後悔をしない生き方を
「ほれ落ち着いたか?」
「ぁぃ…」
よしよしとルクレツィアの頭をなで、リビングのソファーに共に座ったゴルバチョフはルクレツィアに向き合った。
「ルークよ…この本は遥か昔、人類に魔力という特別な力が現れた時代のものじゃ。だから膨大な魔力によって早死するなんてことはないから安心しなさい。姿も影響は受けるが死ぬまで幼い姿のままということは無い。ルークは成長が極端に遅いと言うだけで…「それが大問題なんです!!!!」がっ!?」
ゴルバチョフは勢いよく頭を上げたルクレツィアの頭突きにより、顎を強打した。
「こんなちびっ子に惚れてくれる人なんて幼女趣味の人しか居ないじゃないですか!!!!あの人にアピールしようにもこんな…こんな…ちんちくりん相手にしてくれる訳ないじゃないですかぁぁあ!うわぁぁぁん!!!!」
「は?ル…ルーク?少し落ち着きなさい。そのあ…あの人?がもしかしたら幼女趣味かもしれんじゃろう?」
ルクレツィアは再び大声で泣き出した。ゴルバチョフのフォローにも「そんな奇跡あるわげないじゃないでずがぁぁぁぁ」と余計に泣いてしまった。
しばらくして落ち着いたルクレツィアは、ゴルバチョフが入れたホットミルクをコクリと飲み反省していた。
「すみません師匠…取り乱しちゃって。その…ローブ鼻水とかでグチャグチャにしちゃって…」
「いいんじゃよ。【浄化】ほれこれで綺麗になった。」
ルクレツィアは「ありがとうございます」とお礼を言って、あの本の表紙を撫でた。
「師匠…私あの日、師匠に拾ってもらった日知らない人に誘拐されたんです。」
ポツリと話し始めたルクレツィアの言葉を、ゴルバチョフは向かい合いその小さな手を両手で握りながらじっと聞いていた。
「魔物の集団に襲われて川に投げ捨てられた時、私を投げた男の人の目を見たんです。変ですよね…ほんの一瞬だけ目が合っただけなのに…自分を誘拐して川に投げ捨てた張本人なのに…あの瞬間…彼の目を見たあの光景を今でも鮮明に思い出せるんです。思い出すだけで胸がドキドキして彼のことが頭から離れない。…自分が彼の隣に立てないって考えただけで、目の前が真っ暗になるんです。私は……多分あの人のことが…その、す…好きなんだと!思います…」
ルクレツィアは赤い顔で俯き、そのまま目を閉じ何度も自分を落ち着かせるように深呼吸をした。そして握っているゴルバチョフの手に少しだけ力を入れた。
「師匠…わ…私前世の記憶があるんです。この世界とは違う魔法も魔力もない別の世界。そこで私死んじゃったんです。ある日突然…自分でも死んだ事に気付いてなくって…思い出した今、あ…私死んだんだ…って。
記憶は記憶で私はルクレツィアです。でも…あの私も私だった…私はもう後悔したくない。
好きな人が出来て、その人と結ばれて、その人との子供と死ぬまで生きたい。夢を叶えたかった…っ…やりたい事好きな事後回しにしなきゃ良かったっ……あんな…あんな風にっゲームのデータが消えたみたいに…呆気なく私の全てが終わるなんて…っ思わなかったんです………お母さん…お父さん……。」
そしてルクレツィアはふぅと深呼吸をして姿勢をただしゴルバチョフを見つめた。頬には先程とは違い、一粒だけ涙が零れていた。それは幼いルクレツィアがずっと抱え込んできた苦しみであり、悲しみが、初めて現れた瞬間だった。
「師匠…私を普通の人のように成長させることは出来ませんか?もう…後悔はしたくないのです。」
ルクレツィアの真剣な眼差しにゴルバチョフは深いため息を着いてその口を開いた。
「これは本当は言うつもりはなかったんじゃがな…正直この方法はとても辛く死んだ方がマシだと思えるほどの苦行じゃ。
ルークよ…確かにお前の成長速度は魔法を使えない者の何百倍…いや何千倍も遅く、恐らく普通の人の一生は確実に今の姿で居ることになるじゃろうよ。強大な魔力に幼い身体が耐えられず肉体が四散、なんてことも遥か昔はあったが今はもう解決策はある。時間はかかるが大人になれずに死ぬなんてことはない。それでもお前は皆と同じように生きたいか?」
ゴルバチョフはいつもの空気とは違う、真剣な物言いでルクレツィアの紫色の瞳の奥を見つめた。
「それでも。どんなに痛くても苦しくても…私はあの人を振り向かせたいのです、苦楽を共にしたいのです。そのためならなんだって我慢します。例えあの人が私を見てくれないとしても、何もせずただ嘆く負け犬にはなりたくはありません!
私はルクレツィア。師匠から贈られたこの名に恥じぬ自分で人生を終えたいのです。」
「……はぁ分かった。ワシの負けじゃよルクレツィア。この方法は全身をあらゆる方法で木っ端微塵…細胞レベルで損傷させ瞬時に回復するというものじゃ。元々魔力量が多く生命力の高い者しか出来んが、細胞への魔力侵食率を無理やり上げるにはこれが一番確実で早い。
じゃが…魔力を豊富にもつ魔物の肉を摂取することでかなりゆっく「大丈夫です!私は耐えてみせますから!」これ人の話を最後まで聞かんか……はぁやはり決意は固いな。瞳に全く迷いがないではないか。」
ゴルバチョフはルクレツィアの決意の固さを再度確認し、苦笑しながらそっとその頭を撫でた。
「まだまだ子供でいてくれてかまわんのに…」
ポツリとこぼした言葉はルクレツィアの耳には届かなかった。