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動く心臓止まらぬ呼吸

『グッ…ハッ……な、なにを…』


『どうしてあっさり私に殺されようとしてるんですか馬鹿。ほら何時までお腹(急所)を見せて寝っころんでいるんですかアンポンタン。さっさと起き上がってください』


『あ、あぁ』



いやお前が背負い投げてこうなったんだろという言葉は飲み込み、とりあえず人間の横に腰を下ろした。人間は我の手のひらに乗る程小さく、かといって弱いというわけでなく気が付けば我の頭の上に乗って桃を齧っていた。



『いいですか?生き恥なんて晒しまくってもいいんですよ。誇りや信念は生きているからこそ成り立つんです。笑われようが馬鹿にされようが人にさらす恥があって上等!自分を律するための誇りであり人に見せたいだけの誇り(見栄)なら初めから捨てて洞窟にでも引き籠ってください!』


『我らの誇りは!』


『んなもん知らねぇですよブァァカ!というか誇りやら説教説きましたが正直そんな崇高なものただ生きていくうえでは必要ないんですよ。生きるのに一々理由立てて、それが無くなれば死ぬなんて虚しいじゃないですか』


『なら…なぜお前は腹を立てているのだ』



こんな小さな、我の年の欠片ほども生きていないだろう人間に言われカッとなり言い返そうとした瞬間、なぜかそんなもの必要ないと言い出した。我は訳が分からなくなり眉を寄せた。



『そんなの…そんなの!絶滅寸前の一族の最後の生き残り殺しそうになったからに決まっているじゃないですか!?』


『は?』


『何が「は?」ですかこの阿保面!なに人に【妖猿】という種族を終わらせようとしてるんですか恐ろしい!絶滅危惧種保護法なんてあるのか知りませんが、危うく世界から一種族を消した大罪人になるところだったんですよ。危ない!本当に危ないところでしたよ、そんな業背負って生きていくなんてしんどすぎます!』



そういって人間はポカポカと我の頭を殴ってきた。我でも痛いと感じる程の威力を平気で出してくるなんてお前の方が十分恐ろしい。我は思わず呆けてしまった頭でそんなことを考えた。


だが…綺麗ごとなんかよりずっと生きようと思わされた。我は一族の存続なんてどうでもよかったのだ。自分ひとりになった今、生き恥をなんていって本当はもうこの生を終わらせて欲しかったのだ。ただ自分のなけなしの誇りが邪魔をしていた。















「本当に行ってしまうの?兄様は十分強いわ、だから…」


「我はこの桃源郷では最強だろう。だからこそ爺様の言う外の世界の強者と戦ってみたいのだ」



自分の強さに誇りを持ち世界を旅した。今思えばそれがどれほど自分勝手なことかが分かる。【妖猿】は魔物の中でも妖精や精霊に近い存在であり上位種であった。そのため高い知能や魔物では珍しい集団行動をしている。


我が一族は魂を具現化した存在である《黄金の桃》と共にかつて神々が納めていたという桃源郷で暮らしていた。平和な平和過ぎる世界に嫌気がさしていた我は、里一番の長者であり外を旅したことのある長老の話を聞き皆の反対を押し切って旅に出たのだ。


神々に仕えていたといわれる我が一族は、かの方々が去られ放置された桃源郷に残り続け里の巫女が張っている結界により外からは目視されない山に住んでいた。たまに迷い込む人間がいたが我らの巨体に恐れ戦き直ぐに立ち去るものばかりであった。



我は数百年程外を放浪した。我らは《黄金の桃》に水や光を与えることや、妖精や精霊のように周囲の魔素を体内に取り込めるため食べるという行為は滅多にしない。魂の具現化した《黄金の桃》も神々に供えていたというように、桃自体は失っても何も害はなく食えば体の不調が全壊するというものであった。


魔法も自在に使えた我は身体の身体の大きさを変えるなどして世界を回り、戦いそしてある日ふと故郷のことが気になった。最後にあった妹は婚儀を終えたばかりであったから今頃はその腕に子を一人や二人抱えているやもしれん。我の親友である夫は妹を深く愛していたからさぞいい家庭になっているのだろう。里の皆もどうしているのだろうか。我によく稽古を頼んでいた子供たちは立派になっているだろう、帰ったら沢山話をしてやろう。父と母には心配をかけただろう、閉鎖的な里でいきなり外に出たいなど聞いた時は正気を疑われた。


我らの一族は神々の加護を失いこの里でひっそりと暮らしていたゆえに、外への関心は皆多少はあれど出ていこうなどとは思わなかった。人間の醜悪さは言い伝えで口酸っぱく言われ続けていたからだ。


そんなことを思い出し皆に謝らなければ、そして外で出会ったものや経験したことを話してやろう。




そう思っていた我が見たものは、美しい故郷ではなく



仲間の死体を吐き気のする笑みを浮かべ解体する人間と血だまりであった。




人間が魔物の死骸に価値を見出すことは知っていた。これが言い伝えに聞く人間の醜悪さかと理解したのもその瞬間だったのをふと思いだした。人間たちは殺しても殺しても湧いて出てくる【人族】と身体能力に優れた獣人、魔法に長けたエルフ族などの【魔族】だった。


彼らは赤く染まった仲間を無造作に切りつけ皮を剥ぎ内臓を目玉を爪を取っていく。やがて我に気づくと嬉しそうにあの気持ちの悪い笑みを浮かべ襲い掛かってきた。




「―――――――!!!!!!」




何と叫んだのか分らぬほど、喉が引きちぎれるほどの咆哮を上げ暴れた。人間たちの胴が首が潰れようが切り離されようが辺りがやつらの血で染まろうが戦い続けた。徐々に恐怖に染まる顔も許しを請うその醜態も何もかもどうでもよかった。ただこいつ等を殺さなければという思いで戦い、気が付けば里には我以外一人として生き物はいなくなっていた。



