手足が短いんです
思い返せば師匠から短剣を譲られてからの私たちは常に一緒にいました。そして新たな発見ばかりでとても驚き、腹が立ち、力が入り沢山喧嘩を経験しました。師匠との戦いや罠や魔力暴走らやを乗り越えてきた私たちは戦友であり親友だと言えるレベルにまで仲が良くなったと自負しています。
何度屋敷を半壊させたことか…やれやれ暴れん坊の剣と鞘を持つと大変で『ドスッ』っ~!か…仮にも持ち主の背中を柄でどつく剣がどこにいます!?鞘も勝手に腰のフックから抜け出して臨戦態勢ですよ!毎日とんでもない量の魔力を勝手に吸い取るくせに生意気ですへし折ってやります。
…まぁ?私は大人なので反撃なんてしないのです。別に喧嘩した罰のおやつ抜きが怖いわけではありません。
そのお陰とは思いたくはありませんが、いつの間にか身体のコントロールができるようになり、今日から身体強化を用いた武術の修行を開始するそうです。いつも修行で使っていた異空間の平原は、今日は緑が生い茂る森になっていますね。
師匠の魔力で作られた空間なので、マスター次第で砂漠にも海にも変わっちゃいます。やっぱり師匠は凄いです…そして深い森の中、修行ができるよう広く開けた空間に師匠と向き合って説明を聞きます。かなり背の高い木に囲まれ、ポツリと空いたこの場所はとても幻想的で素敵です。はぁ…いつもここの空間は天気がいいのでもう修行やめてお昼寝したいです。
「今日は身体強化以外の魔法と武器は使わぬ体術のみの戦闘をするぞ。魔法も問題なく使えるようになったことじゃし、これからはそれ以外の技術の向上と反射、経験を積んでいくぞ。もちろん一切の手加減はなしじゃ!」
「はい、おねがいします!」
ルクレツィアは腰に下げていた短剣ほどの長さの《エクスカリバー》を黄金のブレスレットに変え腕に装着した。剣と鞘の時と同様に紫の宝石がキラキラと輝き光を反射し、今回は会話による助けもしないことを念話で伝えた。その瞬間ルクレツィアは後ろに飛び、ゴルバチョフの拳を避けた。
ドガンッ!
先ほどルクレツィアがいた場所にはゴルバチョフの拳によりクレーターができ、土煙の中から大きな岩が飛んできた。
ルクレツィアはそれを高くジャンプし避けるとゴルバチョフの脳天目掛け踵落としをした。しかしそこにはゴルバチョフの姿はなく、空中で一回転し体制を整え地面をけるとすぐにその場から飛びのいた。
ボコッ
飛びのいた場所からは二本の腕が生え、地面が盛り上がりゴルバチョフが飛び出てきた。
「よく気付いたのう。今ので捕まえられると思ったんじゃが。」
「心音や呼吸音、熱なんかもわかるようになったんですよ。範囲を意識して使うと師匠を見つけるのは簡単です」
「ふぅ、優秀な弟子を持つと師匠は大変じゃの」
二人は笑顔を浮かべ話しているが、その眼は決して油断などせず相手の動きや態度を追っていた。
「でも師匠が身体強化以外の魔法だけじゃなく、魔人としての感覚能力まで使っていないからこの結果になったんです。じゃなきゃ私なんて5秒で空を見上げることになります。」
「ふぉっふぉ。そんな謙遜せんとも10秒くらいは持つじゃろうて」
ゴルバチョフは楽しそうにニヤリと笑い、【身体強化】と魔人の身体能力だけを使い一瞬でルクレツィアの眼前に拳を突き出した。
ーそれ大して変わんないじゃないですかっー
ドンッ!!
