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尊大な彼女は卑屈な僕を撃ち落とせない  作者: まこすけ
第六話「文化祭一日目」
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第六話(1/3)「クラスTシャツは着こなせない」

 発達した低気圧が北上しており、連休の初日はあいにくの雨模様になるでしょう。残念そうにそう話していたのは、昨晩のニュースの気象予報士だった。登校時はまだ持ちこたえていたものの、空は暗いと言って差しつかえないほどに、分厚い鈍色の雲に覆われていた。

 文化祭一日目、開場三十分前。

 本部で「審査員」と書かれた腕章を受け取った桜尾咲哉は、予定の最終確認をするべく、いつもの空き教室に向かっていた。廊下を様々な格好の生徒が慌ただしく行き交う中、ここだけはいつも通り静まり返っている。

「いよいよだな」

「ええ、いよいよね」

 隣を歩く、同じ腕章をつけた野水小鳩がうなずいた。

「今日明日と、ずっと一緒にいることになるんだな」

 夏期講習の初日から、一か月近くが経過していた。

 咲哉としては既に非常に濃密な関係だったが、一日中二人きりで過ごすのは今日が初めてだ。

 朝からお互いの最寄り駅で待ち合わせ、一緒に登校して、クラスTシャツに着替える数分を除いて、ここまでずっと一緒にいる。

 きっと帰るのも一緒だろう。

 十六にもなって、この程度のことでドキドキするのは幼く、情けなく、そして恥ずかしいことなのだろうけれど……それは小鳩も同じようだった。ひっきりなしに髪の毛をいじっている。

「どうした?」

「……どうしたって、別に」

「挙動がおかしいからさ」

「あんたと一緒よ」

 鏡が欲しいところだった。そうか、自分も一緒なのか。

「それにしてもこの格好、変じゃない?」

 そう言って、小鳩はクラスTシャツをつまむ。ゴールデンイエローの生地に、黒のポップ体で全クラスメイトの名前がひらがなで書かれた、デザインもへったくれもない代物だ。

「安心しろ、みんな同じだ。こんなの着こなせるやつはいねえ」

「それもそうね」

 ああ、こんなことを気さくに話せる相手が見つかるなんて、一ケ月前の自分に話しても信じないだろう。探し物は案外近くにあるものだ。

「何か優先したいものはあるか?昨日話した通りでいいか?」

「別に。だって最終的には全部回るんでしょ」

「それもそうだな」

 校内放送が流れる。校門の前に行列が出来ているため、早めに開場する、という宣言だった。

 どんよりと曇っていたが、九月も半ばだというのに既に蒸し暑い一日だった。


 天気が悪いからあまり人が来ないのでは?と思っていたが、はなはだしい思い違いだった。

 校舎の中はあっという間に来場客で満たされていく。教室が並ぶ廊下は、通勤ラッシュもかくやという混雑だ。いや、駅の人の流れはほぼ一定だけれど、好き勝手な方向に行ったり来たり、部屋から出たり入ったりしている分、余計に混乱している。

「芸能人でも来るのか?」

「まさか。だとしても朝一じゃないでしょ」

 この時の彼らにはまだ分からないことだったが、蛍雪高校の文化祭は、天気が悪いとむしろ客足が伸びる傾向にあった。遠出をせず、近所で済ませようという親子連れが相当数いるのだ。近隣の高校と日程が重ならなかったのもあって、開場直後から例年以上の賑わいを見せていた。

「サクは文化祭って初めて?」

「中学はなかったからな」

「そうじゃなくて、ココの文化祭。去年とか来てないの?」

「ああ、そういうことか。そりゃ第一志望だからな、一応見て回ったな」

「私は夏休みの学校見学とか授業参観は来たけど、文化祭は来なかったのよね」

「俺もラスト一時間くらいにちょろっと回っただけだからな、こんなに賑わうもんだとは知らなかった」

 言いつつ、まずはスタンプラリーをやっている一年C組へと向かう。ただでさえ行列や呼び込みがいる分狭いのに、サンドイッチマンやら謎の着ぐるみやらが、どこへ向かうという意志もなくうごめいているせいで混沌としていた。

