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尊大な彼女は卑屈な僕を撃ち落とせない  作者: まこすけ
第七話「文化祭二日目」
23/25

第七話(3/3)「もう何も怖くない、怖くはない」

 彼女が自分に興味を持ってくれた理由は分かった。

 だけどそのことと、果たして彼女とうまくやっていけるかは別問題ではないか。

「先輩」

「どうした?」

「聞いてて、なんか引っかかったことがいくつかあるんですけど」

 彼女はありのままを打ち明けてくれた。

 ならば、こちらも後悔も憂いもないよう、彼女と正対しなくてはならない。

 他人が褒めてくるという、直視しがたい現実を認めないといけない。

「ノートを褒められたからって言いますけど、本当にそれだけですか。誰が見ても先輩のノートは、綺麗だったと思いますよ」

「そうだな」

「えっ……」

「この部屋には、二日間通しでいた。中学生だけで五十人は来てくれた。ノートを二十人は手に取ってみてくれた。だがあんな風に食いついたのは、後にも先にもお前だけだ。言いたいことはそれだけか?」

 言いつつ、ライカは一歩近づいてくる。

「いやだから、感心したって人、俺以外にもいたと思いますよ」

「それは想像上の話だろう、現実はお前だけだった。そもそも、すごいと思ったものをすごいと素直に口にすることが、どれだけ凄いことか分かってないようだな。かくいう私にも難しすぎる」

 ゾクッ。

(先輩が、俺の知らない俺のことを褒めている。他人には出来ないということを、褒めてくれている)

 強烈な快感と身体を突き刺すような悪寒が、ないまぜになって襲ってくる。

「直接話すことにこだわっていたのは、そういうことだったんですね」

「ああ。もしアンケート用紙か何かに書かれていても、きっとお前の熱量は伝わらなかった。数日で忘れていたことだろう。お前が直接褒めてくれたからこそ、深く心に刻まれたのだ」

「そんなこと……」

 それは反射的に出した言葉で、本音ではなかった。

「どうした少年、もう終わりか?」

「……まだあります。いくら先輩は、俺のことを気に入ってくれたと言っても、俺は覚えてもなかったんですよ。雰囲気はそんなに変わってないですよね」

「そうだな。多少背は伸びたが」

「去年のあの日も、先輩はきっとまぶしいくらいに綺麗な方だったと思うんです。でも、全然印象に残っていません。

 確かに、この人のノートうまいな、参考になるなとは思いましたけど、それはそれ、これはこれ。あのとき、俺は目標であるタカさんのことばかり考えていました。その場にいないタカさんしか見えていませんでした。話しかけてくれた先輩のことなんかまるで見えていなかった。ああ、やっぱり俺は救いようもないクズじゃないか」

「いい加減にしろ」

 静かに、しかし良く通る声で喝破される。

「自分を卑下して内なる感情をごまかすんじゃない。お前はクズなんかじゃない。言いたいことはそれだけか?」

 言いつつ、ライカはまた一歩近づいてくる。

「他人を妬むのではなく、憧れ追いつこうとするということが、どれだけ凄いことか分かってないようだな。かくいう私には、目標の対象を見つけること自体、難しすぎる」

 ゾクゾクッ。

(先輩が、俺を持ち上げてくる。自分には出来ないということを、持ち上げてくる)

「そんなこと、ありません。そんなこと……」

 それは反射的に出した言葉で、もはや本音ではなかった。

「どうした少年、もう終わりか?」

「あとは……あとは……」

 咲哉は、頭が真っ白になっていた。

 考えなきゃということを考えるだけで、頭がいっぱいになっていた。

「なあ、嫌いになる理由を一生懸命探すのは、もう止めないか」

 言いながら、彼女はますます歩み寄る。思わずその分後退する。

 近づいてくる彼女から逃れようとして、後ろから引っ張られたみたいに身体が後退していく。

 そして、当たり前のように壁際に追い詰められた。

 広い部屋の片隅に、割り込む余地のないくらい密着した二人。

「きっかけはささいなことだったかもしれない。だがこの一ケ月、お前と共に過ごして、嫌なことなど一つもなかった。こちらも惚れられた弱みにつけこんで、好き勝手させてもらった。何か嫌なことはあったか?」

「そんなことは……ありません」

 本当は視線だけでも逃がしたかったけど、それが出来ないくらい、追い詰められていた。

 手を壁についたライカは、恍惚とした表情をしている。

「ああ……念願の壁ドンだ。どうだ、ときめいているか?私は今、力いっぱいときめいているぞ?」

「……やっぱり、俺は」

「まだ何かあるのか?なんでも言ってみろ、なんでも論破してみせよう。お前が私のことを幻滅させられると思うなら、な。出来るわけがないがな。

 そもそも私と釣り合うかどうかを気にすること自体バカげている。私はお前の、唯一無二の長所を見ているだけだ。短所がいくつあったからといって、そんなことは気にも留めない」

「……だったら、最低のことを言ってもいいですか」

「小鳩のことか?」

「っ……なんで分かるんですか」

「見くびってもらっては困るな。お前はずっと誰かを引き合いに出してばかりじゃないか。だから最後は、小鳩にあって、私にないものの話になると思っていたよ……そうか、やはり胸の話か」

