人間らしい生活
「この三か月間よく頑張った。お帰りルーク」
「しぃぃぃしょぉぉぉぉぉ!!!」
そう言う師匠のお腹目掛け頭突きをかました私は悪くないでしょう。
少しさかのぼること数分前。魔物の森にて私は魔物とちとしばしの別れを惜しみ皆からお見送りをされていました。
「ルクレツィア様…僕たちのことは気にせずあと100年はゆっくりしてていいですからね」
「ルクレツィア様これを…我が子が編み上げた最高傑作のハンカチです。刺繍は私がいたしました。」
「主よこの森のことは心配するな。必ずや皆を躾け御前に頭付かせて見せよう!」
「主ぃぃぃ妾は、妾は少しくらい離れても平気じゃが、ちょくちょく会いに来てほしいと思っておるぞ!」
心底帰ってこないでほしいと隠しきれていないロータスの頭を掴んでしまったのは仕方がありません。みんなにお見送りをされ「必ず会いに来るから」なんて言ってますが正直内心汗が止まりません。何故なら…
帰り方が分からないから!!!
うわぁ…帰る帰るって言っておきながら家の場所が分からず「戻ってきちゃったてへぺろ!」とかしたら死ぬほどカッコ悪い。そしてそんな黒歴史は作りたくないっ!泣いてしまったネージュを宥め頭の中では屋敷への帰還方法を必死に考えていました。
魔法による【転移】は場所のイメージは分かっても師匠の結界に弾かれる可能性大。魔術による【転移】は座標の正確な位置を知らないから不可能。【転移門】も同様に不可能。走って探すか…いや私が走り回ったら確実に皆に気づかれどうしたのだと聞かれるでしょう。そして迷子ですなんて醜態を晒すのは目に見えています。あとは空をから見降ろすというのは…初めのころにしましたが幻術によって目視ではわかりませんし、魔素の濃いこの森では魔眼も師匠の術を見破れるかはわかりません。あぁどうしましょう…。
「じゃあ行きますね…」
『また会いに来る』その言葉を言おうと空気が喉を振動させたか否かのタイミングで、気が付くと私は師匠の屋敷の前に立っていました。
「いやルーク帰り方が分からんかもしれんと思ってのぉ…親切心でちょいと【転移】させてやろうかと」
ルクレツィアはこの三か月のことをゴルバチョフの愚痴を挟みながら報告していた。そして彼らの前でやたらとデカい態度を取り強引に【主従契約】を結んでしまっているため、カッコ悪い姿は見せたくなかったのだという。ゆえに無事帰ってこれたことに感謝し、同時に雑な帰り方に憤慨していた。
「本当に危ないとこだったんですから!あとコンマ一秒遅かったら微妙に言葉残して帰ったカッコ悪い主人になるとこだったんですよ!」
しかしルクレツィアは文句を言いながらもゴルバチョフにしがみ付いて離れない。屋敷に転移されゴルバチョフの姿を見ると、四歳児の姿になり駆け出し今に至るためだ。愚痴を言いながら時折ポカポカ殴りはするが本気で怒っているのではなく、三か月も離れていたことが寂しかったのかその目に涙を薄く浮かべ押し付けていた。ゴルバチョフは強引に修行を進めたことを謝りつつ、ルクレツィアを抱き上げた。初めて出会った頃と比べ随分重くなった可愛い孫であり弟子をゴルバチョフは愛おし気に見つめ家の中へ歩き出す。
屋敷のエントラストで二人を迎えたのは相棒であるピスティスとラトレイアだった。ルクレツィアは久しぶりの再会を喜んだが二人は飄々と主人の帰りを迎えた。
「ルクレツィアお帰りなさいなのです。少しくらいやつれているかと思ったのですがピンピンしていやがるのですね」
「そうだな折角労わろうと作ったこれも意味ないな」
ピスティスの手にはドロドロとした青紫の液体を入れたコップをお盆の上におき、残念そうにしていた。
「ただいま。そして今すぐその青紫の液体を捨てて…いや勿体無いから師匠の口に突っ込んで」
「「了解」」
「えっちょ、ぐあぁぁぁぁぁ」
一応主人を労わるためだという好意を無駄にしないためにも材料を無駄にしないためにも、捨てるという選択肢はなく結果反省の意味も込めゴルバチョフに飲ませることにした。主の命を受けたピスティスとラトレイアはゴルバチョフに襲い掛かり飲ませると、そこには悟りを開いたような顔をした師がいた。ルクレツィアはそれを見て心底飲まなくてよかったと思うのだった。
「ふへーやっぱりお風呂最高…浄化では得られない癒しが身に沁る~」
ルクレツィアは屋敷に帰ると直ぐにお風呂へ直行し、侍女の仕事だからとラトレイアに髪や背中を流してもらった後かれこれ一時間お湯に浸かっていた。長風呂になると事前に言っていたゆえに誰にも邪魔されずのんびりとした時間を過ごしていた。お湯にはラトレイアの計らいで疲れのとれる薬草や肌を潤わせる蜜、ハーブなどが浮かび、匂いでも癒しを与えていた。
