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第3.5話 添い寝の所望

「シュタイナー卿が、魔王を倒した褒美として、お前に添い寝して欲しいそうだ」


 国王が政務を執り行うための執務室。部屋の主である国王その人に呼び出されたアウレリアは、聞かされた言葉に思い切り首を傾げた。


 どうしましょう。意味が分からない。


「えっと、……シュタイナー卿は、冗談がお好きなのですね……?」


 何と応えて良いか分からず、アウレリアはそう呟く。ベールの下の顔は、自分の考えの通り、訳が分からないという表情になっていることだろう。冗談でなければ何だと言うのか。添い寝をして欲しい、なんて、自分を娶りたいというのと同じくらい、有り得ない話だった。

 しかも、相手はあのディートリヒ・シュタイナーである。魔王を倒すための行程で随分とやつれてしまったようだが、自分を除く、父や兄などの王族と並ぶと評される程の美貌の持ち主なのだ。国王に願い出る程の望みがなかったために、冗談を言ったとしか考えられなかった。

 しかし国王は真面目な顔のまま、「お前の気持ちはよく分かる」と呟いた。


「私も、初めは冗談だと考えていたからな。だが、どうやらそうではないらしい。魔王を倒した褒美として、真剣に口にした望みのようだ」


 そう言って、国王はディートリヒから告げられた話をし始めた。

 魔王を倒した際に、魔法をかけられたようだということ。その魔法によって、眠りを妨げられ、衰弱しているのだということ。彼が命を失った時、勇者一行の他の者たちに魔法がうつるのではないかと考えていること。

 そして、アウレリアが彼に触れた時に初めて、その魔法によって頭に響くようになった声が、消えたのだということ。


 確かに、控え室におられた時にわたくしがあの方に触れたのは間違いないのですが……。


 ベールの下の真っ黒な瞳を細め、ふむとアウレリアは考える。彼の身に起きた、魔法を使った者が命を失ってもなお続く魔法。


「……呪いですね」


 ぽつりと、アウレリアは呟いた。

 それは、魔法使いではなく、魔物が使う魔法の一種。「呪い?」と不思議そうな声で呟く国王に、アウレリアはこくりと頷いた。


「主に、魔物が命を失う際に使う、とても珍しい魔法です。いえ、命を懸けて、と言った方が正しいかもしれません。わたくしも、以前レオノーレ女神を奉る神殿を訪れた際、偶然目にしたので、知っている程度なのですが」


 魔法の一種とはいえ、魔物が使うそれは人間の使うものとは性質が異なる場合が多い。呪いというのは、その最たるものといえるだろう。人間の魔法では、自分の命が尽き、魔力が潰えてもなお続く魔法など存在しないのだから。

 以前聞いた話を思い出しながら、アウレリアは続けた。


「その魔法を解くには、わたくしのようにレオノーレ女神のお力、神聖力を宿した者が、その力をもって治療を施すのが一般的なのだそうですが……。魔力の弱い魔物の呪いでも、完全に魔法を解くには数年、魔力の強い魔物の呪いであれば、長くて数十年かかると聞いたことがあります。……相手が魔王であれば、わたくしであっても解けるかどうか……」


 自分の身に宿る神聖力がどれほどのものか、アウレリア自身も理解している。けれど、そんな自分の神聖力をもってしても、魔王の呪いを解くことが出来るかどうかと言われれば、何とも言えないとしか答えられない。魔王とは、魔物たちの王であり、強さにより魔物を束ねる者なのだから。自分が触れた時に、その呪いを緩和出来ただけでも良い方かもしれなかった。

 国王は少しだけ渋い顔になりながら、「そうか」と呟く。「お前の力をもってしても、解けない魔法、か」と。


「では、添い寝の方はどうする? お前が嫌だというならば、無理強いはしない。シュタイナー卿にもそう伝えている。……ああ、私は魔王討伐の度に出る前から彼を知っているが、彼は堅物と言って良い程の騎士であり、紳士だ。おかしなことをされる心配はしなくて良いぞ」


 ふと、慌てたように付け加える国王に、アウレリアはくすくすと笑った。「ご心配なく。そのようなことは考えてもおりませんわ」と言えば、国王は少しだけ悲しそうな顔をしていた。

 だが、本当にそのような心配などしていないのだ。する必要もないのだから、当たり前である。


 別に、自分を卑下するつもりもありませんが……。この見た目の上に、年ももう二十五ですもの。ただの事実ですわ。


 口に出せば国王が更に悲しむようなことを、アウレリアは心の中だけで呟いた。

 メルテンス王国の女性の結婚適齢期は、大体十六歳から二十歳。引く手数多、とはとても言えないが、一応は一国の姫である。それなりに結婚の話は出ていたのだが。十八歳で勇者たちの神託を受けたアウレリアは、彼らが無事に帰ってくることを願い、祈ることを第一としたため、その結婚全てを放棄したのである。

