追いかけっこ
ルカリアはお世辞にも性格が良いとは言えない。人を煽るのも馬鹿にするのも楽しむし、困っている人が居たら自身の損得無視に助けに入るとかは絶対にしない。むしろ本能レベルで成すことすべてが徳になるよう動く。そのこと自体を認知しながらも、ルカリアはそんな自分に対して特に何か思うことは無かった。
「フハハハハハハ!ほらほら捕まえてみてくださいよ、おにぃさま~」
「っ~!あーもう!もう!なんで逃げるだよ!あぁぁぁぁあ!!」
「んぁぁぁぁん!ルカっ…うぅリアっもうぎらいぃぃっ」
そんな彼女は今とても楽しそうに兄弟たちをからかっていた。
遡ること数十分前
初対面を済ませルカリアの提案により庭にでて遊ぶこととなった三人。
長男五歳ローガン
父セドリックによく似た顔立ちと焦げ茶色の髪が、幼いながらも謎の圧力を放っている。父にビビりながらも騎士に憧れているようで、最近口調を真似始め必死に無口キャラになろうとして失言が多発しているとのこと。その姿が幼児の愛らしさとギャップを生み屋敷の使用人を密かに悶えさせている。最近のお気に入りの物語は人々を苦しめるモンスターを倒す正義の騎士だそう。
次男三歳イーサン
父セドリックの焦げ茶の髪色に母に似た猫のような瞳が特徴的な自由人。自分の興味を優先するため、活発な兄より母にくっついているせいか聞き上手。兄弟仲はこれと言って悪くなく色んな意味で兄の背中を見てすくすく成長している。基本的に誰かの後ろに隠れ大人しい印象のせいか、実の父親にも関わらず警戒されているセドリックを前にする際には兄のローガンが庇う様に前に出ている。
そして長女五歳ルカリア←new。
初対面にしてイザベラやセドリックから話を聞いていたルカリアは、実はかなり二人の為人を知っていた。それ故に先ほどの「お前変だな」という発言の流れも理解できる。恐らく初めて見た自分たち以外の子供が見たことのないような容姿で驚いたのだろう。いきなり兄弟が増えると言われても良く分からない時に、そもそも人種が違う妹の登場など狭い世界で生きてきた五歳と三歳には晴天の霹靂。どう言い表せればよいものか悩み、かといって兄であるという自負から下手なことは言えない。ならば父の真似をしよう。といったところだろうか。
後に続いたイーサンは父の真似により失敗を繰り返す兄の背を見てきた故に口を噤んだが、流石に対象本人に「変」はまずいと思ったのか注意し誘爆といったところだろうか。
ルカリアは頭を抱えながらも父を睨む母の姿をバッチリ見ていた。そしてチラチラこちらを見ながらも前を歩く兄弟に目を向け庭の土を踏んだ。
「それじゃ追いかけっこしましょうか」
「…追いかけっこってなに?」
「んー逃げる側と追いかける側に分かれて、追いかける側が逃げる側に触れたら交代するっていう呪われし負のループです。如何に足の遅い運動弱者を見つけ出し己の業を背負わせ逃げるか…そして宿命を背負わされた側が泣かないギリギリを攻める拷問の技術。これらの訓練を総称して『追いかけっこ』というのです」
「ちょっとわかんない」
「ぼくも」
癖なのか同時に首をかしげる姿から理解を得られなかったことを悟ったルカリアは、余計なことは捨て簡潔に説明することにした。
「つまりモンスターと騎士に分かれて、騎士がモンスターに触ったら役を交代するんです。あ、でも交代したとたんにもう一度触って交代は駄目ですよ。これをやるとやり返せない民はブチ切れ号泣保護者特攻へ走りますからね」
「おぉ!騎士!わかった!」
「後ろはよくわかんなかったけどわかったー」
「じゃあ早速…」
「僕騎士やりたい!」
「じゃあローガンお兄様は騎士で、私とイーサン君がモンスターでいいですね」
「えーぼくも騎士がいい」
「モンスター二人ってずるくないか」
「まぁまぁ」
ルカリアはキャンキャンと騒ぐ少年二人を宥める様に声を掛け、ローガンへと目を向ける。ただただ無心でジッと見つめ続ける。するとその視線にうっと怯むと口をもごつかせ静かになった。そして連鎖的にイーサンも黙るピタゴラスイッチ
「強くてカッコいい父様ならこれくらい余裕でしょうね~あれそういえばお兄様はお父様のような騎士になるんですよね。カッコいいですね~」
「なんでそれを知ってるんだ」
それは貴方のお母様がお喋りだからですとは言わないルカリアは意味深に笑うと、対抗心に火をともされたのかムッとした兄に内心ほくそ笑む。そして兄の後ろでべったり張り付いているイーサンへ視線を合わせる。
