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マティスロア家の侍女長

◇侍女長視点



王都の屋敷にてセドリック様が幼少の頃から長年マティスロア家の侍女を務め、今では侍女長というお役目を頂いた私ですが、この度の命には少々戸惑いが隠せませんでした。いえ、勿論王家よりお話を頂いたということに関しては大変名誉なことだと理解しております。


この度の王都での大事件は既に多くの人の耳に入り、その関心は日に日に高まっておりました。その立役者ともいえる少女が、歴史あるマティスロア侯爵家の一員となることは喜ばしいことでしょう。しかし名門とはいえ代々武官を輩出するマティスロア家に、魔法の功績を称えられた少女が養子先の候補に選ばれることに疑問を持ったのは私だけではないでしょう。


家令のクリストファー様曰く今回の件は王家というよりセドリック様がお仕えする第十三王子殿下の御意向とのことで、政治的な思惑は余り深く考える必要は無いのかもしれません。単なる侍女故に詳しいことは分かりませんが、幼い少女が大人の事情に振り回されることのない事を祈るばかりでございます。






「この件はイザベラも了承している。というか乗り気だから明日から忙しくなる。皆そのつもりでいてくれ」






こうして五歳の少女という情報のみ与えられ、かつ正式に侯爵家の一員になるか分からない状態で始まった準備ですが、若奥様であるイザベラ様の情熱は凄まじいものでした。セドリック様自身も事件の収拾に忙しく、未だ件の少女に合うことは合うことは叶っていないそうで、若奥様のご指示のもと家政婦(メイド)たちは五歳くらいの少女が喜びそうな部屋や玩具を嬉々として手配しておりました。





しかし私たちはその様子に安堵していたのです。


三年ほど前、イザベラ様は予定より早くお生まれになったお二人のお子と共に危険な状態で妊娠を終えられました。元々健康なお体で剣や乗馬を嗜む様な活発なお方であったお陰か、徐々に回復していったイザベラ様と、旦那様に似たのか体が強く、すぐに回復し命を繋ぐことが出来たイーサン坊ちゃん。しかし残念ながらお嬢様は…。さらにイザベラ様は二度と子を生すことも叶わないお体となったことも重なり、酷く憔悴し落ち込まれ屋敷全体が暗くなっておりました。


勿論お生まれになったイーサン坊ちゃんの成長を喜ばずにいられましょうか。それはイザベラ様も同様で、ご長男であるローガン坊ちゃん同様、確かな愛情と生きていることの喜びを抱いていらっしゃいます。しかしふとした瞬間に見せるどこか寂し気な笑みや、男の子と女の子どちらがお生まれになっても良いようご自身の手で作られた品を見つめる姿は痛々しくもあり、明るくマティスロア家の太陽といえるイザベラ様の深い悲しみは屋敷中に広がっていったのです。



「どんな子なのかしら。ローガンと同じ年の子だと聞いたわ!会うのが待ち遠しいわね」


「ふふ。気が早いですわよイザベラ様。まだ正式に決まったわけではないのですから」


「わかっているわ。殿下はその子の意見を尊重なされるようですし…だからセドリックにお願いしたの。ちゃんと私にしてくれたみたいに熱烈に口説いてきてくれるはずよ!」


「それはイザベラ様が期待してしまうのも仕方ないことですわね」


「でしょう?」



楽しそうに笑われるイザベラ様。屋敷全体が以前のような雰囲気を取り戻すのにそう時間はかかりませんでした。


それはまだ幼い二人の坊ちゃんにも当てはまり、いつもどこか苛立っている様子のローガン坊ちゃんや、愚図っていることの多いイーサン坊ちゃんにも変化がありました。


そのことはイザベラ様自身に大きな心境の変化をもたらしたのでしょう。自らの態度が坊ちゃんたちを鬱屈させていたことを詫び、我々使用人にまで気を使わせたことを謝罪なさったのです。


その後のイザベラ様は神の御許へ逝かれたお嬢様に対し心の整理がついたのか、その笑顔に陰っていたものは消え去り前を向く姿は温かい日差しのように我々を照らしてくださるのでした。





そんなきっかけを下さったお嬢様ですが正式に侯爵家の一員となることが確定した数日後、先に対面をなさっているセドリック様に続き、王城にてイザベラ様も件のお嬢様へお会いされることになったのです。



「もう凄く可愛くていい子だったのよ!そのまま連れて帰ってしまいたかったわ。それに驚くほどしっかりした子なのに抱き締めると照れながらも手を添えてくれたのよ。もう!もう!」