大砲のような轟音を立て、風圧で木の幹には大きな穴が開いていた。それも、その木の後ろ一帯は扇状に茶色の土が見え、木っ端みじんとなった木や石がかろうじて残っていた。
がゴルバチョフの拳には何の感触もなく、すぐさま重心を低くし右足を軸に後ろを振り向き蹴りを入れた。
「っ…!」
ルクレツィアは腕をクロスさせ受け身をとった。しかし体の軽い子供には老人とはいえ大人の蹴りは重く簡単に吹き飛ばされ、ルクレツィアは顔を歪め数本の木を倒しながら止まった。
ゴルバチョフはじっと油断ならない目でルクレツィアの動向に目を光らせていた。動きがないが容赦ない殺気がピンポイントで突き刺してくるため、拳を握り臨戦態勢のままじっと弟子がいると思われる方向を睨んだ。
特大級の殺気が発せられた刹那ゴルバチョフの頭上や眼前に複数の木が飛び込んできた。それを拳や蹴りで目にもとまらぬ速さで粉砕しつつ、ルクレツィアを探していた。木が顔面に高速で投げつけられた際、幹単体ではなく葉のついたままの木を投げられたため一瞬だけ視界が塞がれていたのだ。ゴルバチョフは口角をあげたままあえて避けることをせず、真っ向から飛んでくるものを迎え撃った。
「ハッ!」
幼い少女の高い声が聞こえたと同時にゴルバチョフは鳩尾に衝撃を受けた。この好機を見逃さんと立て続けに攻撃を仕掛けるルクレツィアは、4歳の子供とは思えない動きと殺気であった。
「っ~!師匠の蹴りと私のではやはり話になりません…体が軽いせいで弾丸のようにぶっ飛ばされちゃいましたね…はぁ」
ゴルバチョフの拳を避けたルクレツィアは、自身のすばしっこさを生かしゴルバチョフの背後をとった。だがそれで簡単にやられる師なわけがなく、あっさりと返り討ちにされかなり遠くまで蹴り飛ばされてしまっていた。自然回復で傷は回復するが、あれだけ強力な蹴りを受けてもルクレツィアの身体には怪我一つついていなかった。
「身体強化をかけるとまた更に丈夫になるんですね…魔人の身体能力でもあの蹴りで無傷は怪しいはずなのに」
ルクレツィアは大きな木に体を預けたまま「ほぅ」と感心し、すぐに対策を考えた。ゴルバチョフに警戒させるため、殺気を向けたまま腕を組んだ。
ー師匠は今は身体強化だけで魔人の並外れた身体能力や五感は使っていないみたいですね。悔しいですが今はそれが救いです…。私のアドバンテージといえばこの小さい体と、すばっしこさだけ。圧倒的な体格差から関節技はおろか、骨を折ろうにも近づいただけでぶっ飛ばされる始末…。真っ向勝負は論外。
はぁー、あぁもう圧倒的不利ですわこれ!おまけに木に隠れながら近づこうにも、森の中不自然に開けたこの空間!あまつさえこのいい天気!やられた…師匠は最初から自分に有利なフィールドにしていたんじゃないですか!
チッ……木はかなり高く森の中は暗い。が反対にあの開けた空間は微妙に広く中心に移動された今では、わざわざ明るいところに出なくては師匠に届かない。もちろん一瞬で距離を詰めることはできるけど師匠の気をそれさないと真っ向勝負になって本末転倒。さらにいやらしいことに、これだけ森と開けた空間の明るさに差が出ると明順応で一瞬目が見えなくなる。くぅー!初めてのフィールドで興奮したりお昼ねしたいとか思っていた自分を殴りたい。師匠がそんな優しいわけないじゃないですか私のバカァ!ー
「はぁ…かくなる上は…」
ルクレツィアはクリムゾンレッドという森の中で恐ろしく目立つ服を裏返しにし、即席の白いワンピースを着た。子供の敏感な肌(魔人になってからは問題ないが)ように柔らかい生地の裏地が役に立った。
その後自分を受け止めきれず倒れた木や、周囲にある大きな岩を近くに並べ集めると軽く準備運動をし始めた。そして目を閉じ大きく息を吸い深呼吸をしたルクレツィアは、スッと開いた宝石のように輝く紫の瞳に最大級の殺気をのせゴルバチョフに向けた。
―ほんの一瞬だけ師匠の気をそらせれば!―
ルクレツィアはきれいに並べた木や岩を一定間隔で思いっきり投げた。木や岩を驚異的な腕力と指力で上や水平方向に投げ、それに紛れるように小さな体を低くし、とんでもない速さで飛翔する木や岩と共にゴルバチョフの懐に忍び込んだ。




