細かいことは気にしない
イングリッドは夢から目が覚めると大きな溜息をつき体を起こした。そしてまだ朝日が昇り始めぼんやりと明るい部屋を見渡すと、糸が切れた人形のようにベットに再び身体を倒した。
「私ゲームプレイしてたのね…それにあんな顔してたんだ」
イングリッドはボーッと天井を見つめると、思い出したかのように立ち上がり机に向かった。忘れないうちにと見た夢の内容を真っ新なノートに書き、全て終えた時にはいつも起床する時間になっていた。イングリッドは起こしに来た侍女たちに世話をされつつこれからのことについて考えていた。
――あれはヒロインとコーラル王子との出会いだった…というか素のコニーを知ってしまった今ではゲームの猫かぶりに笑っちゃうわ。最後のあれ絶対恋に落ちた男の顔じゃなく『運がいい駒が増えたな』って顔よ私にはわかる。それにこれでヒロインが《太陽神の愛し子》っていう確信が持てた。コニーがゲームのように恋に落ちるかは疑問だけれど――
身支度を終え朝食のため自室を出たイングリッドは、朝日を浴び輝く庭を尻目に夢の内容とこれからについて思考していく。以前とは異なり必要最低限の会話しか求めないイングリッドに使用人たちも話しかけることなく、食堂へ向かう彼女についていく。
――いや…そもそもどうしてコニーは平民街にいたの?護衛もなくわざわざ服や見た目まで変えて…でもそれを言えば逆にヒロインはどこからどう見ても《太陽神の愛し子》だと分かる見た目を隠していなかったわ。赤系統の髪と同色の瞳が特徴の《太陽神の愛し子》は教会によって手厚く保護される。私やコニーは高すぎる身分があってそれは出来なかったけれど、おそらく平民のヒロインは教会で育っているはず。でも今のところもう一人《太陽神の愛し子》がいるだなんて話は公表されていない。なら隠されている…というなら話は合うわ。最後のシーンでヒロインの身元が割れなかったのも、そもそもヒロインが自分の容姿を偽っていなかったのも教会の奥で隠されていたとしたら辻褄は合う――
イングリッドは食堂へ入り席に着くと用意された朝食を食べ始める。部屋には数人の給仕が音を立てることなく傍に控え、大きなテーブルにはイングリッドただ一人だけが朝食をとっている。父である公爵は仕事で朝早くから登城に、母親である公爵夫人は今はまだ夢の中だろう。彼女はいつもの光景に特に思うことは無く淡々と食べ進めていく。
――これからどうすべきか…正直今の私がどれほどの影響を持つか分からないから行動に困るのよね。コニーの性格と口の悪さが貴族以外からきているのは明らかだし、普段から平民街に出ているからだとして、二人が出会うのは少なくともコニーの魔力が解禁される誕生日以降。
ここで最悪なのは私の介入によりコニーが平民街もしくは路地に行かず結果ヒロインが誘拐されるという事態よね。あの騎士たちがコーラル殿下を探しに来たのか競売組織を潰しに来たのかは定かではないけど、『組織は壊滅には至らず攫われた人たちも全てを開放することはできなかった』という言葉は無視できないわ。思い出した内容は少ないけれどヒロインが居なくなるのは不味いってことは分かる。だって《太陽神の愛し子》で回復魔法が使えるなんて…絶対《聖女》とかいわれるやつじゃない!この国の医療技術は高いとは言えない…そんな中の戦争で回復役がいないというのは何としてでも避けたいわね――
朝食の後はいつものように授業が始まる。コーラルとの仲が深まったためこの頃はイングリッドも登城し彼と一緒に授業を受けたり、王妃教育を受けたりするなどしている。勿論公爵家で受けることもあり誕生日を終え魔力を解放されたイングリッドはコーラルより先に魔法を学ぶことが出来るようになった。そのため授業までの空き時間で紅茶を飲みながら庭を眺める。
――魔法…か。ヒロインを退場させないためにも、コニーを守るためにも残り数か月で何としてでも力を付けなければ――
コンコンコンッ
ノックの音が聞こえ白い法衣を着た司祭が彼女の前に現れる。穏やかな優しい印象を与える笑顔の老人は彼女のために魔法を教えに来た講師だった。そしてイングリッドを《太陽神の愛し子》として《王妃》として縛り洗脳しようとする敵でもあった。
「あら司祭様、ごきげんよう。早く授業を始めましょう?まぁこの完璧な私にかかれば魔法なんて何とでもなるでしょうけどね」
イングリッドは挨拶もそこそこに扇子を片手に高飛車な笑顔で言い放った。司祭はそれに便乗するように笑顔でイングリッドを褒めたたえいかに《太陽神の愛し子》である彼女の存在が素晴らしいかを説いた。イングリッドはその言葉に満足したように微笑んだ。
――馬鹿で扱いやすい方が警戒されないわ。それに魔法についても情報を制限される可能性が低い方がいい――
尊大な態度の裏でいかに本心をかくし情報を得るか、コーラルと話した今後の指針はそういうものだった。完璧で隙を見せることが許されないコーラルとは対照的な存在になることで、イングリッドへの監視の目が緩まり行動がしやすくなると考えたのだ。
「それでは魔法という奇跡についてお話いたしましょう」
――さぁ悪役令嬢イングリッド=バーグマンを演じましょう――
こうして彼女の一日が始まるのだった。