「みんな、こんなんで楽しいのかよ」

「分からないけど、こういうことに打ち込むからこそ勉強も頑張れるんじゃないの?」

「それもそうか……俺も良く分からないけどな」

 他人事のような口調に、お互い苦笑するばかりだった。


 当初立てたスケジュールは、まるで意味を成さなかった。

 体育館に向かうほんの五十メートルの空間を突破するのに五分以上かかり、見たかったはずの演劇は入場を締め切っていた。

 やむなく違うフロアに向かう。空いているかに見えたクレープ屋に入ったが、メニューが出てくるのに三十分近く待たされた。ガスコンロの調子が悪いとかブレーカーの問題だとか言い訳していたが、後ろで家庭科室と連絡を取っているらしき女子の通話から、作っている生徒の手際が悪いということが筒抜けだった。始まったばかりで皆慣れていないのだ。

 続いて浴衣姿の男女に熱心に誘われ、流されるままに縁日を模したゲームを楽しむも、出てみると隣の喫茶店が早くも店じまいをしているところだった。「審査員なんですけど、一食も食べられてないんですけど」と泣きつくも、「すみません、見通しが甘かったです」と平謝りをされ、「ドーナツとソフトドリンクは既製品なんで、駅前で同じものが食べられますよ」と予想斜め下の解決策を提案された。明日は朝一で来ることを、小鳩と確認しあって教室を出る。

 パンフレットに書き込みを入れながら、SNSで学校のアカウントや生徒が流している情報を常時チェックし、ああでもないこうでもないとリアルタイムでスケジュールを逐一修正していく。

「スマホって便利なものね。十年前はこんなこと考えられなかっただろうし」

 そういう彼女の手つきは、実に慣れたものだ。フリック入力の速度は、買ってわずか一週間には思われない。

「なにがあっても全部回らないといけない、っていうのはしんどいもんだな」

「……そう?贅沢でいいじゃない」

 そっけない口調が、彼女の本音を引き立たせていた。

「だけどよ、もし全部回れなかったらどうすりゃいいんだろうな。どやされるどころの騒ぎじゃないだろ」

「そのときはいっしょに誤魔化しましょ。共犯よ」

(こいつ、何気なく可愛いこと言いやがって)

 必死に感情が表に出ないよう努める必要が生じた。

「そろそろ次の演劇が始まりそうだし、また体育館行くか?」

「ちょっと待って」

 耳慣れない通知音が小鳩のスマホに届いた。おそらくデフォルト設定のままなのだろう、

 ほぼ同時に、咲哉のスマホにも着信が来る。

(タカさんだ)

 即座に画面を開く。

 イトコにしてOBにして前年度生徒会長・三鷹貴也が、夜勤明けの身体にムチ打ち、はるばる横浜からこの地に向かっているという。こちらに着くのは昼過ぎとのこと。『お待ちしております』とだけ返事しておくことにする。

 画面から顔を上げると、小鳩は困ったような顔をしていた。

「……先輩か?」

「ううん、ライカじゃない。違うけど」

 意外だった。というか、彼女はこのまま俺たちのことを放っておくのだろうか。「お前にしかない良さを知っている」とか、「唯一無二の長所があるのを知っている」とか、意味深なことを色々言っていたのに。

(今日と明日を通じて、俺たちは決定的に恋人になる。この二日間、俺たちに一切手出しをしないのだとしたら、もはや逆転のアプローチは不可能だろう)

 飽きたのだろうかとも思った。あれだけ自己肯定感にあふれた人だ。自分のものにならないと悟ったら、割に合わないと考えたら、その瞬間どうでも良くなったのかもしれない。ありえない話じゃない。

(……いや)

 「七つの大罪の詰め合わせ」とまで呼ばれた烏山ライカが、果たして大人しく身を引くのだろうか。この一ケ月、ずっとそばで見てきた彼女は、小鳩どころか俺さえも傷つけてでも、俺を奪いに来る、そういう強い意志を持っていたはずだ。

「ねえ、次の演劇って、午後もあるわよね?」

「そうだな、明日も二回ある。急用か?」

「用ってわけじゃないんだけど……会いたいやつが来てるの」

 何かを自分に言い聞かせるみたいに、彼女は童顔を力強くうなずかせた。

毎日更新したいと思います。

頑張ります。

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