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尊大な彼女は卑屈な僕を撃ち落とせない  作者: まこすけ
最終話
25/25

最終話(2/2)「尊大な彼女は卑屈な僕を……」(後編)

 時計の針は、午後九時を回ったところだった。

 駅の改札で皆と別れてから、咲哉はこっそりと学校に戻ることになった。

 十二時間以上連続で動いたり緊張したりしているが、疲労感はなかった。アドレナリンが分泌されているんだな、と変に冴えている自分がいる。

 丘の上から、涼しい風が吹き降りてくる。鈴虫の鳴き声とコオロギの鳴き声は、夏の終わりと秋の到来を確かに思わせるものだった。

 街道沿いのコンビニに、人影は見当たらない。

車通りはそれなりにあったものの、明かりのついた民家も今まさに眠りに着こうとしているかのようだ。

 校門の前に辿りつくと、制服姿の彼女が悠然と立っていた。

わずか数時間でどうやったのか、まっすぐだったはずの髪の毛はいつものように大きく広がっている。秋風にざわざわとなびいているのが、暗がりの中でもはっきりと見えた。

「待っていたぞ」

「打ち上げ、行かれたんですか」

「ああ、だからこそこの時間になってしまったんだ」

「だったら駅前で落ち合えば良かったんじゃないですか」

「いや、駅前じゃない。反対側だ。この街道の突き当たりって言えば分かるか?そこにあるレストランだ。そこしか予約が取れなかったらしくてな」

「通りがかったこともないけど、結構遠いんじゃないですか」

「私は自転車があるからまだ良いが、流石にみな疲労困憊で、一次会だけでお開きとなったよ。今日もママチャリだから、荷台に乗せてくれとせがんでくるやつもいてな」

 二人は振り返る。アーチや立て看板をわずかに残して、ひとまずの役目を終えた校舎を見上げる。

「じゃあ、行くか」


 忘れ物をしたと話すと、守衛は親しげな態度で簡単に鍵を渡してくれた。どうやらライカは顔を覚えられているらしい。

 目的地は、言わずもがな共有されていた。

立ち入り禁止を示すであろう三角コーンを、ためらいなく乗り越えて進みゆく。

 二人がたどり着いたのは、もはや思い出と言って良い場所、一番端の空き教室だった。

 締め切られた部屋は蒸し風呂のような空間だったが、窓を開けると、やはり涼しい風が吹き込んできた。

 照明を点けずとも、月明かりが二人を照らしている。鈴虫の鳴き声も聞こえてくる。

「さて、生徒会室での続きを始めようか」

 差し出された手のひらを、少年はあっさりつかむ。

「先輩、好きです。俺の恋人になってください」

 ライカは結びついた手をじっと見つめる。一瞬笑ってくれたが、すぐ口をへの字に曲げる。

「……なんかあっさりしすぎて、面白くないな」

「すみません、ここまで引っ張り過ぎましたよね」

「落とすのに苦労した分の見返りが欲しいところだな」

 言うや否や、彼女は一瞬でYシャツを脱いだ。

クラスTシャツ姿になって、抱きしめてくる。

「!?」

 身長差を活かした、包み込むような抱擁だった。

 首筋から弾けるような甘酸っぱい匂いが立ち込める。

 それでいて、手は指を絡めて離さない。

 二つの意味でかなわないのを承知で本気で力をこめるが、なしのつぶて。抑えつけられるというより、無力化されているという感触を得る。

「残念だな少年、お前があと十五センチ高ければ、このまま唇を重ねることが出来たんだがな」

「十五センチって……それ、もう俺じゃないと思うんですけど」

「ちなみに私は背中から抱きつくのが好きなんだが、お前はどうだ?やはり向き合う方がオーソドックスなのか」

「……」

「どうした?」

「前から言おうと思ってましたけど、それすごい胸当たるんですよね」

「やっぱり気になるか?」

「わざとじゃないんですか?」

「わざとじゃない。小さなころ、知らない男の子にされたことがあってな」

「えっ?」

 少年を抱いたまま、ライカは机に腰かけて語り出す。

「変な話じゃない。市内の小学校が合同で運動会をやったことがあってな。この町にずっと住んでいるなら、覚えているだろう?」

「ああ、そういえばそんなことありましたね」

「そのときも、ちょうど今年の体育祭みたいに、私がリレーのアンカーでまくって逆転優勝したんだ。そのとき同じチームに振り分けられた違う学校の子たちと仲良くなっていてな、私がゴールした瞬間、彼らが歓喜の雄たけびを上げながらグラウンドになだれ込んできたんだ」

