撃つそれは狙いをつけての攻撃ではないのでそこら辺に飛び散る。が、問題は無い。必中効果で全て変な軌道を辿るも、その全てが次々と大猿に当たる。
―タンッタンッタンッ
「いっちょあがり!」
「こりゃまた……恐ろしい量の霊力を基にした強い技だねえ」
魔法銃を見ながら陰邸様が驚く。今俺がやったのは銃弾を魔力で造り出すところを術式を込めた霊力に変え、散弾に種類を変えただけだ。とんでもなく霊力を消費するが、術式効果で威力は最高のまま敵に命中する。まあ切り札の様なものだ。そう何度も連続して使えない。
「まあ霊力の消耗が激しいですが、良い評価ありがとうございます。にしても、まだ立ってるんですが…」
「なに?」
「あー、その反応的に」
「霊怪は祓われたら消える筈だよ。呪石を残してねえ」
魔法銃を仕舞い、霊力を纏わせた刀を構える。十秒ほどでボコボコと弾丸の穴からナニカが出てくる。まったくキメラといいコイツといい、
「嫌になるな!」
これ以上何も起こさせないつもりで居合い斬り。……うん、これで終わりだな。
「な!?」
「おー、サラサラと砂みたいに消えるんだな。これが呪石?名前通りだな」
陰邸様がこれ以上なく驚いている。それを敢えて無視して仮称大猿がいた場所を見れば、そこには拳大の禍々しい石があった。これ最初に触ったやつ度胸あるよなぁ。もう見るからに何か秘めてますよ!って主張激しすぎるわ。
その辺に落ちてる木片で突っついてみたりしてると、スッカリ存在感を無くしていたコマキ氏と犬鳴が復活して近づいて来た。
「あの〜」
「おー、無事そうで何より」
「…ありがとうございます。それで、そのおババ様は一体何があったのですか?まさか敵の攻撃に!」
血相を変えて、という表現が正しいくらいに顔を真っ青にさせているコマキ氏。おい今手を離したら、あ〜あ、犬鳴をおことっしちまった。ま、いっか。
「ああ違う違う。攻撃は受けてない。俺がちょっとした懐かしい技を使った事に驚いているだけ」
「しかし!」
そして時間をかけてゆっくりと誤解を解いて、落ちた衝撃から少し遅れて起きた犬鳴に状況を説明して、陰邸様を猫騙しの要領で起こして村?の復興作業を行っていく。なお、俺は顔をまだ知られていないので犬鳴かコマキ氏について作業するしか無かった。
陰邸様はテレビ電話で今回の事を各地に居る重鎮に話す様だ。参加するか?と言われたがめんどくさそう、ではなく顔を知られたらお互いに干渉してしまうだろうと言い訳をして何とか乗り切った。
そうして逃れた俺は村?の復興作業に行った。
犬鳴と一緒に作業する時にはその式札から出た鬼に驚き、思わず話し込んでしまった。中々良い情報を教えてもらい――ちょっと騙くらかした罪悪感はあった。素直すぎるよ――、自分も必要最低限の情報を開示した。
コマキ氏と作業する、と言っても村?の人々の生存確認と被害状況を書いていく作業なのだが。まあコマキ氏に言われた内容をそのまま書いていくだけの簡単な作業だった。ただし村?の実力を正確に知るには丁度良かったので、色々視させてもらった。
総評、まあええんちゃう?
そんなこんなで三日が過ぎた。その間、知り合った者たちを視て術式を入手&実験を繰り返す生活をしていた。とんでもなく膨大な量で、なおかつ洗練されていたので自分好みに改造するには時間が足りなかった。
洗練された術式とは芸術品の様で、どこかを崩せば十個の術式のうち九個は発動できなくなる。それほどまでに無駄がなく、改造の余地が残っていないのだ。まあ歴史を紐解けば二千年近くあるのだ、たかだか一か月しか経ってない者に分かる改造の余地など残すわけは無いだろう。
ってな訳で丸コピして試運転までした。術式を隠す術式については自前のものを使用して遊んでいたのだが、無情にも陰邸様から呼び出しをくらった。
コマキ氏について行き以前術式の指導をしてもらった部屋に着いた。失礼しまーす、と言いながら中に入れば上座にて陰邸様が正座をして待っていた。俺が入ればコマキ氏が陰邸様の後ろから発せられる封印物の雰囲気に少し怯えたのかそそくさと出て行った。…置いてかれた感が半端ない。
「座りなさい」
ま、たしかにこんな変な緊張感のある部屋からはさっさと出て行きたいのは分かるが。
素直に用意された座布団に座り本題に入ってもらう。…ん?