 この人はどうして、大真面目な顔でボケられるのだろう。

「やはり男というのは総じて、童顔でふくよかな女を好むのか?」

「先輩、冗談が雑すぎますよ」

「言うな、ふははは」

 ライカはどこまでも楽しそうに笑った。

「それで、本当のところはどうなんだ」

「やっぱり小鳩と一緒にいるのは、楽しいんですよね。きのう一日、今日も半日、というかこのところずっと、ありのままの自分でいられて、愚痴を言って、周りのことを嘆いては共感して……」

「なるほどな」

「先輩と一緒にいると、やっぱり楽しいと言っても、いつも身構えてしまう。先輩は気にしないと言っても、自分が気にしてしまうんです」

「……なんだか、ようやく核心に触れられた気がするな」

「俺も今、喋りながら一生懸命考えて、ようやくたどり着きました」

 ライカは、穏やかな笑みになっていた。いつもの不敵な笑みが嘘のようだった。

「体育祭の翌朝、空き教室の前で話したことを覚えているか」

「ええと……」

「私が好きって言えって返事を無理強いして、お前に突っぱねられたときのことだ」

「……その節は失礼しました」

「そんなことはもはやどうでもいい。私は別れ際にこう言ったはずだ。『お前には、私や会長は立派な人間に映るのかもしれない。だが、それで卑屈になるのは違う』とな」

「本当に良く覚えてますね」

「心の底から出た大切な本音は、いつまでも忘れられないものだよ。それでな、なぜ卑屈になる必要がないのかと言えば、私たちは言わばライバル関係にあるからだよ」


「……え?ライバル?」

 唐突に出てきた用語に、昨哉は面食らう。

 それに構わず、ライカは朗々と語る。

「あまり自覚はないようだが、小鳩は誰にも頼らずコツコツ頑張ることの出来る、しっかりものだ。良い意味で普通のやつだ。私に対する反骨心もあったのだろうが、中学の頃から比べると見違えるほど変わった。これからもきっと、一人でも成長していける。そういう強さを持ち合わせている。

 だが私はどうだ?自分でもかっこいいと思う。頭もいいと思う。どんな逆境に立たされても挫けない心も持っている。しかし残念なことに、向上心が欠落している。だから他人を必要としている」

「話が良く見えないのですが」

「私が強烈な自己肯定感を持っているのは分かるだろう?だが、それゆえに現状の自分に満足してしまっている。上昇志向がまるで持てないんだ。もっと頑張れば、もっと愛せるし愛される自分になれるかもしれない、そう思いつつ無為に日々を過ごしていた。かつては部活やら委員会やら生徒会に精を出したが、どうにも性にあわなくて、小鳩や会長を困らせたりしてしまった。

 そこで出会ったのがお前だった。

 ずっと他人に興味が持てなかった私が、サクを喜ばせたり、翻弄したりすることにだけは夢中になれた。

 どこをどう切り取っても対等ではないだろう。だが、お前は私を褒めることで、私の向上心を刺激してくれる。追いかけてくるお前を、更にリードしたいと思ってしまう。そのお返しに私はお前を褒め、認めることでお前のコンプレックスを少しずつ解消する。これ以上なく理想的な関係だと思った」

「必要としてくれるのは嬉しいですけど、ライバルだなんて」

「物語の主人公とライバルは、初めのうちは、相当実力差がある場合も多いだろう。

 だが、ライバルは主人公を意識することを絶やさない。

 こいつは這い上がってくるという、強烈な確信があるから。

 まさしく私たちの関係はそれだ。

 卑屈にへりくだってるつもりかもしれないが、裏を返せば発展途上ということ。その大きな伸びしろを想像するだけで、私は興奮してしまうんだ」

「伸びしろだなんて……そんなバカな」

「実際バカげているかもな。そもそもお前は既に頑張っているし」

「今は何も頑張ってもないですよ。――目標を見失ってしまいましたから」

「そういう時期があったって良いだろう。頑張るべきときに頑張れた奴は、嫌でもそのうち、新しい情熱をくすぶらせるときが来る」

「……!」

「高慢に聞こえるか?それとも尊大か?対等じゃない関係だからこそ、お互いを高め合っていける、私はそう確信している」

 そして、何度目か分からない手が差し出された。

 ごまかすことも、くつがえすことも出来ない感情が、少年の中をどろりと満たしていく。

 手をじっと見ながら、咲哉は言った。

「俺はまた、本当に頑張れるんでしょうか」

「ああ。『お前次第だ』なんて言わない。絶対にできる。できるさ。お前に追いつかれても、すぐに抜き去られないことも、保証させてもらう。そのときは絶対、私が憧れられる対象になってみせよう」

 言葉が続かなかったのは、恥ずかしかったからではなく、急に感情が高ぶりすぎたからだった。

 合理的な感情なんてどこにもなかった。

 ただ、なんとなくではなく、初めて強い意志を持ってこの手を取りたいと思った。

 この手を取ったら、その分嫌なことや辛いこと、悩み、苦しみ、葛藤、絶望が待っている、そんな確信めいた予感があった。

 その果てに希望や幸せがあるなんて、都合の良い予感もなかった。

 それでも咲哉が手を伸ばそうとしたのと、席を外していた生徒会役員が戻ってきたのは同時だった。

 今年の文化祭も、いよいよ終わろうとしていた。

明日から最終回を2夜連続でお届け予定です。


毎日更新していきたいと思います。

頑張ります。

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