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従者の修行⑤

精霊界から帰還後ゴルバチョフやリリーへの挨拶を終えた僕たちは、真っ先に薬剤室兼錬金部屋へと足を運んだ。



「ラト…分かっているな?」


「兄よもちろんなのです。主様が修行を終え帰ってくるまで一週間…それまでに私たちは何としてでも完成させねばいけないのです。そう…」


「「気付け薬」」



もう僕たちはここ数十年でルクレツィア様が人間のような理性や言葉を保持している可能性を諦めていた。その結論に至るまでの奇行、魔物達への暴行、蛮行の数々。突然頭を抱えうずくまったかと思えば手当たり次第に葉っぱや木の実を食べ始める、従魔に何かしたかと思えば突然魔物達が苦しみだし結果的に人化させる、従魔を使い魔物の大量虐殺、暴食などなど…もはや悪の権化と化している主人を僕とラトレイアはただ見ていることしかできなかった。主人の名誉のため先生たちには伝えなかったが正直ルクレツィア様を元の姿に、いや姿は元の美しい主のままなのだが…(心なしか笑顔が邪悪になった気がするのは見間違いであってほしい)。まぁそれは置いておき、元の主に戻せるかは分からない。だがもはや悪の権化と化した主を正しき道…というより理性ある道に戻すことが真の家臣だと僕たちは結論付けた。



「兄よ…主様が残り一週間で姿まで魔物になっていたらどうするつもりなのです?」


「安心しろ。なるとしたら破壊神だ」


「流石主様、離れていていても部下()の安心の定義を破壊するだなんて。でも面倒なんで情緒は破壊しないで下さいお願いします」


「何をブツブツ言っているんだ?」


「いえ、こちらの話なのですお気になさらず。と言っても具体的にどのようなものを?気付け薬と言っても嗅がせることは怪しまれますし、やはりここは内服薬かドリンクなのです。過去に瘴気を浴び魔物化した人間は確認されていたのですけど、それを元に戻す薬というのは確立されていなかったはずなのです。もう聖水ぶっかけます?」


「魔物に聖水は猛毒だぞ、お前ルクレツィア様に何か恨みでもあるのか?やはりここは神経が一口で再不能になり舌と喉の細胞を焼き殺し、内臓を溶かすくらいのものじゃないと!」


「いや兄こそ主様に何されたらそんなもの飲ませようという考えに至るのです?中々にえげつないのです」


「とりあえず目玉が飛び出て舌を切り落としたくなるほどの絶望味ドリンクを作ろう」


「主の舌がまだ機能していることを祈るばかりなのです…」



ラトレイアは生肉ばかり食べている主を思い浮かべつつも準備を始めるピスティスの手伝いを始めた。ルクレツィアが魔物か神か得体のしれないものになってしまったと思い込んでいる二人は、元に戻すということよりも正気にに返らせるということを目標に錬成を始めた。


二人は得体のしれない蛍光色の粉や魔物の死体から生えている植物、刺激を与える度に悲鳴を上げる根っこなど生物の口に入れていいのか疑う程の素材を錬金鍋に放り込んでいく。今ここにツッコミを入れる者は存在しない。部屋に漂う毒々しい匂いや肌を刺す刺激は人ではない二人には関係なく、部屋に施された浄化魔法がフル稼働していた。ラトレイアとピスティスは魔剣でありその魔力でルクレツィアのように好きな姿に変化している。武器にも生物にも姿を変えることができ、さらにその五感まで再現可能でありその逆もまた可能である。その為こういった()を精製することに長けているのだ。


以前ルクレツィアと共に訪れた際にいた精霊や妖精たちは、そのただ事ではない雰囲気を察したのかその姿は見えない。二人は味見役(毒見役)が不在のなか精製した()を銀に垂らしたり、話し合い(・・・・)の結果ピスティスが五感のある状態で試飲するなどしその効果を確かめていた。



「オェ…ウ"ゥ"、完…璧だ…【狂戦士化】でも一瞬で正気に…もどウグッ、ふぅ…戻るなんて恐ろしい威力だな。この歴代最高レベルの不味さならルクレツィア様の神経も破壊出来る。お前は天才(悪魔)だラトレイア…」


「えぇラトの最高傑作なのです!流石の主様もこの()を飲めば嫌でも正気を取り戻すはずなのですよ。はぁ…よかった。なんとか主様がお帰りになる前に満足のいくものが完成したのです」


「あぁ…本当に完成してよかった…」



そうピスティスとラトレイアは家に戻って以降不眠不休で作業を続け、気が付けば六日経っていた。その間研究や戦闘が得意なラトレイアが調合をし、出来上がったものをピスティスが試飲し効果を確かめるということを繰り返していたのだ。ピスティスは数えることを放棄する程のグラスを空にし、正気に戻るどころか精神崩壊に陥ったり失神するなどを繰り返していた。それでも|マッドサイエンティスト《妹のラトレイア》はデータを取るため、嫌だと泣き叫び拒絶するモルモット(兄のピスティス)に臨床実験を繰り返していた。その為ピスティスは喜びと同時に地獄から解放されたという安堵に浸っていた。


しかし残された時間は少なく明日には三か月間の修行を終え帰ってくる主人を出迎え(迎撃し)なくてはいけない。二人は悪臭を放つ特性ドリンクをあらかじめ用意していた防臭の魔法陣を施したグラスに入れ、ゴルバチョフのもとへ向かった。