 そうして、気付けば適齢期をとっくに過ぎており、そんな話もなくなってしまっていたのだ。


 ……そうでなくても、このベールの下の素顔を見れば、誰もが考え直すに決まっているものね。


 むしろそのような状況にならなかっただけ、良かったと思うのである。

 小さく息を吐いたアウレリアに、国王が心配そうに「アウレリア?」と声をかけてくる。アウレリアは、はっとそちらに顔を向け、見えはしないと分かっていながらも、ベール越しに国王に笑いかけた。「分かりました」と、言いながら。


「レオノーレ女神の神託とはいえ、わたくしが選んだために、呪いをかけられてしまったのですもの。わたくしに出来ることが添い寝だというのならば、ご協力させて頂きますわ」


 傍にいれば、ほんの少しずつであっても、魔法を解くことが出来るかもしれない。そうすれば、彼もまた以前の美貌を取り戻すことが出来るだろう。男性の結婚適齢期は、女性とは違って三十半ばまで。婚約者がいるという話は聞いたことがない気がするが、魔法が解けさえすればすぐに相手は見つかるだろう。彼は現在二十七歳のはずなので、そう考えると、なるべく早く魔法を解いた方が良いような気もする。

 何しろ、魔王を倒した英雄の一人だ。七年もの間、厳しい戦いの中に身を置いていた人だからこそ、これからは人並みの幸せを手に入れて欲しいと、そんなことを思った。

 一人考えだしたアウレリアに、国王はこくりと一つ頷いた。


「添い寝とは言っても、触れていれば良いということだろう。シュタイナー卿は、失うには惜しい人物だからな。……お前にはつらいことを頼むことになり、すまないと思っている。もし彼の言う通り、お前に触れていれば魔法が緩和されるというならば、彼はお前の目の前で眠りにつくはず。……お前は、彼の前では眠れないというのに」


 髪と同じ金色の整った眉を下げながら、国王は父の顔をして申し訳なさそうに呟く。アウレリアはそれにもまたくすりと微笑んで、「気にしないで、お父様」と応えた。


「眠れないことには、慣れておりますもの。彼の眠りを妨げないためにも、せいぜい頑張って徹夜してみせますわ」


 にっこりと笑って言うアウレリアに、国王は最後まで悲しそうな顔を向けていた。

 廊下に出たアウレリアは、待機していた護衛の騎士と侍女のアマンダと共に国王の侍従の後を追って足を進め、城内にある一つの客室の前に辿り着いた。どうやらここに、ディートリヒがいるらしい。

 さてどのように寝ずの夜を過ごそうかとのんびり考えていたアウレリアは、「やはり、お考え直しください」という低い声に、驚いて顔を背後に向けた。

 燃える火のように赤い髪に、黒い瞳。いつもは優しそうに緩んでいる目元を不快感を示すように歪めながら言う護衛の青年に、アウレリアは「どうしたの、ヴィーラント」と呼び掛けた。


「ただの添い寝よ。というよりも、傍にいて、触れているだけで良いというだけの話なのよ。貴方たちには隣の部屋にいてもらうつもりだから、もしわたくしが誤って眠ってしまった時でも、問題なく対処出来るでしょう?」


 「だから大丈夫よ」と、アウレリアは続けるけれど。ヴィーラントはそれでも納得できないというように、首を横に振った。「確かに、問題はないかもしれません」と、絞り出すような声音で言いながら。


「私はシュタイナー卿……、ディートリヒを知っておりますし、彼がおかしなことをする人物ではないとも分かっています。彼の現在の様子を見れば、何か手立てはないかと考えるのは当然の事であり、姫がそれを救えるというのならば仕方がないことも分かります。……ですが、もし、女神の神託を受ける大切な御身に何かあったらと思うと……」


 そこまで言って、ヴィーラントは言葉を切る。不安そうにその目を揺らしながら、彼はじっとこちらを見ていて。

 アウレリアもまた、そんな彼をしばらく見つめた後、小さく微笑んだ。女神の神託を降ろすための身体。女神に愛された唯一の身。「ありがとう、ヴィーラント」と、アウレリアは呟いた。