「……えっ?」

「なにぶん初めてのことで、現場も混乱していたんだろうな。制止する大人が誰もいなかった。だが、我がことのように喜んでくれたのが嬉しくて、それで後ろから抱き着くという行為が自然になってしまった……ってどうした?」

 咲哉は、月明かりの下で目に見えるほどに冷や汗をかいていた。

「それ、知ってます。っていうか、その時先輩に抱き着いたうちの一人って、多分俺です」


「……なっ!?」

 抱きしめる腕が緩み、少年は開放される。

 ずっとふてぶてしい笑みや高笑いばかりしていた彼女が、初めて動揺をみせていた。

「先輩、ずっと覚えていてくれたんですね」

「いや……その、背中越しだからよく分からなかったんだ。おそらく自分より年下かなとは思っていたが……」

 ライカはたじろぐ。咲哉以上に慌てふためいている。

「そのとき仲良くなった子同士で、運動会の後も何度か遊びましたよね」

「あった……気がする。それじゃあ何か?私は、私の人格形成に大きな影響を及ぼした少年と、そうと知らずに執着し続けていたのか?そんなの……本当に運命そのものじゃないか」

「先輩、運命運命言ってたじゃないですか。何度も」

「流石にこれは出来過ぎだ。いや……七年ぶりくらいか……?」

「先輩!」

 後ずさる彼女がこのままどこかに消えてしまえそうに思えて、咲哉は反射的に彼女の手を掴もうとした。

 そしてうっかり彼女の足を踏んでしまい、二人は転んでしまう。

「……!」

 足を踏みつけたこと、そして今お腹に頭突きをしてしまったことを詫びようとして、それは脳裏から吹っ飛んだ。

 身体を起こそうとしてから、自分がライカを押し倒す格好になっていることに気がついた。

 いつもと違う、そして体格に不釣り合いな弱々しい態度も相まって、少年は自己嫌悪以上に興奮していた。

『私だって、他人に翻弄されたいこともある』

 そう話したのは映画を観たときだったか。

 人は極度に興奮すると自分の心音が聞こえることを、彼はこのとき初めて知った。


 しかし、三日天下ならぬ三秒天下だった。

 柔道の技でもかけられたかのように、体勢をひっくり返される。

 あっと思う間もなく、マウントを取られていた。

 文字通り尻に敷かれる体勢で見上げる彼女は山のように大きく、いつも通りの、いやいつも以上の妖しい輝きを放っていた。

 さながら月下の狼のようだ。

 決して覆らない圧倒的優位に満足し、あとは相手をいかに扱うかに愉悦を覚えている。そんな風に思えてならなかった。

 少年は直前の自分を高い棚に上げて、これから彼女がするかもしれないことに恐怖した。

 しかし、ライカは本当の意味でわがままな少女ではなかった。咲哉の態度に、怪訝な表情になる。

「む……こういうことではなかったのか?」

「なかったみたいです」

「なんだ、それならそれでいい」

 ライカは立ち上がって背を見せ、スカートの裾をはたく。

「謝ってくれるなよ。その代わり、さっきの私を見なかったことにするが良い」

「はい……」

 自分でも驚くほど情けない声が出た。

「そろそろ守衛の人が捜しに来るかもしれないな、帰るか」


 何度となく行き交った、駅へと向かう四車線の街道を二人きりで歩く。いよいよ人の気配どころか、車すらたまにしか通らなくなった。

 緩やかな弧を描いた、緩やかな下り坂。

 満ちた月はまぶしく、周囲の星を霞ませるほどだった。

「なあサク、キスしないか」

 自転車を押す彼女がそう言い出したのは、帰りの下り坂のことだった。

「えっ、今なんて……」

 間抜けな声に、ライカは動じない。

「言い直そうか。サク、キスをするぞ。このまま別れるのは惜しいからな」