「ルークに正気を取り戻させる…か。ここ数日部屋に閉じこもって何をしておるのかと思えば、まさかSSS級の猛毒を作り出すとはな。じゃがそこまでする必要があるのか?ワシは全てを見ることは叶わんかったが正直あの子は本能に忠実じゃし奇行に走るのはいつものことじゃろう?そこまで心配することかのぉ」


「念には念を入れなくては!あと毒じゃなくて薬なのです。ちょっとブクブクしてて見た目がアレで危険なオーラ放ってるだけで、ただの毒よりの薬なのです。」


「しかしピスティスはよくこれを試飲しようと思ったのぉ…魔剣であっても殺せそうな迫力じゃぞ」



ゴルバチョフは談話室のソファーに浅く座り腕を組みローテーブルに重く腰掛けている青紫のドリンクを観察した。ゴルバチョフと対面するソファーに腰掛けていたピスティスとラトレイアはこの薬を完成させるまでの日々を思い出し溜息をついた。



「まさかこれ程禍々しいものが出来上がるとは思わなかったんだ。おまけに粘度が高くて…味だけはなくスライムを飲んでいるのかと錯覚するほど喉越しが最悪なんだ。あれじゃあ口に入れた瞬間に吐き出しても意味をなさない。本当に流石は僕の妹、あの衝撃的な味を口内に持続されるなんて発想…まさしくお前は悪魔だ。そして僕に無理やり味見(毒見)をさせる死神でもあるな」


「さぁ!作戦会議を始めましょう、そうしましょう!」



ピスティスは咎めるような視線を目の前に座る妹へ投げた。ラトレイアは兄の睥睨を無視し両手を合わせわざとらしく声色を明るくし話を変えた。



「まぁ最悪に備えることに越したことは無いかの。やれやれ奇想天外で勇往邁進というべきか直情径行というべきか、ワシにもあの子がこの三か月でどう変化するか予想が着かぬ」


「じゃあどうやって主様を出迎え(迎撃する)のです?帰り方の分からない主様のために爺が転移されるのでしょうけど、そこからあの毒…ゴホンッ!薬を飲ませるのは難しいと思うのです。匂いは封じていますが見た目がちょっと…幻想的なので本能が全力回避するはずなのです。これは動きを封じるか意識を刈り取るか…」


「フハッ!幻想的って…現実味を見…あ、ちょ、やめ。ヴア"ア"ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"」


「ど…どのみち力技になるじゃろうな…」



存在するだけで威圧を放つ青紫の(猛毒)を幻想的と評した妹に思わず吹き出してしまったピスティスは、ガシッと後頭部を掴まれ上を向かされ顔をひきつらせた。目を動かし隣を見ると口角が歪に上がった冷淡な笑みの妹と目があい、その瞬間テーブルにあったはずの青紫のドリンクは上を向かされ開いたピスティスの口内に勢いよく流れ込んだ。


ゴルバチョフは二人の変化を目の当たりにし絶叫するピスティスへの憐れみと、それを無視して亜空間から追加のドリンクを出すラトレイアの逞しさに慄いた。本来作法だけでなく魔術や錬金術なども習得できるようにと精霊界へ送り出したが、根底がネガティブなためか兄としての威厳の低下に拍車がかかった気がする。そしてこの二人が自由奔放なルクレツィアの傍に控えている光景を想像し、諦観の境地で微笑み心の中でサムズアップをした。



――応援しておるぞ、頑張れピスティス(ツッコミ役)――



ゴルバチョフはピスティスが主人ルクレツィア(破天荒問題児)妹ラトレイア(優等生系苛めっ子)に挟まれストレスが爆発する未来を見なかったことにした。










「とうとうこの日がやってきたのです…。兄よ作戦の再確認なのです」


「あぁ…具体的には僕たちは屋敷で待機し、ゴルバチョフが主様を転移させ理性の有無を確認、なければゴルバチョフが合図を出し総攻撃。理性があれば合図無しで僕たちは何事もなかったかのようにルクレツィア様を出迎える。だがもしルクレツィア様が正常だった場合嬉しいような悔しいような…」


「何がなのです?喜ばしいことじゃないですか、流石にいくら勉強したって魔物になった主様と意思疎通できるか怪しいのです」


「いやそうじゃなくて…」



ラトレイアとピスティスはエントランスの柱に隠れ庭に立つゴルバチョフを注視しながら会話を続けた。以前ルクレツィアが魔物になれば追加される勉強が嫌だとか、これまでの努力が無駄になるから駄目だとか、相手にするのも面倒なほど嘆いていた兄を思い出したラトレイアは首を傾げた。



「だって…あの激マズドリンクが無駄になっちゃうだろ!?」


「はっ!!」


「死を覚悟するほどの苦行を耐えてやっと完成させたのに、今さら必要ありませんでしたなんてあんまりじゃないか!」


「そうです!ラト()試行錯誤してやっとの思いで完成させた超大作を未使用のままお蔵入りさせるだなんて絶対だめなのです!」


「おい何自分の手柄みたいに言ってんだ。僕の犠牲のお陰だろ」


「しっ!主様が帰っています」



小声で言い争っていた二人はゴルバチョフが【転移】の魔法を使うことを察知すると、すぐさま口を閉じ緊張した様子でルクレツィアの帰還を待った。















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