「本当に効果があるかどうか分からないから、取りあえず一日だけっていう話なの。……何かあったら、すぐに呼ぶから、助けにきてくださいね」


 これ以上、彼の不安を煽らないように穏やかな口調で言えば、唇を引き結び、納得がいかないというような顔をしていたヴィーラントも、最後には深く息を吐き、「分かりました」と応じてくれた。「何かあったら、絶対に呼んでくださいよ」と続ける彼に頷き、アウレリアは扉の前に控えていた従者に合図を送る。ゆっくりと客室の扉が開いた。

 整えられた部屋の中は、人がいる気配がない。本当にこの部屋だろうかと思いながら足を踏み入れた瞬間、少し離れた位置から、がたっという、誰かが椅子から立ち上がるような音がした。


「まさか、本当に来て頂けるとは……」


 ぽつりと、零れるように呟かれた言葉。はっとしてそちらに顔を向ければ、控え室で顔を合わせた時と同じように顔色を悪くしたディートリヒが、一人掛けのソファの前に立っていた。きびきびとした足取りで歩み寄って来たかと思うと、膝をつき、深く礼をする。

 「私ごときの願いを聞き入れて頂き、ありがとうございます」と、彼は安堵を混ぜた声音で呟いた。


「陛下からお聞きかもしれませんが、あくまでもこの身の治療のために願い出た望みです。姫に不埒なことをすることはありませんので、ご安心ください」


 「護衛の騎士や侍女殿を、寝室の中に置いて頂いても構いません」と続ける彼は、やはり国王やヴィーラントの言うように誠実な青年なのだろう。アウレリアはベールの下で小さく笑うと、ゆるりとその首を横に振った。「その必要はありません」と呟きながら。


「部屋に誰かがいると、シュタイナー卿が寝にくいでしょう? 部屋の外に待機してもらっておりますので、大丈夫ですわ。……ですが、一つお願いが。添い寝をして欲しい、とのお話でしたが、わたくしがシュタイナー卿に触れていれば良いのですよね?」


 訊ねれば、彼は「ディートリヒで構いません」と呟いた後、「姫の仰る通りです」と答えた。


「同じベッドで眠ることに嫌悪感を覚えるというのであれば、手を繋いで頂くだけでも構いません。ベッドの傍にソファを運び、私はそこで寝れば良いので」


 真面目な顔で、ディートリヒはそう告げる。

 やはり自分の考えていた通りのようだと思いながら、アウレリアは「それでは」と、再び口を開いた。


「一人掛けのソファをベッドの傍に運んで頂いて、わたくしがそこに座っても良いでしょうか?」


「……それは、姫はソファに座って眠る、ということでしょうか?」


 質問に質問で返されて、くすりと笑う。ゆっくりと首を振れば、ディートリヒはやつれて黒々とした隈の目立つ顔を不思議そうに傾げた。


「わたくしは眠りません。眠れない、事情があるのです。そのことは、お父様も承知しておりますので、追及しないで頂けると助かりますわ。……ですから、ソファを運んで頂ければ、それで十分なのです」


 言えば、ディートリヒはまた困惑したような顔になったけれど。姫であるアウレリアが追及するなという以上は、仕方がないというように、不可解そうな面持ちで頷いていた。

 その場に立ち上がった彼は、すたすたと歩き出すと、先程まで彼が腰掛けていたであろうソファの方へと歩み寄る。疲れ切った様子であるというのに、両手でそれを軽々と持ち上げると「では、こちらへ」と彼は告げた。向かった先は、客室の応接間の向こうにある扉。寝室である。


「侍女と護衛をこの部屋においても良いかしら?」


 ディートリヒの後を追おうとして、はっと思い出し、訊ねる。ディートリヒはこくりと頷き、「もちろん、構いません」と答えてくれた。

 アウレリアが入って来た方の扉の向こうで待っていた二人を呼び、部屋で待機するように告げる。交代で眠るように言ってはおいたが、アマンダはともかく、ヴィーラントは寝ないような気がした。主人であるアウレリアが徹夜だというのに、という理由で。


 気にしなくても良いのに、騎士という方たちは本当に律儀なのよね。


 思いながら、先に寝室にソファを置きに行っていたディートリヒを見遣る。彼はアウレリアを迎え入れるように扉を開き、アウレリアの後ろにいたヴィーラントを見て、はっとしたような顔になった。そういえば、ヴィーラントも彼を知っていると言っていたか。

 まあそれは、明日にでも聞いてみれば良いだろう。


「行きましょう、ディートリヒ様。眠る時間が無くなってしまいますわよ?」


 冗談交じりに言えば、ディートリヒは、はっとしたようにこちらを見て。「では、行きましょう」と呟き、手を差し出してきた。

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