従者の修行④
ルクレツィア様が魔物となり従魔を四体も従え二カ月弱。あれから精霊界にいる僕とラトレイアにとっては80年近くの修行生活が過ぎた。あと少しでこの生活もお終いだ。この頃になるとあらゆる分野で合格を貰い最近は専ら得意分野の追及をしている。
今でもルクレツィア様の観察はしているが正直僕はもうあの奇行を止めることも更正させることも不可能だと思っている。妹は諦めるなとは言うけど明らかにSランク以上ので従魔以外との魔物とも意思疎通しているし、何より従魔の四体が何故か人型をとっているんだぞ。初めて見た時は驚きすぎて水鏡に紅茶をひっくり返してしまった…。
本来魔物で高度な思考ができ人語を理解できる種族は神獣や幻獣と区別されている。中には人間の姿も取ることのできる個体もいるとは聞いているが、そもそも数が少なく殆どが秘境に里を作っているため魔物の中の例外中の例外としか言えない。そもそも強さの土台が違うため一般の魔物がそのレベルに達するまでどれ程の年月と強さが必要なのか想像もつかない。
いつものように自由時間にルクレツィア様の様子を伺っていた時の事
「もううちの主人は魔王にでもなるのだろうか?今のうちに魔王に似合いそうな魔剣のデザイン考えておいた方がいいかもしれない…あぁでも《魔王》は魔国の王の名だから別称を考えなければ…」
「兄よブツブツ言ってないで戻ってきてください。それよりもあの従魔たちって幻獣なのでしたっけ?あの森の魔物常々おかしいとは思ってましたけど、とうとう幻獣生み出しちゃったんです?森の一部を治めていた主といえ種族の限界があるはずで…」
「いや以前調べたが恐らくあの猿型の魔物は神獣だ」
「ははは…兄よ何を馬鹿なことを…神話に出でくる創生級の生き物なのでしたよねそれ実在するんです?嘘だと言ってください…」
ラトレイアは顔を青ざめ震えながら僕の肩をゆすった。僕たちは何も主の奇行をただ茶を飲みながら鑑賞しているわけではない。ルクレツィア様が出会った魔物はラトレイアと手分けして調べ纏めている。どの魔物が進化したのか、弱点や生態など考えうることをメモしていた。その中で精霊やゴルバチョフの書庫にあるものを片っ端から読み漁った結果見つけたのが【妖猿】という神獣だったのだ。
「僕も自分の主が神々に仕えたと呼ばれ、さらに絶滅したはずの《神獣》を従えているだなんて信じたくなかったよ…でもどこの魔物が神々しいまでの桃の木出し入れしてんだよぉ。もう嫌だなんであのアホは…魔物の王の次は神にでもなるのか?せっかく人間社会で役に立てるスキルを身に着けたってのに次は神に仕えるための所作を?というか誰か教えてくれるのか?ワルキューレ様たちは知っているのだろうか…あぁもう!どうしてルクレツィア様は普通に修行をしてくれないんだよボケェ!」
「あ…兄よ落ち着いて…ヒッヒッフー!ヒッヒッフー!なのですよ!」
頭を抱え文句を言っていたあと思えば突然立ち上がったピスティスを妹のラトレイアは狼狽えながらも何とか落ち着かせようと背中を撫でた。
「なんだ次は主の後ろに控えたまま慈愛に満ちた顔で発光すればいいのか?後光になればいいのか!?んなもんいくらでも出来るから普通で居てくれもう勉強したくないぃぃぃ」
「あぁぁ泣かないでください。大丈夫ですよ元々破天荒なルクレツィア様に《魔物の王》と《神》が付いて斧持って月に帰っていくぐらいですから…」
「うぅぅそれのどこが大丈夫なんだよ馬鹿っ!どこの金太郎と月の姫だよ、ルクレツィア様の寝物語真面目に聞いてなかっただろお前アホっ!もうヤダあと少しで終わるってのにまだ勉強しろとか言われたら!僕は…僕はあのバカ主の紅茶を泥水に変えてやる!」