「気づきましたか。本当に成長が早い」
「人避け、迷い道、不聞結界ですか」
「正解です。それでは本題、あの霊怪を倒した技は『概念斬り』ですか?」
「…いいえ。未だそこには至ってません」
「そう、ですか」
どこかホッとした様な雰囲気になる陰邸様。それは当然といえば当然だろう。『概念斬り』それは『選別』の前段階として教えてもらった技。目的は幽霊――存在すると言って見せられた事がある――などの実体を持たないモノに対して大ダメージを与えるために作ったものである。
爺ちゃんが幽霊や物理的に硬い物を斬る時に“気軽に”使っていたのだが、これはステータスではどうにもならない領域の技だ。だからこそ、爺ちゃんが使えたとも言えるが。
ともかく今の俺には使えない技だ。爺ちゃんが言うには修練と斬る感覚を研いでいけばできるそうだが、それでも二十年はかかったそうだ。そして概念斬りから選別へは比較的簡単にできる様になるそうで、実現まで一年かからなかったと言っていた。爺ちゃんの実体験はアテにはしちゃいけないと思うので、真には受けなかったが。
「……ではどうやって倒したのですか?まさか『鬼斬』ですか?」
「ご明察通りです」
「はぁ。…実戦クラスまで仕上げたと考えても?」
「何とか漕ぎ着けましたよ」
「はあ〜〜」
頭痛が痛いとばかりに長〜いため息を吐く陰邸様。まあ分からんでも無い。約一年半年前の俺でもここまでの急成長は考えてもいなかっただろうな。『鬼斬』それは『概念斬り』の前段階の技。と言っても概念斬りと選別の差以上に開いてる段階なのだが、まあともかく鬼斬の先の先に選別があると考えると良いだろう。
その名前の一部でもある鬼は「恐れ」や「怒り」などの思念集合体だ。要するに実体を持つ怨霊と考えたら良い。これに対してダメージを与えるには物理攻撃ではなく呪術が一番有効なのだが――実際に試したところ魔法は九割無効、呪術のみが十割有効だった――これを無視してダメージを与えれるのが鬼斬だ。
更に言えば鬼斬は実物に対しての攻撃を備えた防御が極めて難しい斬撃だ。「斬れないモノを斬る」という点に関しては概念斬りとも似ているが、鬼斬の方は防ぐ手立てが存在する。一方で概念斬りは避ける以外に選択肢は存在しないのが大きく違う点だ。
やり方は口では説明し難いのだが、斬れる!と思って斬ってみればできたのだ。それ以降は感覚を掴んだのか簡単に使える様になった。ちなみにダンジョンの悪霊は斬れた。使える様になった理由はまったく分からん。
「……はあ、まったく、化け物だと言われても文句は言えませんよ」
「失敬な。じゃあ爺ちゃんは何なんですか」
「化け物ですね」
「婆ちゃんは?」
「化け物です」
「酷くないですか!?」
「事実ですから」
淡々と事実を述べる様に人の祖父母を化け物呼ばわりするのは酷いとは思うが、事実か否かと問われれば事実なのでこれ以上の反論はできない。だって斬れないモノを斬るって時点で爺ちゃんはおかしい存在だと言えるし、その爺ちゃんと対等なのが婆ちゃんなのでこちらもおかしい存在だ。
特に婆ちゃんは陰陽術の界隈でも名の知れた伝説の様な存在だと犬鳴から聞いたし、おババ様よりも強いと言われてた存在とコマキ氏は言っていた。そして陰邸様の様子を見てみれば事実、強かったのだろう。
「蛙の子は蛙ですね。いえ、この場合は蛙の孫も蛙だと言うべきかねえ」
「化け物は俺もだと?」
「今はまだムラマサ殿とツボネ殿程ではないですが、将来的な可能性を考えると化け物でしょうね」
「それは喜べばいいのか、悲しむべきなのか。迷いますね」