「モンスターになれば二人で動けますよ?」
猫のような瞳でジッと見つめるイーサン。そしてその視線を真っ向から受け止め動じず見つめ返すルカリア。さらにそんな弟と妹に挟まれ奇妙な空気に取り込まれたローガン。傍かられると時が止まっているのかと疑う程の静寂。そして…
「…やる」
「なら決まりですね!」
こうして追いかけっこは始まった。
初めは至って普通の…微笑ましい幼児の戯れだったのだ。
「捕まえた!次はルカリアだ!」
「フッフッフッ!我は騎士なり!逃げるが良いぞモンスターども!」
「キャー!!」
「イーサン走れ走れ!」
繰り返す事数ターン。子供の体力は恐ろしいもので、夢中になればなるほど、より我を忘れるほど走りまくることが可能となる深夜高速道路の暴走車。しかし彼らを止めるものはいない。ならば選択は走るのみ
「はい交代!」
「あぁぁまた!やっぱり二人ずるい!」
「これ!これ戦略!です!」
「そうですよ~こういう頭を使うやり方を戦略っていうんですよ」
ぴょんぴょん跳ねて興奮しているイーサンをいつの間にか撫でることに成功したルカリアは、エンジン全開の暴走車×2を見て提案をする。
そして興奮しきった少年たちは頷いてしまう。
ニヤリと笑ったルカリアに気づかず…
小さな子供が伸び伸びと安全に遊べるよう整えられた芝生の上で、苦しそうな荒い息の音がバタバタと荒い足音と共に鳴り渡っている。そしてギャン泣きする幼児の叫び声。剣呑な雰囲気の中で混じる少女の笑い声。
「はぁっはぁっもうっも!なんでぇっ避けるなよぉぉ」
「んぅぅぅぅ離して!もう!離してよ!ああああああ!」
「あっはっはっはっは!」
傍から見れば魔王に誘拐された姫とそれに立ち向かう勇者である。キャストは魔王ルカリア、泣き叫ぶ姫イーサン、魔王の前で膝をつき満身創痍の勇者ローガン。
しかしこのカオスな状況を簡潔に言い表すとしたらこれに尽きる
【ルカリアの嫌がらせ】
この一言に尽きるだろう。
逃げる側であるモンスターにルカリア・イーサン、追いかける側である騎士にローガン。こうして始めた追いかけっこの出だしは先ほどまでと同様、ローガンが全力でルカリアを捕まえに行くスタイルだった。
それは捕まえやすいイーサンを狙い過ぎると、不満と苛立ちが募り泣き出してしまう故の配慮だったのだ。しかし対等に遊びたいというのが弟の本心である。勿論イーサンとて年上の身体能力に大きな差のある二人に手加減されていることで、今まで楽しく遊べているという事実は理解している。しかし一度意識してしまったものはそう簡単に納得は出来ないものだ。ましてルカリアはそこの所の加減が上手く、逆にローガンは直接的過ぎて気に障るのだ。こうしてイーサンのストレスは徐々にたまっていった。
ローガンは目の前の自信より体も大きく走っていても息すら切らない存在に苛立っていた。初めの頃は比較的簡単に捕まえることもでき、少し頑張れば逃げ切れるといった楽しい追いかけっこだった。しかし回をこなすごとに全く疲れた様子のない相手に、自身があやされていたことに気づいたのだ。さらに何故か今追いかけっこしているが、正直良く分からないうちにできた妹という名の他人という存在へ、言い表せない不快感も再燃してくる。
まだ幼いイーサンはともかく、ローガンは見た目からもはっきりと区別された他者を妹だとは思えなかった。それも母から嬉しそうに伝えられた妹。血の繋がり、性別。何もかも明確に違うルカリアという存在が、屋敷の外を知らず物語や優しい使用人たちに囲まれた狭い世界の王様にとって得体のしれないモンスターのように不快なのだ。
そして先にイーサンの不満が爆発する。
「もぉぉヤダぁああああ楽しくないぃいいいい!!!」
「あらあら赤ちゃんが泣いちゃいましたね~」
「赤ちゃんじゃないもん!!!ルカリア嫌い!!」
「え~ルカリアは直ぐ泣く赤ちゃんイーサンが大ちゅきでちゅよ~」
「んぁぁあああん!」
こんな会話をしつつも追いかけられていたルカリアは、サックとイーサンを抱き上げ回収する。ここでローガンの心を代弁しよう。
『はぁ!?』
である。育ちのよい生粋の箱入り息子はそんな言葉は知らない。しかし顔がそう言っている。
『僕がこんなに疲れてるのに何それ!?マジのモンスターじゃん。もうヤダ!』
こうして少年の心は折れた。そして大地に怒りをぶつけるように拳を足を打ち付けこの世の全ての不条理を嘆き喚く。
こうして阿鼻叫喚の追いかけっこは幕を閉じたのであった。




