第三話(3/4)「やっぱり巨大イキリ女は侮れない」
やっぱり烏山ライカは、こちらの想像を絶対に超えてくる人物だ。
これまで、彼女の突拍子もない言動や行動に当惑させられてばかりだったが、今日の彼女が選んだ選択肢は、映画館、ゲームセンター、衣料店と、王道の真ん中を行くようなチョイスだった。
裏の裏をかくようなプランに、後輩二人は当初警戒していたが、次第にそれが杞憂だったことを知る。
映画はシリーズをいくつも重ねているミステリーものだったが、初見の咲哉たちも楽しめるものだった。人が殺されかけるサスペンスなシーンもあったけど、主人公のユーモラスな振る舞いが雰囲気を中和しており、どこをどう切り取っても万人向けの内容だった。
「どうだった?」
「意表を突かれました」
「……そうだろうそうだろう、まさかヒロインの隠し事を逆手に取るなんてなあ!」
「そういう意味じゃないわよ。こっちはあんたが一体どんな奇をてらったものを見せてくるものかと勘繰っていたのに」
「なんだ、誉め言葉だったのか。お前たちは私を何だと思ってるんだ?」
「今更とぼけないでよ、自分が変わり者って認識はあるくせに」
小鳩は口をとがらせるが、ライカはまるで意に介さない。
「先輩はミステリーがお好きなんですか?」
「特別そういうわけでもないが、このシリーズはスピンオフも含めて全部観ているな。話はシンプルだがいつもミスリードが巧くてな。日常では味わえない快感がクセになる」
「意外なものね。あんたが興味を持つ人間って、サクしかり昔の私しかり、裏表のない素直な人間ばかりだと思っていたけど」
「それとこれとは別だ。私だって、他人に翻弄されたいときもあるさ」
ゲームセンターは大半の時間を、最上階のバッティングセンターで過ごした。ライカはお手本とばかりに快打を連発して咲哉からひとしきり賞賛の言葉とまなざしを味わったあと、満足げな表情はそのまま、直々に技術指導を行う。
「タイミングは合っている。あとは手首を返すのを意識してみるんだ」
「手首を返す?」
要領を得ない少年のために、ライカは抱きかかえるような格好でスイングの軌道を示した。
冷たい手に、暖かい手が重なる。
「……これがやりたかったんですか」
「気づくのが遅かったな。さあ力を抜いて、なすがままにされるがいい」
「前々から聞きたかったんですけど、先輩は手のフェチなんですか?」
密着された戸惑いをごまかすようにそう尋ねると、一瞬、彼女はさするように動かしていた腕を止める。
「いや?特別そういうわけでもないが、お前の手はふっくらしているし、血色も良いからな」
結局なかなか打球を前に飛ばせないままケージを出た後、少年は手の甲を小鳩に差し出してみた。
「――と先輩は言っていたんだけど、どうだ?」
「別段、綺麗とも汚いとも、触りたいとも触りたくないとも、特に何とも思わないわね」
にべもないコメントだった。
衣料店では、小鳩を着せ替え人形にして楽しんだ。
ライカ自身は着られる服も限られているから、さしてファッションには明るくないんだろうと想像していたが、彼女のチョイスはどれも不思議としっくりきているように見えて、咲哉は再び賞賛の言葉を連発した。
そこにはモデルである小鳩への誉め言葉も当然含まれていて、彼女もまたまんざらではない様子だったが、次第にいつもの比ではないくらい表情が硬くなってきたかと思うと、
「なんだかワイセツな視線を感じる」
そう言って、試着室に引っ込んだまま出てこなくなった。
咲哉が慌てふためいていると、小鳩は顔だけ出して、
「念のため言っとくけど、サクのことじゃから」と補足する。
「そもそもあんたとはなかなか目が合わないし」
「おいおい小鳩、ワイセツなのは私だというのか?」
「特別そういうわけもあると思うんだけど」
「確かにお前の一部分を凝視していたのは認める。ただ私は、中学の頃のお前はかなり着やせしていたのに見るからに肉付きが良くなっているから、今は正味のところ一体いかほどのものなのかとだな」
「それをワイセツって言うの!」
滔々とした語り口が、シャッというカーテンの音で遮られる。本当に逆鱗に触れてしまったのかと思ったけど、やがて彼女は何事もなかったかのように出てきて、試着していたものをレジに持って行った。
――そしてとっぷりと陽も暮れた今、三人はレストランで夕食を取っていた。
最後くらい二人きりの方がいいでしょ、と小鳩は固辞しようとしたが、三人で予約を入れたから、とライカは強引に彼女を引き留めた。
ピークタイムも終わりかけていたようで、入店してすぐに店内は静かになった。「RESERVED」と書かれたプレートの乗った窓際の座席を見た少年の脳裏に、不意に点と線が結びつくイメージが駆け巡り、やがて彼はあることを悟った。
それを指摘したのは、テーブルの上のあらかたを平らげてからだった。
「どうだった、少年。この一日、楽しんでいたように見えたが?」
「……先輩はどうだったんですか」
「おやおや、逆質問とは珍しいな。私が連れ回したのに私が楽しくないわけないだろう」
「でも先輩、俺のリクエストに応えてくれてますよね」
サングラスの向こう側で、瞳が一瞬くすんで見えた気がした。
「どういうこと?」
小鳩がいぶかしんでみせる。
「俺、昨日『周りの目が気になる』って言いましたよね。それで予定を変更したんじゃないですか。映画館は当然、暗いから誰も気づかない。ゲーセンはずっと人の出入りの少ない最上階にいた。服屋も店の奥にある試着室の前からほとんど動かなかった。おかげで今日は、ふだん学校で感じるまとわりつくような視線を、ほとんど感じなかった」
「……ほう」
「俺たちがいま座っているのも、入り口から一番離れた奥の座席。わざわざ予約したのが、店内に入らないと絶対に見えない座席。これが全部偶然ってことはないんじゃないですか?」
ライカは微動だにせず、ただ腕を組んで愉快そうな表情をしていた。
「図星なの?」
「あと少ししたら、私の方から話すつもりだったんだがな」
少女はサングラスを外して、自分の額をなでる。
「らしくなかったかな。先輩すごい!って誉めそやされたい、その一心だったのに」
「すごいのは確かですよ。ほんの一言話したことを覚えていてくれて、実行してくれるなんて。俺もこの店に入るまでは何も感じなかったですもん。ただあまりにも完璧だったがゆえに、気づいてしまいました。自分はワガママじゃない、意志が強いだけだなんて言ってましたけど、あれは本当だったんですね」
「やはり賢いな。相変わらず人を持ち上げるのも上手じゃないか」
「これはお世辞なんかじゃありません、心底本音です」
瞳を閉じたまま、ライカはくつくつと笑った。
「念のため言っておくが、決してお前に合わせたわけじゃない。私がやりたいことの中で、サクが楽しめそうなことを拾い上げただけだ。そしてそれをお前が喜んでくれたのなら、何よりだ」
言いつつ、正面に座る咲哉に手を差し出す。これまでと異なり、明確に手のひらを上に向けていた。
もはや強引に行く必要などない、彼が自らの意志で掴んでくれると確信している。
「やっぱり私はお前が好きだ。私のよき理解者となってくれるであろう、お前が好きだ。今日こそこの腕、とってくれるな?」
大胆不敵なポーズと宣誓に、少年は未だかつてないほどに心をかき乱されていた。
度々お待たせして申し訳ありません。
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