これは酷い言われようだと嘆くべきか、将来性を感じられたと喜ぶべきか。まあここはポジティブに考えて素直?に喜んでおいた方がいいか。ネガティブ思考よりは断然いいし。
「………そういえば」
「はい?」
「そういえばツボネ殿が何をしたのか、言ってませんでしたね」
「ああそういえば、何で知られているのか不思議だったんですよ」
「ですから少しだけ、教えておきましょう。あれは何年前だったか、――」
Another side 陰邸
そう丁度私が尖っていた時、まあ単に霊怪を片っ端から倒していた時の事だけどねえ。まあその時に中部地方に出張して倒していたけど、どいつもこいつも弱かった。まあそれは良いことなんだけど、どうも作為的な気がしたのさ。
調査してみたら見知らぬ者たちが霊怪が出そうな場所をウロチョロしてるそうじゃないか。まあそれ自体はよくある話なのだけどねえ。ああ、心霊スポット巡りみたいなものだよ。当時は今に比べれば少ないけどそれでもない事はなかった。
なんせ戦後で異常なほど湧いていたからねえ。
そして霊怪を求めて向かった先に二人組がいたのさ。まあタクミが予想する通りそれがムラマサ殿とツボネ殿だった。一目見て強いと分かったけど、霊力が少ししか感じなかったのさ。こりゃ不味いと思って声をかけようとした時、霊怪が出現した。
『逃げなさい!』
『おー、大物じゃないか!』
『そうね。今までの中では上位じゃないの?』
『何を呑気に!』
かなりの上位種霊怪、それも二体現れたものを相手にするのは私でも辛い。術式を慌てて編み上げ標的に狙いを定めた時、信じられないものを見た。
首を斬り落とされた鬼、胸に穴を空けられた大猿。
ああ言っておくけど霊怪が弱い訳じゃなかった。今回出てきた大猿並みの強さや厄介さを持っていた。人型に近いほど強い性質を持つ。その中でも鬼は最上位クラスでシンプルに強い。振り抜いた刀じゃ絶対に斬れないくらい。
そもそも霊力のほとんど感じられない女と霊力を全く感じない男じゃ勝てる要素が無い。それを、どうして、いやどうやって?と考えていると男の方が声をかけてきた。
『よう、ここは危ないぞ?さっきみたいな意味わからんヤツがウロウロしているからな』
『まああっさり倒したけれど、それでも追加はあり得るからね』
『そういう事。ほら行ったらどうだ?』
『一体あなた方は何者でしょうか』
『え、えーっと、あの、ほら……調査隊?』
何の?と言いたかったがまあそこはいい。そもそも霊力のれの字も知らない他人なんて心底どうでもいいと、当時は本気でそう思っていた。ただし霊怪を倒せるのなら話は別だ。当時霊怪を倒す事に価値を見出していた私が霊力を使わずにどう倒したのか興味を持たない訳がない。
『何をしたの?』
『え?』
『あー、倒し方の話?』
『そうよ!貴女は未だわからなくも無いわ!でもそこの男は一切霊力を使ってなかった』
『『霊力?』』
『霊力よ。知らないで使ってたの??』
とまあこんな感じに出会ったのさ。そして話してみれば次々と出るわ出るわ異常な日々の数々と技。毎日一万回素振りをして、知り合いから殺人罪となった者を秘密裏に送ってもらい斬って技を修練、道場で真剣での組み手、人を持っての登山、狂人としか考えられない修練の日々を送ってるそうだ。
女の方は不気味に笑いながら薬を造るのと瞑想をしているとだけ言っていたが、まあツボネ殿を知れば知るほどそれだけでは無いと思わされる。ちなみに今回大猿を倒した術は自力で獲得した様なのでもっと先の言葉は嘘だと直ぐに分かった。
そして最近何をしているのか尋ねると、案の定霊怪を倒して回っていた様だ。しかし片っ端から倒していたのはツボネの方、つまりはタクミの祖母の方だった。