大変興奮しつつも、我々(侍女)にお嬢様のお話をされるイザベラ様はとても楽しそうでした。主人より聞かされるお嬢様の様子は、一度も会ったことのない我々ですら微笑ましく、どのような方なのだろうと期待を膨らませてしまうのは自然なことでしょう。それはお嬢様を屋敷にお迎えする日が近づくほど増していき、お越しになる日には好奇心もあってどこか空気が緩やかでした。






結果として、お嬢様をお迎えしたマティスロア家はかつて以上の活気を取り戻したというべきでしょう。








「にいざまぁぁぁぁぁルゥガァァァァァ」



今日も屋敷の庭園からイーサン坊ちゃんの元気なお声が響き渡っておりますね。その叫喚はあのお小さい体から発されているとは思えないほどの声量でございます。我々屋敷の使用人たちは、以前までの物静かでイザベラ様の影に隠れていらっしゃる坊ちゃんが、こうして外に出て庭を駆け回っていることに安堵と喜びを感じずにはいられません。


口数も少なくあまり運動もなされないことに坊ちゃんの健康を心配する声があったのも事実です。専属の侍女たちが声を掛け本を読んだことで言葉を覚えることは問題なく、しかし口を動かすことが少なく舌足らずな物言いになっていると報告を受けておりました。お医者様に見ていただいたこともあり、問題はない事は承知しております。ですが実際にこうして元気に声を出し走る姿をお見せくださったことが、何よりの証拠でありましょう。



「で で ぎ で よぉぉぉぉ!」



本日はかくれんぼをなさっていたようですね。地面に蹲り天に向かって咆哮するお姿は猛々しく、今からでも伝令として立派にお役目を果たせそうな気概を感じます。おや、ローガン坊ちゃんがお姿を現されましたね。泣いている弟君を慰めるように頭を撫でられているようです。今でこそ微笑ましいご関係のご兄弟ですが、以前はそうではございませんでした。



イザベラ様が懐妊される以前、ローガン坊ちゃんは御父上のセドリック様に憧れ庭師より加工された枝を剣と模し庭を駆け回る姿が日常でございました。マティスロア家待望の男児でありセドリック様、イザベラ様の第一子であられるローガン坊ちゃんは、ご両親からの愛情は勿論、屋敷の皆から大切にされて育てられておりました。


ですがその中でも運動だけでなく御母上から寝物語として有名な『騎士物語』をご自身でも読みたいと、本格的に始める七歳からの勉強以前より熱心に言葉を学びご両親を驚かせておりました。その様子に真面目で勤勉な御父上のセドリック様のようだと、様子を報告をしに参るローガン坊ちゃんをイザベラ様は微笑ましく思っていらしたようです。


しかしあの件以降、まだ甘えたりないお年でしょうローガン坊ちゃんは元気をなくされたイザベラ様や、会うことを楽しみに待っていらした弟君に近づくことを極端に減らしておられる様子でございました。産後しばらくはお二人の容態を安定させるために面会は謝絶され、ローガン坊ちゃんが酷く不安定におなりになったのも無理はありません。そのことがお心に癒えぬ傷を残したのか、そこに以前のような活発なお姿はなく、どこか思いつめたような表所で苛立ちを隠しきれない時もあったと聞いております。



「ルカリアみつけた!」


「隠れながら逃げるとか卑怯だよ!」


「地方ルールです」


「いや絶対嘘だ」



ふふふ、ルカリアお嬢様がお二人に見つかったようですね。何やら言い争っているようですがこれも本気で喧嘩を始めているわけではなく、皆様のお顔は明るくじゃれ合っているよう。貴族は基本的に七歳まで屋敷から出ることは無く、マティスロア家には坊ちゃん方と同年代の使用人は居ないので、必然的に遊び相手は専属の侍女たちかご兄弟となります。


そしてその淡白であったご兄弟の関係ですが、そこにルカリアお嬢様がいらしてから全てが変わりました。


朝のご起床からご両親との朝食に始まり、お庭でのかけっこやチャンバラなど…。初めは突然現れた妹君の存在に緊張されていたようですが、次第に仲は深まっているようだと感じます。セドリック様、イザベラ様とのご関係も良好で、マティスロア家はさらに賑やかな場所へとなっているでしょう



黄金のような髪にキラキラと輝く紫の瞳。白く美しい肌をもつ異国の少女は、マティスロア家でさらにその存在感を増し、若旦那様家族の一員として屋敷で迎えられています。その小さな救世主の心が少しでも休まるよう、我々使用人一同、精一杯お仕えさせて頂きます。






























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