「俺に選択肢はないんですか?」

「嫌がっているのは口先だけだろう?お前の感情が追い付かず整わないのなら、疼いた私が無理やり、という体でも構わないが」

「……それは流石に」

「気持ちが追いついてないみたいだな。よし分かった。じゃあ取引だ。またお前のことを褒めてやろう」

「は?」

「夕方、お前のことを褒めたよな。他人を素直に褒められるのはすごい、目標とする人間が身近にいるのはすごい、とな」

「え、ええ」

「あのときは言いそびれたが、その他にもあったんだ。私が気づいた、おそらくお前自身は気づいていない最大の長所がな。それを話して、もしお前の心が揺さぶられたら、大人しく私に唇を譲るがいい」

 どう転んでもおいしい話だ。しかし、

「心を揺さぶる、ってどういうことですか」

「セルフジャッジで構わない。あ、今心揺さぶられてるな、って思ったら、だ。ごまかせるものなら、ごまかしてみるがいい」

こんなことでも自信たっぷりらしい。

「へえ……良いですよ。あのときは突然褒められたから刺さったけど、こうやって前フリされて効くわけないじゃないですか。受けて立ちましょう」

 言いつつ、フラグになる予感があった。

――彼女は絶対に、俺の想像を超えてくる。

 頑なになっていたこちらの感情を覆してみせた、あの烏山ライカなのだから。

少女は歩きながら、わざとらしく眼を閉じる。

そして、しばらく溜めをつくってから眼を開いた。

「いいか?」

「ええ」

「――お前は自己謙遜が出来る。以上だ」

「は?」

 強烈な右ストレートが飛んでくると思って身構えたら、軽いジャブだった。肩透かしもいいところだ。

「ピンと来てないようだな。この一か月、私がどんなことでお前を褒めたか覚えているか?」

「いや……」

 彼女は指を折りながら朗々と語り始める。

「そうだな……まず、デートの別れ際に『お前の誉め言葉には力がある』と本気で言ったら、『買い被らないでくれ、気のせいだ』と言ってみせた。お世辞でない、本気の言葉だったのにな。

 始業式の朝は私より早く来たことを褒めたら、『自分に出来るのはそれだけだから』と真顔で語った。

 そして今日は私のポーカーの戦略を看破したことを『賢いな』と評したら、『それを考えた本人には及ばない』とあくまで私を立ててくれた。他にも色々あった気もするが」

「そんなことですか?」

「そんなこと、だと?今こうやってはっきり思い出せると言うことは、それだけ私が衝撃を受けたと言うことだぞ。お前はいつも、私以上に私のことを褒めてくれたが、その時、私は一回でも『大したことない』だの『別にすごくなんかない』だの言えたか?いつもまんざらでもないって態度だったろう?お前に与えられた快感に浸ってばかりだったろう?」

「でも俺のは謙遜じゃなくて、本気で否定してるだけですよ」

「私からしてみれば、同じことだ」

 交差点の前で、彼女はうんと近くに寄ってくる。

 恋人同士の間合いに突入する。

「私の中にもな、もっと他人をリスペクトしたいという気持ちはあるんだ。その格好の対象がお前というわけだ。

 自らが傷つくことをいとわず、私のことをリスペクトしてくれる、わたしがリスペクトに値すると断言できる唯一無二の存在。

 それが桜尾咲哉、お前なのだよ」

「――!」

 軽いジャブの連打で生まれた隙に、会心の一撃が叩き込まれた。

 その淀みない語りに、返す言葉はなかった。彼女の言葉が、愛が、脳髄の最深部まで到達していた。

 自分が心を揺さぶられた事実をごまかすことは、到底出来そうになかった。

(この人は、もはや俺にとっても失うことの出来ない存在だ)

