第1話 君は俺のもの。
王都の令嬢たちが、絵画や彫像、つまりは動くことのない完成された美に例える容貌が、鮮やかに笑み崩れる。心底ほっとしたとでもいうような、柔らかい笑み。
視線の先には健やかな寝息を立てる、一人の女の姿。本来ならば、自分がこうして同じベッドに横になって眠ることなんて許されるはずのない、高貴な人。滑らかな漆黒の髪は揺蕩うようにシーツの上に広がり、ディートリヒは彼女と手を繋いでいる方とは反対の手で、そろりとその髪を撫でた。
この手を繋ぎ、この髪に触れられる。それがどれほど稀有なことか、ディートリヒ自身も嫌という程、理解していた。
「……アウレリア姫。君が欲しいと陛下に言ったら、かの方は許してくれるだろうか」
悲運が呼んだ幸運があまりにも離れがたくて、手に触れた髪をすくい上げ、唇を寄せる。この行為がどれほど無礼な行いか、切ないほどに分かっていたけれど。このくらいならば許されるはずだと、自分自身に言い訳する。
この身に宿る劣情を思えば、このくらい。
「俺には君しかいないように、君には俺しかいないのだ。……他の誰にも、渡しはしない」
繋いだだけの手に僅かに力を込める。運命であり、必然。自分を救えるのは彼女だけであり、彼女を救えるのは自分だけ。だから。
否定されるのならば、奪い去ってでも。
心の奥底でそう誓い、ディートリヒは眠る彼女の横顔を見て微笑む。輝くほどの美貌に、僅かに仄暗い闇が纏わりついたような、そんな笑みだった。
本日より、しばらくの間は毎日更新を行っていきます。
堅物騎士が主役ですが、よろしくお願いします。
稀にヒロイン視点が入ります。
……女の子主人公にチャレンジしようとして失敗したので、自分は女の子主人公書くのに向いてないのでしょうね……。
今回は短いですが、1話5千~8千文字程度、20話前後で終わる予定ですので、よろしければお付き合いくださいませ。