第三話(1/4)「溶けだした感情はごまかせない」
初めてのデートという出来事に、女々しいときめきと不安が混然一体となっている。
土曜日の昼過ぎ、駅前の喫茶店のカウンター席で、咲哉はライカを待っていた。
待ち合わせの時間に三十分以上余裕を持ってきたのに、緊張のあまりアイスカフェオレは一口も飲めておらず、気づけばすっかり溶けた氷が上部に水だけの層を作り出していた。慌てて飲もうとするも身体が受け付けず、むせてしまいそうになる。やむなくストローでかき混ぜるだけに留める。
ここ一週間に限れば彼女とは家族よりもたくさん喋っているのに、デートという名目がつくだけでここまで平常心を忘れてしまうものなのか。
不安の理由は、単にトラブルなく、無事平穏に一日を終えられるのか、という健全な青少年共通のそれだけではなかった。
昨日の別れ際、ライカが咲哉だけ先に帰らせ、小鳩に何事か耳打ちしていたのが気になっていたのだ。耳打ちされた彼女は、戸惑いの表情を浮かべていたように伺えた。単に明日は来なくていいとか、明日も来いとか、そういう話ではないだろう。
(待つ時間がこれほどまでに長く辛く感じると知っていれば、もっとギリギリに来たのに)
目を皿のようにして、窓の外を見る。存在感たっぷりの彼女が現れたら、たとえどんな格好をしていても遠目にも分かるだろう。
何度もスマホの時計を確認する。まだ十分以上猶予があるとはいえ、焦れた感情がどんどん不安の方向に傾いていく。
右隣から、カタンとトレイを置く音がしたのはその時だった。。
「どう?見つかった?」
耳に馴染んだ声だった。ばつの悪そうな顔をした野水小鳩が、隣のカウンター席に座るところだった。
驚きのあまり、少年は声も出ない。
「なに、来たら悪かったわけ?」
「そうは言わねえけど。お前、その格好」
小鳩はつばのついた帽子にボーダーのシャツ、紺色のジャケットと、あまり女子らしくはない格好をしていた。
「似合ってないなら、素直にそう言って欲しいんだけど」
「いや……そこまでは」
「本当に?」
「あんま覚えてないけど、小学生の時とずいぶん趣味変わってないか?」
「あの巨大イキリ女の差し金よ」
小鳩は自嘲気味に吐き捨てる。
「巨大イキリ女て」
「こういう格好をしたやつがいれば、少年の緊張もやわらぐだろう……とかなんとか言ってたわ」
「まあそりゃ、二人きりよりはよっぽどいいけど」
「なーんかズレてるのよね。せめてもう一人男がいれば、ダブルデートになるのに」
小鳩はミルクティーを飲む。つられて咲哉もようやく口をつける。今度は普通にすすることが出来た。 ふとリラックスしている自分がいることに気づく。小鳩と普通に話せていることにも。ライカに対する緊張で、小鳩との感覚まで狂ってしまったのだろうか。
「先輩って、男友達とかは」
「いるわけないでしょ、あの性格で」
「でもすげえ美人だし、頭も良さそうだし」
「誰もついていけないわよ。あくまで中学の時の話だけど、ライカは本当に浮いてたし、本人もそれは認識してる。でも、それで構わないって風だった。だから恋愛なんてもってのほか。私がこうして昨日も今日もお節介しているのは、サクが奴隷にされるんじゃないかと純粋に心配で心配でならないわけ」。
「奴隷って」
「悪意があるならまだ良い。でもあの巨大イキリ女の考える恋人っていうのは、世間の考える主従関係そのものなんじゃないかって思えて仕方ないの。今日だって、『デートという概念をどのように捉えているのか』って根底から揺るがすような事件があるんじゃないかって、他人事ながらビクビクしてる」
「……巨大イキリ女って言い回し、気に入ったのか?」
今日の小鳩は、妙に饒舌だ。
「烏山ライカを一言で表すのに一番的確な表現だと思うの」
小鳩はミルクティーをごくごくと飲む。はぁ、と息をつく。
「先輩もよく分かんねえけど、俺はお前のこともよく分かんなくなってきたよ」
「え?」
「お前がライカのことを心底嫌っているのは分かった。だけど、どうもそれだけじゃないっていうか」
「言ったでしょ、尊敬できる点はたくさんあるけど、本人は尊敬できないって。単に憎いだけなら避けるだけだけど、認めているところがあるゆえに、モヤモヤしながらこうして付き合っちゃうわけ」
「そういうもんか?」
「自分のすごいところって、無暗にひけらかすもんじゃないと思うのよ。そういう意味ではあいつは完全に反面教師なのよね」
「……!」
「何かおかしなこと言った?」
「いや、その逆だ。ハッとなったわ」
お待たせして申し訳ありません。短くて申し訳ありません。
次回も出来るだけ、5日中に更新したいと思います。頑張ります。