 少年の沈黙が、全てを物語っていた。

「私の勝ちみたいだな」

 交差点を渡った先に、都合よく公園があった。

 ぼんやりと光る街灯の下のベンチの前に、烏山ライカは自転車を止めた。

 座っている間に、少年は身体を硬くする。

 インフルエンザの予防接種を思い出した。針が身体に刺されるのは怖いけど、それ以上にいつ針が刺さるのか分からないのが怖いから、いつも懸命に目を見開いていた。今回も全くの同様だった。

 隣に腰かけたライカは、今までで一番穏やかな表情になっていた。

 大きな大きな慈母だった。

「すっかり怒り肩になってるじゃないか。私も初めてなんだから、リラックスしろ」

「そう言われて、緊張しない方がおかしいじゃないですか」

「私のワガママなんだから、受け身でいいんだ。されるがままでいい」

「そんなこと言われたって……」

「これからいくらでもキスくらいするし、お前からいつでもしてくれていい。だからこれは、何百回とするうちのほんの一回に過ぎないんだ」

 その力強い宣言に、不意に緊張が紛れた。

 もし彼女以外の人間に同じことを言われたら、来週には仲たがいしてるかもしれないじゃないか、とか醒めた思考もよぎったことだろう。

 しかし他ならぬ彼女に言われては、そこには女々しいときめきしかなかった。

 ライカが、長い腕の長い指を伸ばす。そうして咲哉のあごにそっと触れる。

 知らず知らずのわずかにうつむいた表情が起こされ、二人は見つめあったまま、顔を近づけていく。動悸が激しくなっていく。

 そしてわずかに重なった刹那、みぞおちをえぐるような激痛が咲哉を襲った。

 いきなり顔をしかめ、その場にうずくまる。

「ど、どうした?」

 さしものライカも動転した様子で声をかける。

「……胸が」

「胸?」

「し、心臓がバクバク言い過ぎて……すごく痛い……」

 気が付けば、首筋に脂汗が流れ、袖先に鳥肌が湧いていた。

「本気で発作でも起こしたかと思ったぞ。無理をさせたか?」

 笑みを浮かべたライカはしゃがみこんで、そのまま咲哉の背中をさすってくれる。その優しさの前では、情けないとさえ思えなかった。

「すみません……」

「いやしかし、さっきお前に押し倒されたときに一瞬見せてくれた、あの表情は何だったのかという気もするんだがな」

「うっ」

 痛いところを突かれて、別種の痛みに襲われる。 

「力づくでは敵わないと骨身にしみて知っていながら、まるで優位に立ったかのようなあの表情。やはりあのとき、お前は私の想像を超えてくる存在だとと思ったんだがな」

「蒸し返さないでください。あれは本当に、気の迷いです」

「なかなかロマンティックにはいかないものだな、ふふふふ」

 つられて、咲哉も苦笑いするしかなかった。

 心の底に根ざしていたはずの、彼女に対する恐れは、あっという間に薄らいでいた。少し追いついたのかもしれなかった。

 やがて二人は立ち上がり、いけないと知っていながら、自転車の二人乗りをする。

 ライカに促されて、咲哉はサドルを下げてからハンドルを握りしめた。

 ライカが荷台に腰かけて、咲哉にそっとつかまって。

 咲哉はペダルをこぎながら、後ろのライカを確かめて。


 ゆっくりとこの場所を惜しむかのように、進み始めたのだった――。

全部読んでいただいた方、本当にありがとうございました。


最後なんで自分語りすると、最初は「毎日更新する」「自分の性癖と向き合う」というのが目標でした。


ところが次第に「自分のコンプレックスと向き合う」というのも大きな要素になり、それに追われるようになり、もはやお話としての体裁さえ、自分では良く分からなくなってしまいました。


でも何とか一ケ月で予定通り完結させることが出来て、本当に良かったです。

多分話のつじつまとか誤植とか、たくさん直すところがあると思うので、後日頑張って修正します。


読んでくださった方、評価してくださった方、ブックマークしてくださった方に改めて感謝申し上げます。



【追記】

10/11 全ページ推敲が完了しました。

文章がつながってないところや誤植がたくさんあって情けなくなりました。

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