鉄格子なんて
ルクレツィアがコーラルとイングリッドに仕えることが決まり、漸くこの闇オークションから抜け出すという目標に取り掛かり始めた三人。作戦の要であり寧ろ決行する本人のルクレツィアは、罪悪感頼られているという状況に張り切りまくりのただの五歳児になっていた。
「ではさっそく脱走しましょうか!」
そういうと牢屋内を快適にしていた魔法を全て解き、薄暗く清潔とは言い難い空間に三人は立っていた。コーラルとイングリッドは、堅牢な牢屋を前にルクレツィアが何をしようとしているのか分からず様子を伺っていた。
「よし!とりあえずこの鉄格子邪魔なので曲げちゃいましょうか」
「なるほ…?いや待てルカ!」
「なんですか?もう体感時間的に夕方くらいですし早く脱出した方がよいのでは?」
「もうそんなに立っているの…てことはルカ。私たちは既にプランBに移行すべきってことよ」
「いやプランAがあったことすら初耳です。というか早く出る以外に何か問題があるんですか?」
ルクレツィアは五歳児の小さな手が半周出来る程の太さの格子に手をかけた状態で、声を掛けた二人を振り向き首を傾げた。コーラルは鉄格子を曲げようとしたルカの腕力に一瞬混乱しつつも、早く計画を立てる必要があると意識を向ける。
「夕方ってことは私たちが屋敷に居ないことがバレて、そろそろ大人たちの間では本格的に誘拐の線が濃厚になってる頃よ。今更ここを出て帰っても抜け出して街に行っていたことが明るみになるだけでメリットが少ない。」
「えぇーそもそも抜け出した方が悪いんじゃ…」
「そのお陰でルカという素敵なお友達と出会たんだから良いってことにしましょ」
「体のいい言い訳にされた感が凄いです…ならどうするんですか?騎士団?でしたっけ?そのお迎えが来るまで待つんですか?」
「いやそれもダメだ。よく見ろ俺たちのこの服装を」
「あっ」
ルクレツィアは体ごと二人に向き直り、漸く理解したように頷いた。そして同時にイングリッドは未だに着慣れない荒い生地のスカートをひらひらとさせていた。
「誘拐されたはずの俺たちが平民の普段着を着ていたらおかしいだろ?」
「んーでも今更なんじゃ…お二人って抜け出してきたんですよね?なら今日来ていた服どこかに隠してきたんじゃないですか?それならもうお二人が居ないことに気づかれた時点で見つかっているでしょうし、そもそも誘拐だとしてもその子供の服を脱がして置いていく誘拐犯とかなかなかいないと思います。なのでお忍びで出かけたことは高確率で隠せないのでは?」
「ふっふっふ。そこはちゃんと対処済みよ!なんて言ったって箱に詰めて池に沈めてきたからね!」
「んぇ!?い、池ですか?」
「私だって脱いだ服が見つかったらマズイのは分かっていたわ。だから完璧に服を隠せる場所を見つけ出したの。幸い魔法でそれくらいなら出来るようになったからね。中々上手い案だと思うの」
「俺は止めたんだぜ?一応身分を証明する正式な家紋が入った物は入れてないが、それでも万が一沈めた服を回収できなかったらマズイだろ。」
コーラルは自信満々なイングリッドの頬を摘まみ溜息を吐いた。それに対してイングリッドは「でもそれで今はバレずに済んだじゃない!」と開き直っている。ルクレツィアはコーラルの説得もイングリッドの前では意味をなさなかったことを察し、これから仕えていくのも大変そうだと当時に楽しそうな予感を感じ始めていた。
「なら誘拐されたって言い張れますね。それじゃお二人の服は誘拐後オークションにかけられるために替えられたってことで……」
「ルカ?どうかしたの?」
「……急に人の出入りが増えました。多分オークション会場にお客が入り始めたんだと思います。あ、人がこっちに向かってますけど、どうします?」
どうして分かるんだと言いたくなったコーラルとイングリッドだが、人が向かっているという言葉に今はそれどころじゃないと気を引き締める。オークションが始まれば自分たち以外の捕まっている人たちも競売にかけられてしまうことになる。ここから出て助けを呼ぶにも時間との勝負だ。
「二人とも耳を貸せ」
薄暗く清潔とは言い難い廊下を二人の男が歩いていた。