そしてその後暫くの間、お互いに様々な事を学び強くなっていった。期間は約五年。その期間は恐ろしく濃厚な時間を過ごしていた。そしてそれが私の今の地位を確立させた日々だったと言っても過言では無い。そしてそれを知っているのは、今では数えれるほど少なくなった。
「――という訳さねえ。………タクミもあの狂った様な修練でもしてるのかい?」
「あー、どうかね。爺ちゃんほどの修練はしてないし、婆ちゃんみたいなのはあんまりしてない。ただまあ一般的な観点からすれば、そこそこの濃密さを持つ修練をしてると思うよ」
どうだかねえ、この短期間で陰陽術を完全にモノにしてるのだ。天才といえども努力の量は尋常では無いだろうねえ。報告では常に霊力を全身に張り巡らせてる、術式の痕跡がいたるところに存在する、術式を隠した痕跡も見つけた。と話に事欠かない。
「やっぱり、蛙の孫も蛙と言うべきだろうねえ」
「それって褒めてるんですか?」
「褒めているよ。さ、話は終わり。出て行っていいよ」
「…なんか釈然としないですけど、了解です。では失礼しました」
そうして出ていくのを見て冷めたお茶を飲む。そしてようやくふうっと息をつけた。手が少し震え、手汗を自覚する。そして思う。
(やっぱり化け物ねえ)
体内術式を最初から使っていたお陰でバレずに済んだ。念のために入って直ぐの術式発動、私の後ろにある封印を強調する場所取り、ムラマサ殿とツボネ殿との関係の話、そしてダメ押しの過去語り。全力で意識をずらして術式を隠した。
だがそれでもなおこの震えと手汗。ずらした筈、打てる手は打ったと自分を言い聞かせて平常心を保っていた。悪いことはしていない。ただ、ただ強さを知ろうとしただけ。
私の術式は自分の実力を基準に様々な強度などの「強さ」が分かる術式だ。敵が放つ術式の強度、威力、脅威度などが分かり、逆に弱い部分も分かる。そしてそれを上手く使えば相手の隠した実力やこれからする事までも分かるのだ。
過去に使った中で脅威度が最も高かったのがツボネ殿、技量差が最も高かったのがムラマサ殿。戦った場合の強さは両者共に差が大きすぎて分からなかった。山頂が見えない山を麓から見るのと同じ様な事だろう。他にも何人かそういう格が違う存在とは出会った事があるので、自分が強いとは本気で思えなかった。
「なんだろうねえ。この感覚は」
結論から言えばタクミは自分より圧倒的に上の存在だと分かったのと、脅威度は低い事だ。大抵実力差が大きいと脅威度も同じく高いのだが、ムラマサ殿と同じく脅威度が低かった。その理由まではわからないが、少し安心した。
ムラマサ殿が生きていた時代は、強い存在が少なく弱い存在は淘汰されていった。しばらくは強さは必要のない時代が続いたが、今は戦争とは別の意味で強さを求められている。
ムラマサ殿は戦争という理不尽を生き残り、近代武器に負けない様にその頂を目指していた。
タクミはダンジョンという理不尽に対抗できる様に、そして祖父の姿を目標に頂を目指している。
「……ああそうかい。血筋に嫉妬しているのか。自分の持たない、いずれ置いてかれる波を見て嫉妬している」
自分には子も孫もいない。今さら拵えようなんて思う事はない。ただ、自分にはできない。残せなかった事に、ツボネ殿が残した事に、大きな嫉妬を抱いている。
「そうさねえ。ああ居るじゃないか、丁度いいのが。才能は十分、気骨もある、あとは意思のみ」
―チリンチリンッ
ベルを鳴らして術式を解く。
自分の血は残せなかった。けど、意思なら継いでくれるだろう。自分が見届けたかった頂を目指す姿はとても眩しいけど、決して負けてなるものかと足掻く娘が居る。丁度いい。運が巡ってきたねえ。
Another side 陰邸 END