第三話(2/4)「僕たちは余裕がない」
ライカの振る舞いからは、いかに自分が魅力的な人間であることを自覚しているか、というのが常に伝わってくる。
一般論で言えば、他人の自慢話ほど聞いてて辛いものはない。
有言実行より、不言実行の方がかっこいい。
「だけどさ、それは俺を……その、口説こうとしてくれてるんだから、別段おかしなことじゃないんじゃないのか。自分は何のとりえもないって言ってる人間と、私は内面も外見も魅力的だって言ってる人間だったら、普通後者を選ぶだろ」
「恋人っていうのは、普通対等なものでしょ。そこんところがすっぽり抜け落ちてるみたいなのよね。先輩だからって、年下の男の子を振り回していいわけじゃないでしょ」
「それはそうかもしれないけど」
「まあ、散々こうやって『何々であるべき』とか『べきじゃない』って言ってる私も、正直なところ片思いすらしたことないんだけどね」
何と答えていいのか、よく分からなかった。しばし、沈黙が流れる。
「先輩、なかなか来ないな」
「私と二人きりでいるの、どう?辛い?」
「いきなり何だよ、辛いわけないだろ」
「でも、昨日昇降口で」
「……ああ」
情けないやり取りを思い出し、唇をかみしめる。
「完全に心あらずって感じだったから思わず声をかけたけど。無神経だったかなって」
「悪かったのは俺だよ。先輩のことで頭がいっぱいになってて。気を遣ってくれたのに分からなくて」
「私は別に、」
「お前こそ、俺といて辛くないのか」
「どういうこと?」
小鳩は本気で首をかしげる。
「俺はいつもいつもお前に冷たく当たってさ。本当は感謝してるのに」
「クラスメイトにペコペコしてる方が変でしょ」
「だけど、悪意はなかったんだ」
「そこまで自分を責めなくていいわよ」
「!」
ややあって、いちばん堪える返事が戻ってきた。
一口すすってから、彼女は続ける。
「かくいう私も、ライカのことを認めるがゆえに散々罵ってるわけだし。私も似たようなことを現在進行形でやってるわけだし、あんたを非難する資格はないかなって」
「……!」
「ライカに助けられたことは何回もある。憧れたことだって数えきれないくらいある。だけど私はあまり心に余裕がないから、そんな劣っている自分が認められなくて、素直に感謝するどころか、良くないところばかりに目をつけてバカにしてばかりいる」
「分かる……それ、すげえ分かるよ」
「ふむなるほど、お前たちはそんなことを考えていたのか」
急に腕を掴まれる。腕を振りほどくようにして立ち上がりながら振り返ると、烏山ライカが座っていた。
薄く色の入ったサングラスをかけているとはいえ、見間違えるわけがない。彼女もまた素っ気ない男子のような格好だったが、もともとの素材を活かすには十分だった。
小鳩はひじをついて乗り出したポーズのまま、硬直。マンガだったら冷や汗を髪の毛いっぱいにかいているところだろう。
「すみません先輩、気が付きませんでした」
咲哉はみっともなく何度も頭を下げる。まさしくペコペコという擬音がしっくりくる様子だ。
「何、あんまり楽しそうだったから、思わず気配を殺してまで傾聴していただけだ。一時間前から奥の席で待っていたんだがな」
「えっ、あっ……!?」
彼女のトレイの上には、食べかけのロールケーキと、それとは別種のロールケーキの食べかす、そして四桁の支払いを示すレシートが乗っていた。なぜ自分は店内に背を向けて、カウンター席でずっと外と出入り口ばかり見ていたのか。自分の方が先に来たはずだと、思いこんでいたわけでもないのに。やはり舞い上がっていたのだろうか。
「どうした?鳩が豆鉄砲食ったような顔をして」
「ほ、本当にすみません。自分も三十分以上前に来てたのに」
「くすっ、正直者だな。約束の時間には間に合っているんだから、謝ることなど何もない。そもそも私の方からお前たちが来てないものかと、もっと早く見て回るべきだった」
「ですが……」
女性というのは、皆このように寛大なものなのだろうか。
「へりくだるのはもういい、だいいち何もせず待ちぼうけを食っていたわけではないのだ」
言いつつ、ライカはポケットからスマホを取り出す。
「ただ今後のためにも、連絡先を交換しておこうか」
あまりにも自然な流れで、二人はラインを交換することになった。
「小鳩、黙って見てないで、ついでにお前も」
「私、ケータイ持ってないから」
「相変わらずだな、困らないのか?」
「別に?失くしたら大変でしょうけど、最初から持ってなければそれが当たり前だもの」
「私はお前と密に話したいこともあるんだがな」
交換を咲哉に任せたライカは、黙って小鳩を見つめてニヤニヤしている。
「……ねえ、さっきはどこから聞いてたの」
小鳩はおそるおそる聞き出す。
「巨大イキリ女がどうの~ってあたりからだが」
ゴト、と音がした。咲哉がコントのように手を滑らせ、スマホをスマホの上に落としていた。危うく画面にヒビが入るところだったが、済んでのところで免れる。
「……ほぼ最初からじゃない」
「お前たちの本音を聴く実に良い機会だった。やはりお前たちは陰口など話さない好人物なのだな」
「今のを陰口だと思わないのは先輩だけですよ」
普段から見透かしているだのなんだの言われても、実際に本音を聴かれるのはたまらなく恥ずかしいものだった。気まずくうつむく後輩二名をよそに、烏山ライカは心底楽しそうに笑っていた。
大通りのほんの数十メートル先が、陽炎で揺らいでいる。目の前を、小型の扇風機を手に持って歩く人が通り過ぎる。やや曇ってはいたものの、今日も今日とて掛け値なしに暑かった。
喫茶店を出た三人は、駅ビルに向かって歩き出す。
「何か行きたい場所はあるか?」
「すみません、特には……」
「私がエスコートすると言っただろう。一応聴いただけだ、謝らなくていい」
ショーウインドウに移りこんだ自分たちの姿を見ると、確かに一瞬男子三人組に見えて、少し気持ちが楽になった。もちろんライカのボリューミーな髪や小鳩の丸みを帯びたシルエットは明らかに男子のそれではないのだが、それでも錯覚してしまうのだからファッションというのは面白いものだ。
「改めて宣言しておくが、サク、今日はお前との告白をやり直そうと思ってな」
「えっ……ええ?」
「ああ、私が好きだ、というところからな。今度は横槍が入っても無視する。そのためにお前が、心を昂らせることを第一にプランニングしている。心地よく翻弄してやろう」
「俺、心地よく翻弄されちゃうんですか……?」
三人が駅ビルに入ったそのとき、透明な自動ドアに映りこんだ自分と小鳩の顔は、あからさまに「嫌な予感がする」と言っていた。
度々お待たせして申し訳ありません、
本文はほぼ完成しているのですが、話の流れが不自然なことに気づいてしまい、全く新しい場面を一から書き足していたらえらく時間がかかってしまいました。
次回こそ7日中に更新したいと思います。頑張ります。