「どうしてみんなお風呂に入らないんでしょう」
ルクレツィアは自身の周囲がお風呂に入りたがらない理由をぼんやり考えていた。従者の二人は単に水が嫌いだそうで、少しでも濡れれば即魔法で乾かしていた。元が剣だからか錆びる原因が嫌いなのだろうと予測している。ゴルバチョフは魔法で一瞬で終わるのになぜ時間をかけてお風呂に入らなければいけないのかと考えているため、気が向いた時にしか入らない。精霊たちは遊びとして水に入ることはあるがわざわざ温めた水に入るという意味が分からず、ルクレツィアが入らない限り自ら入ろうとはしていなかった。そもそも大自然の中にいる精霊たちがお湯に浸かる場合、火と水の精霊以外は火山地帯の天然の温泉に行くしかなくわざわざ自分の生活圏を出てお湯に浸かろうとするものはいなかったのだ。仲良くなり僕となった魔物達はルクレツィアがお湯を作るたびに怯えていた。それはルクレツィアが仕留めた食材を捌く際にお湯をたき毛をむしっていたためお湯に恐怖を抱いていたためだった。ルクレツィアは猿の魔物のラペーシュはいけると思っていたのに湯に浸かる文化はないと言われ残念に思っていた。寒いところが好きなネージュや虫の魔物のルベラ、亀の魔物のロータスは無理だろう予想していたが、誰一人お風呂仲間に慣れそうになく残念に思っていたのだった。
そんなことを考え湯船からあがりゴルバチョフ達のいる部屋に向かった。
「やっと来たか、随分長く入っておったのぉ」
ゴルバチョフは食卓の椅子に座り、紅茶を飲んでルクレツィアに笑いかけた。食卓には湯気の立ち昇る食事がピスティスとラトレイアによって運ばれ、ネグリジェ姿のルクレツィアはゴルバチョフが食事をせず待っていたことに気づいた。慌てて椅子に座り手際よく食事が運ばれるのを眺めつつ謝った。
「すみません三か月ぶりに湯船に浸ったものでつい。それに先に食べてても良かったんですよ」
「いいんじゃよワシが勝手に待っておっただけじゃから。久しぶりにルークと食事をとりたいと思ってのぉ。ほれラトレイアがお祝いに腕によりをかけて作ってくれたんじゃ冷めぬうちに頂こう」
「わぁ美味しそう!ラトレイアもピスティスもありがとう」
三か月もの間一人魔物の森で修行していたルクレツィアを労わるため、従者の二人は精霊たちにも協力してもらい食材から食器までこだわった晩餐を振舞った。今までゴルバチョフの残念な食事に苦しみ、精霊やラトレイアの美味しい食事で肥えた舌、そして今回の野生生活での食事を経てルクレツィアは食の有難みに感謝し感動していた。
「うぅぅ美味しいぃぃ…美味しすぎる…」
ルクレツィアは森では魔物の肉や何となく食べられそうな葉っぱや木の実、キノコなどを適当に食べていた。調理道具は錬成し作ることが出来たがそもそも焼く、煮る、蒸す、燻るくらいしかできず結局そのまま生で食べていたのだった。元々前世でも人並みの知識しかなく今世でもまともな料理をしていなかったことや、魔人であり全ての状態異常に対する耐性を獲得していたことにより毒や菌、魔力などは問題ではなく、ルクレツィアはとりあえず腹を満たすということだけを重視ししていた。そのため久しぶりの《料理》に涙を流しながら口いっぱいに食事を頬張っていた。
「はぁ…幸せでしたぁ…」
食後の紅茶を飲みながら幸せそうに微笑むルクレツィアとそれを嬉しそうに眺める三人は談話室でこの三か月のことについて真夜中まで話し合っていた。その中でルクレツィアをナイフ一本で一人森に飛ばしたことにキレた従者の二人との一か月にわたる話し合いや精霊たちによ嫌がらせなど聞き師への怒りは無くなっていた。ルクレツィアは命を奪うという行為の重さや有難み、野生で生きる方法や仲良くなった魔物とのエピソードを話盛り上がった。
「それでは今日はもうお開きにしようかの」
ルクレツィアは解散後三か月ぶりの自室に戻り一人ベットに横たわり窓から覗く月を見つめた。
「いいないいな~人間っていいな~…ふふっ…分かっていたつもりだったんでしょうね」
安全な家に温かいお風呂、美味しい食事にふかふかのベット。ルクレツィアは一人で得ることのできなかった暮らしに感謝しその貴さを痛感した。「命に感謝を」「人は支え合わなければ生きられない」分かっていたようで分かっていなかった自分の恵まれた暮らし。強くなりなんでもできると思いあがっていた愚かさや日々の暮らしの尊さが身に沁みた。そしてそれを多少強引ながらも教えてくれた師に感謝し目を閉じた。
穏やかな夜風が頬を撫で優しい月明かりに見守られルクレツィアは眠りについたのだった。