しかし長年溜め続けたストレスは既に結界寸前であったのか、ピスティスはとうとう泣き出してしまった。普段のんびりでマイペースな妹ラトレイアと共に、妹やゴルバチョフ、ルクレツィアにツッコミを入れたり面倒を見ている多少短気なしっかり者の兄ピスティスだが、本来の性格は少し違う。
「あぁぁ兄の情緒が不安定なのです…え、えっと兄は頑張ったのですよ!苦手な勉強も演技も先生に褒められてたじゃないですか。あと多分もう主様の味覚は死んでる気がするので何のダメージにもならない気がするのです。」
「でも僕お兄ちゃんなのにラトより全部だめだめだったぁぁぁ。努力しても器用なラトみたいに魔法上手くないし作法間違うし短気だし、こ、これじゃあルクレツィア様に捨てられちゃう。うぅぅぅ…」
「はぁ…こうなった兄は面倒なのです。主様ーもう魔物でも神でもどうでもいいので無事に帰ってきてほしいのです」
本来のピスティスは好きなこと興味あること以外は不器用でその癖変な所で完璧主義の泣き虫だった。《兄》というプライドもあり努力するがそれを易々と乗り越える天才肌の妹と上手くいかない現実に落ち込むのもいつものことで、そのたびにラトレイアは適当に励まし続けるのだった。
「二人とも今までよく頑張りましたね、今日で全てのカリキュラム終了です。本当にお疲れ様でした」
「「やっ…やったぁぁ!!」」
「ゴホンッ」
サリーの言葉に飛び上がるほど喜んだ二人はワルキューレの咳払いに一瞬で姿勢を正した。これぞ教育の賜物というべきか表情から佇まいまで完璧な従者二人組がそこにいた。ワルキューレはその様子に満足したように微笑むとパンパンッ手を叩いた。その瞬間目の前に様々な色と光が溢れ楽しげな声が聞こえた。
「あはは!二人ともお疲れ様~」
「卒業おめでと!よく怖い二人の修行に耐えたね~」
「寂しくなるな~」
「きゃはは、おめでとおめでと~」
「また来いよ~今度はルーシーもつれてな」
闇の精霊以外にも様々な精霊が二人を祝いに訪れ、口々に祝いの言葉を送っていた。色とりどりの花びらが舞い散り精霊の祝福により辺りはキラキラと輝いていた。
「わぁ、皆さんありがとうございます。サリー先生、ワルキューレ先生それに他の先生方も、何も知らない私たち兄妹に一から丁寧にご指導していただき本当にありがとうございました。これからも先生方に教わったことを無駄にしないよう日々精進してまいります。」
「私共のためにこのような素晴らしい送別の場を設けてくださり誠にありがとうございます。先生方、私はきかん坊で出来も良くありませんでしたから大変扱いずらい生徒だったと思います。脱走や生意気を言ってしまったこともあります。ですが先生方は根気強く理解するまで出来るまで付き合ってくださり、お陰で私は胸を張ってルクレツィア様にお仕えすることが出来ます。本当にお世話になりました。」
ピスティスとラトレイアは涙ぐみながら感謝の言葉を伝え、精霊たちからはすすり泣く声や二人を応援する声が聞こえてくる。サリーとワルキューレは目を見合わせ、フッと笑い二人に声を掛けた。
「ありがとう二人とも。私からいいことを教えてあげる。高位の精霊は相手が何を考えているのかわかるのよ。誰が鬼婆ですってラトレイア?」
「ですから貴方達が私共に叱責された恨み言を想像しているのもバレバ「ラトレイア逃げるぞっ!」」
「了解です!」
お説教の気配を感じ取った二人は寂しそうな顔を一瞬で切り替え即座に【転移門】を展開し走り出した。門を通る直前チラリと振り向いた二人の目には笑顔で手を振るサリーら精霊たちが映った。ラトレイアとピスティスは直前で足を止め並び立つと、一番最初に叩き込まれた美しい完璧な礼をした。
「ありがとうございました」
そうして振り向かず門をくぐった。




