どう考えても俺には小説を楽しむ能力がないのに文芸部の先輩がグイグイ来て困る
今日から晴れて高校生活&一人暮らし。
両親に無理を言って遠くの高校に進学できたんだ、自由気ままに生活できる!
しかし、入学早々に問題が発生した。
高校にもなって部活動強制・変更不可というルールがあるらしい。
ここは慎重に考えなければならない。
運動部は休日返上で試合が組まれたりするからパス。
文化部だとしても作品の提出が義務付けられたり、吹奏楽などのような団体競技もパスだな。
そう考えている間に、部活勧誘会なる時間になってしまった。
「「男も女も、今の時代は剣道部! 全力の呼吸で新入生をお待ちしてますっ」」
「「美術部で一緒に感性を磨きませんかー?」」
「「バレー部どうっすかー! みんなで全国目指しちゃおうぜ!」」
「「クイズ愛好会どうっすかー。クイズ系ソシャゲも公認っすよー」」
ふむ……どれもこれもダメだ。
騒がしい場所を離れて一休みしていると、隠れているような辺鄙な場所に勧誘看板が見える。
薄汚れていて少し読みにくいが……
『幽霊部員大歓迎。 ほとんど帰宅部の文芸部』
これだーーーーーっ!
これぞ俺の求めていたオアシス、いや天国だっ!
勧誘する気が微塵もなさそうに本を読んでいるメガネ女子が1人だけなのも高評価。
入部枠がなくなる前にマッハで入らねば!
「すいません、文芸部入りたいんすけど」
「えっ……なんでこんなとこ来てんの?」
ひどく面倒くさそうに露骨に渋い顔をしやがる。
「幽霊部員大歓迎っていう殺し文句にヤラレました。もうここしかないな、と」
「……あー、これ昔っからある看板だから。今は毎週水曜日の放課後に定例会があるよ。活動実績がないと学校に怒られちゃうからね」
「それって時間どれくらいっすか?」
「んーーー、先週は30分だったかな」
彼女はそれだけ言うと、すぐ本に目を落とした。
このやる気の無さ……最高じゃん!
週に1回30分程度であれば許容範囲。
これならバイトしたり、家でゴロゴロしたり好き放題が確約されたようなもの!
「本虫 雨読、1年生です。入部よろしくお願いします!」
「入るのかぁー……。えらく本が好きそうな名前だし、まぁいっか」
親が勝手につけただけで、俺自身は基本的に小説を読まない。
文字ばかりの本なんて授業だけで十分なんだ。
「私は田々宮 日香里、2年生。どうせもう来ないだろうし、一緒に部室行くから入部届書いてって。よろろね」
最後のよろしくだけ、えらい砕けたな……変な人だ。
小説好きな人って変わり者が多いイメージあるから、こういうもんか。
入部届け書いてさっさと帰ってゲームしよっと。
さーて、ここが部室か。
「こんにちはー、入部届書きにきましたー」
「今日は私しかいないから、挨拶しなくていいのに」
開けた部室の中は誰もいない。
いいねいいね、やっぱり幽霊部員しかいないんじゃねーか。
「あ、これが入部届けっすね。さらさら~っと……」
「ほんとに本の虫っていう漢字書くんだ。変わった名字だね、何の本が好きなの?」
初対面でだいたい聞かれるパターンきた。
名字のイメージで勝手に想像されてキャラを固定されても困るので、俺は必殺の返答を考えてある。
「いやー、堅い本とか好きじゃないんでー。なろうとかたまに読んでますね」
「おっ?! 何読んでるの? ランキング派? スコップ派? ツイッターでバズってるの流し読み派?」
うわー……すげー食いついてきた、しくじったな。
実際に俺が読んだモノなんてアニメ化された数点程度、しかも読みきったモノは皆無。
だが、こういうオタク系はミーハーな作品を好きと言えば……
(あー、そういうファッションオタクね。私みたいな古参からすると、有名作しか読まない人ってなんか嫌いなんだよね。アニメ化や書籍化されてない作品でも、いい作品一杯あるから。それだけでなろう語らないで)
とか言って嫌ってくれるに違いない。
そうすれば定例会にも出なくていいよ、というお墨付きさえ貰えるかもしれん。
これで万事解決!
「最近ちょろっと読み始めたばっかりなんで“無作法に成り上がる司書”と“北海道の仮面さん”しか読んだことないんすよねー」
「おぉーーーっ、その原作を読むなんてわかってるねー。コミカライズ化やアニメ化されたけど、原作の表現をやたらに削りすぎてて良い部分が全然ないもんねー」
やばい……事態が悪化してるぞ、既に俺が読んでいない所の話に突入している。
アニメは横顔ばかりで違和感あったから全部見てないし、原作も読み切ってないからついていけん。
もうダメだおしまいだ、ここは素直に言うしかない。
「いや、あの……成り上がり司書は、髪の色がどうとか目の色がどうとか、宝石の色で例えられまくっててチンプンかんぷんで、読み終えられなかったっす」
「あー、結構マニアックな宝石で例えられたりしてたもんねー、わかるわかる」
「あと……学園編から登場人物多くって、誰が誰だかサッパリわからなくて」
「あぁーーー、あそこは読み慣れた人でも脱落者いるみたいだからねー。なんとなくで読めばいいんだよ」
「……それで、読むのやめました」
「そっからが面白いんだよ?!」
読めないと心が決めたらもう読めないんだ!
田々宮さんの口を尖らせたむくれ顔がカワイイから困る。
「じゃあわかった。ちょっとこれオススメなんだけど、読んでみて」
なになに……“引きこもり錬金術師は母親に家から追い出されました~異国でのんびり過ごさせてください~”か。
あらすじを読んでみたが、書籍化もされてる作品か。
文章はサクサク読めるが……うーん。
「すいません、たたみん先輩。1話で無理っす」
「なにそのチョットかわいいあだ名! そんなこと言われても1話ブラバは許しませんよ!」
ブラバってなんだ?!
ブラウザバックはしたが……あぁ、その略称か。
「だって、主人公の住んでる場所が村なのか都市なのかわかりませんし、母親の錬金術を早々に全部越えたとか言われても、その母親の技量がサッパリ書いてないじゃないっすか。なにがどうスゲーんすか、この主人公は」
「ちょっとネタバレになっちゃうけど、その母親は実は国家錬金術師で、本当に主人公が面白いんだから続きも読んでみてよ!」
うわー後出し設定タイプかよ、俺無理なんだよなぁ。
最初の説明不足に追記しちゃダメなのか?
普通にそういう話なら、すんなり読めた気がするんだが……
「うーん、続き読んでみましたけど……。ただの引きこもりの眼光が、兵士に死を予感させるってどんだけっすか。やっぱ無理っす」
「ほう……そこまで言うかッ……!」
たたみん先輩の眼光が黒いオーラを放っているッ!
これは必ず殺すと書くタイプの技を出される殺気だ、逃げるしかない!
「ごめんなさい許してください文芸部入りませんからぁぁぁぁああああっ」
「ほら、私みたいな本の虫でも殺気が出せるんだから。ナーロッパならよゆーでしょ♪」
結局つきっきりで18時まで読まされてしまい、入部届も先生に出されてしまった。
全然おもしろくなかったんだが、俺には小説を楽しむ才能が無いんじゃなかろうか。
校門に到着し、ようやく開放されると安堵した。
「じゃ、また明日(金曜日)の放課後にね!」
「はい、水曜の定例会にまた会いましょう」
「あ・し・た! 絶対来るよーに。よろろねー」
毎日集まるのかよ?!
入る部を間違えたかもしれん……