「チッ、本当に隠し商品になる程なんだろうなぁそのガキ共は?客に事前の知らせもなく入ったんだ。それがただの薄汚ねぇガキでしたじゃぁ落胆どころじゃねぇぞ」
「へい、それはもちろん。とりわけ一人、大人の俺でも見惚れる程のやつがいました。他の二人もかなりの上物で間違いなく客も満足できるかと」
「お前がそういう趣味ってだけじゃねぇのか?」
「勘弁してくださいよー」
部下らしき男が持つランプの光が闇を照らし、左右に並ぶ鉄格子が鈍くその光を反射する。黒い影の隙間には暗い顔をした幾人もの人間が蹲り、ぼんやりとその光の動きを追いかけていた。彼らは皆同じ真っ白な服を着て、手足や首には動きを制限する枷がはめられている。しかしそんな彼らを閉じ込める檻の横を歩く男たちは気にする素振りもなく、その先にある奥の転移された商品が収容される牢へと歩みを進める。
「ほぉ…これは」
持ち上げたランプに照らされ牢の中が鈍く照らされる。そこには怯えた瞳で格子に隔てられた外側に立つ男を見つめる三人の少年少女が蹲っていた。
「確かにそういう趣味じゃなくとも見惚れるもんがあるなこれは」
「そうでしょう?偶には奴らもいい仕事しますね」
そう言うと男達は牢の鍵を開け足を踏み入れていく。と同時に子供たちは警戒したように座ったまま壁際に移動していた。そして上司らしき男は商品を管理するための紙を手に子供たちの顔を見つめる。イデアーレ王国ではありふれた色の茶髪に水色の瞳の少年と少女、そして外からの人間だと一目で分かる顔立ちと髪と瞳の色をもつ少女。子供は抵抗が弱く持ちが良い。また安価で需要が高く入荷がしやすいことで、奴隷として売る側としても扱いやすい商品の一つだった。実際これまでも男は何百人もの少年少女を見てきたが、これ程の素材を扱ったことは無い。攫われて時間が経っていないからかその目は未だに汚れ一つなく、ただ男たちへの警戒と不安が浮かんでいる。
「おい確認をするぞ」
「はい。おいガキども大人しくしとけよ」
部下らしき男は子供たちに近づき腰を下ろすと低い声で脅し、彼らの首に嵌る首枷に触れた。
「異常はありませんね。じゃあ次は」
そう言うと男は懐から箱を取り出し開けると、5センチほどの長さの針を取り出した。それに怯えたのか子供たちは一気に体を強張らせ互いに身を寄せ合った。しかし男は強引に少年の腕を取るとその指に針を向ける。
「あっ、あの!何をするんですか!?」
「あ?」
少年と同じ髪色の少女がその顔を緊張させつつも男に問いかける。すると男は子供たちの弱弱しい態度から気を緩ませたのか、作業をしつつもその口を開く。小さな指に針が刺さり少年がその顔を僅かに歪ませつつも声を出さまいとする。しかし男はその様子を意に返すことは無く、ぷっくりと膨らんだ赤い雫を手の平サイズの四角い魔法陣の書かれた板に垂らした。すると血を吸った魔法陣は薄く光ると、そこから伸びる線へと伝い板の下側に書かれた文字が全て水色に薄っすらと光始めた。
「これはお前らの血を解析して健康状態を測るんだよ。病気持ちを平気で打てちゃこっちも信用を失うんでね。特にお前らは高く売れるんだ。大人しくしてりゃ痛い目を見ずに済むんだ大人しく俺たちに従っていろよガキ共」
そういうと残りの少女たちにも同様の作業を繰り返す。その緊張からか終わった頃にはその表情に疲労が見え始めていた。男は最後に肩から掛けたいた袋を下ろし、取り出した簡素な造りの真っ白なワンピースに着替えるよう要求する。
「服や靴、持ち物も全てこの袋に入れろ。隠し持とうがその奴隷服じゃ直ぐに分かるからな」
「はい…」
小さく頷いた子供たちはたどたどしい動きで下着姿になり渡された奴隷用のワンピースを頭から被った。首枷に配慮されたデザインなのか、広く開いた襟で難なく着替えることができ、脱いだ服や靴などを男の袋に入れる。その全てが終わり男たちの確認も終わったのか、彼らは牢から出ると再び鍵を閉め暗い廊下の奥へと消えていった。
「では行きましょう」
残された少年と少女は闇に紛れ動き出した。
森育ち野生児と貧民街出身に羞恥心はありません。イングリッドは二人がさり気なく男たちの前に立って着替えました。