「ア…アァ…」



掠れる声で仲間だったものを見つめる。琥珀色の…我と同じ瞳の色は里長の一族である我が家の特徴だった。それが目の前の瓶に漬けられ我の琥珀色の瞳と目があった。




ふと脳裏に最後にあった妹の顔が浮かんだ。




「ァ……ァァ、ァァァアアアア!!!」




もうどれ程昔のことだろうか分からない。ただ今でも鮮明に思い出せる仲間の顔と亡骸。本当は自分も死んでしまいたかった。自分がいれば人間たちに後れを取るなんてことも、少なくとも里の者が一人残らず全滅なんてこともなかっただろう。



『我ら【妖猿】は神々にお仕え申し上げていた一族の一つだ。そしてそれを誇りに持ち今も何時かもわからん…二度とないかもしれん帰りをお待ちしているのも確かだ。だが…お前はそうではないのだろう?ならば行け、お前が誇る《強さ》に恥じぬ自分であれ。父はこの呪縛(宿命)から解き放たれたお前を誇らしく思う』



「っ…死ぬ、なんて…出来るわけがっ…」



里をでる前に言った父の言葉が自害という選択を消した。自分の《強さ》を誇っていたのは確かだ。それが自慢であり我という存在を形作っていたように思っていた。だが…誇り、矜持、信念、どれも「そうだ」と言葉で繕い本当の意味で実感したことはあったのだろうか。今になってその言葉の意味が重さが胸に響きそして重く圧し掛かった。


そんなもので我は生きていけるはずがない。零れ落ちる涙に失った仲間を見た気がした。


だがすべてを失った我にはもう…その強さ(誇り)しか残っていなかった。















『正直そんな崇高なものただ生きていくうえでは必要ないんですよ。生きるのに一々理由立てて、それが無くなれば死ぬなんて虚しいじゃないですか』




自分の誇り(強さ)を打ち砕いた人間がそういった。「ようやく死ねる」そう思ったら自分が最後の【妖猿】だと、我が死ねばこの世から【妖猿】が消えるのだという事実に言われて考えていたより深く実感した。我が死ねば誰が【妖猿】をあの美しい桃源郷を知るのだ?それは本当の意味で仲間の死になるのではないのか?


そして生きるために執着していた…誇りを必要ないと言い張った人間に、死ぬのがただ虚しいという人間の言葉が気になった。何故かあの紫の瞳が不思議と心を落ち着かせ冷静に言葉を聞く気にさせる。



『お前は…自分ひとりだけになった時、誇りも何もかも失いそれでも生きないと生きねばと断固として思えるか?』



そう言葉にするつもりのなかった思いが漏れた。ハッと気付いた時には人間は目の前に浮かび目を合わせ口を開いた。



『まず前提が違います。私にとって誇りとは崇高な理念や自信じゃなくて、無知な自分を律するための戒めです。理想でもなくただこの世に生まれ生きている自分を誇っているのです。


そして私の名前こそが私の誇りなのです。例え全てを失ったとしても母が祖父がくれた宝物(誇り)を持つ限り記憶がある限り私は生きたいと思います。私が死ねばこの思いを永遠に失ってしまいまう、絶望しかない人生だというにはまだ私は生き切ったといえません。


貴方のいう誇りが強さであり生きるために縋りついているだけの言葉なら、生きる意味なら、それを失った今あなたは死にたいと思いますか?私に圧倒的強者に心臓を握られている状態で、貴方は全てを投げ出してもう十分生きたといえるのなら……私が終わらせてあげますよ。そこまでの覚悟があるなら私も【妖猿】を滅ぼした者として生きていく責任を負って生きてあげます』


『なぜ…そこまで、してくれる…。嫌だと、言っていなかったか?』


『嫌ですよ?誰が好き好んで知り合った相手を殺そうなんてしますか、私は狂人じゃないんです。偽善で殺生なんてのもごめんです』


『ならなぜ…』


『まだ分からないんですか?貴方が泣いているからですよ』


『は……』



そういわれようやく気が付いた頬に伝う熱いものは、あの日仲間を失って以来流すことのなかったものだった。認識するとさらに溢れたように感じる涙は零れ落ち地面を濡らしていった。



『あーあ、孤独で寂しがり屋のお猿さんを泣かせてしまいました。これは責任もって私が貴方の生きる意味(誇り)になってあげないといけないですね?』



そう目を閉じお道化てみせる人間は、ちらりと我をみるとそういった。


―― だって貴方は生きたいんでしょう? ――


その紫の瞳にそういわれ我は()に忠誠を誓った。



『我が死ぬときは主が死ぬとき。我の誇りは主であり主に仕えることを至上の喜びとする。どうか我に(誇り)を』


『貴方の名はラペーシュ()。私を誇りとする貴方に恥じぬ主で居ましょう』




そうして我は主ルクレツィア様と契約を果たし今を生きている。主が元の場所に帰る近づいた。だがそれでも我の主はルクレツィア様ただおひとり。そしてそれは他の皆もそうであろう。我らは彼女の帰りを待ちこの森を収めるのだ。



父上…皆…神々を主と誇りとし帰りを待っていた気持ちが漸く理解できた。そして我も我にとっての()を見つけることが出来たぞ。



残り数日、それまで傍であなたを守りたい。
















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