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尊大な彼女は卑屈な僕を撃ち落とせない  作者: まこすけ
第四話「過去」
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第四話(2/4)「昨夜の咲哉には戻れない」

「ご無沙汰してます、会長」

「はは、よせって。お前、ますます背ぇ伸びたな」

 会長と呼ばれた人物は、咲哉の隣に座った。

 蛍雪高校OBにして、元生徒会長、三鷹貴也。今年の三月に卒業したばかりだ。

 身長はライカとほぼ同じ、百八十センチ半ば。肩幅でもいい勝負だ。ひょろっとした細長い体形に黒縁メガネ。地味だがいかにも賢そうな青年だった。

「先輩、タカさんとお知り合いなんですか」

「知り合いも何も、去年生徒会で一緒だったんだ。お前こそ三つも年が違うのに、どこで面識が」

「親戚ですから。イトコなんです」

「大学が始まるのはまだ先だからな。久々に顔を見せに来たってわけだよ」

「ほう……なんとも世間は狭いものだな」

 咲哉は返事をせず席を立つ。青白い顔をしていた。

「あの俺、トイレ行って来ます」

 そそくさ、という擬態語がとてもしっくりくる様子だ。とてもこの場にいたくない、と顔に書いてあるかのようだった。

「サク」

 三鷹に呼び止められて、少年は無言で立ち止まる。

「あのこと、ライカにも話してもいいか」

「――お願いします」

 ライカは直感した。

 昨日と今日の間に、咲哉と自分との間に壁を作ったのは、間違いなくこの人だ。


忘れようとして忘れてしまえるほどには遠い過去の話だが、かつて咲哉も特別進学クラスを志望していた。

 それはイトコの三鷹に対する憧れがきっかけだった。

 三鷹はライカと対称的な人間だった。困っている者を見つけては相談に乗り、トラブルの目を摘んでいく。仲裁に入ったこと、折衷案を出したことは数知れず。

 その場その場では感謝されど、決して自らを誇示することはなく、他人のメンツを大事にする。

 ある種の理想を体現したような好人物だった。

 そんな彼の献身的な振る舞いを知る人物は、みな三鷹のことを尊敬していた。親戚でもある咲哉がその筆頭だ。

 「サク」というあだ名を最初に与えてくれたのは、他ならぬ彼だ。年に数回、長期休暇の折りにはお互いの家に泊まりあったり、家族ぐるみで遠出をしたりする仲だった。友人のみならず大人からも慕われていた彼を間近で見て、「お前タカさんの親戚なのかよ」と羨まれて、少年はいつしか彼を追いかけるようになった。

 尊敬から憧れへ。

 それはごく自然な感情の発露だった。

 しかし、そのことが致命的な仇となった。

 彼と同じ私立中学に行きたい、と中学受験したものの失敗。

 そのときは本当に惨敗だった。どこにもかすりもせず、そのまま市立中学に進学することとなる。

 三年後、今度こそ再び同じ高校に行きたい、と蛍雪高校の特別進学クラスを目指したものの、またもや失敗。

 手ごたえはあったものの、それは幻想にすぎず、彼のもとに届いた合格通知書は併願の普通クラスのものだった。ご丁寧に定員二四〇名のところ二三八位と合格順位まで書いてあった。

 実際には合格しても別の学校に行くやつも大勢いるから、何十人も補欠合格を採っている。だから、決して下から三番目というわけではない。頭ではそう分かっていても、自分自身に見切りをつけてしまいたくなる感情は否定できなかった。

 忸怩たる思いだった。

 茫然自失となっていた頃、同じタイミングで大学受験を終えた三鷹が、成績優秀につき学費が免除されたという話を人づてに聞いた。

 咲哉が認識していた以上に、三鷹は相当頭が良かったのだ。そしてそれを言いふらさない慎み深さも持ち合わせていた。

 どこかの誰かと違ってひけらかさないせいで気が付けなかったけど、彼を目標にするなんておこがましい話だったのだ。

 自分がこんなところにいるはずがない、というプライドと、自分は所詮ここがお似合いなのだ、という矛盾するはずの二つの感情に押し潰され、そのくせ燃え尽き症候群だけはいっちょ前にあって、少年はもはや何も考えず、ただ流されるように毎日を過ごすことでしか平静を保っていられなかった。少しでも能動的に動こうものならば、自分が今まで無理をしていたんだなということ、尊敬していた人間に追いつこうとした自らの愚かさを直視せざるを得なくなり、激しい苦痛を伴った。

 憧れは、コンプレックスを抱えるリスクと表裏一体だったのだ。

 間の悪いことに、三鷹は横浜の大学に進学することとなり、地元を離れることとなった。膨れ上がった感情は、誰にも気づかれることなく心の奥深くまで根を張っていった。

 どうしようもなくなった少年は、彼に関するエピソードを全て心の奥底にしまい込んで、フタをした。 後には「自分は救いようがない人間である」という戒めと、強烈な劣等感だけが残った。

 ライカがいくら情熱的に口説いても、どうしても首を縦に触れなかったのは、彼女の存在が潜在意識の中で三鷹とダブって見えたからだった。

 それが昨夜、咲哉の三鷹との再会で一気に顕在化した。まさしくトラウマのフラッシュバックというやつで、半年前まであれだけ慕っていた兄貴分が、ただ目の前に現れただけで自分を追い詰めてくるということに、咲哉は絶望に近い感情を覚えた。

 そういえば、普通クラスで迎えた初めての期末テストは、クラス四十人中三十四位だった。

 もはや、普通未満の存在であることは明白だった。

 つい小鳩に甘やかされて、ライカに言い寄られて、楽しかったから忘れていたけど、自分は他人の好意など受け入れるべくもない卑小な存在だったのだ。ましてや彼女のような、憧れていた先輩の姿、なれなかった自分の理想像を映し出すような人とは。

 彼女に熱心に言い寄られて、何度も手を差し伸べられて……それでもどうしてもその手のひらを掴み取ることが出来なかったのは、

 彼女が俺のことを好きな以上に、俺は俺のことを嫌いだからだ。

 なぜもっと早く気が付かなかったのだろう。

 今まで彼女が自分のために費やした時間と情熱のことを考えると、今更拒むことも勇気のいることだった。やはり忸怩たる思いだった。


 長々と説明を聞いていたが、なかなか咲哉は戻ってこなかった。

「昨日サプライズのつもりで連絡なしで押しかけたら、終始怯えたような、気まずそうな表情をしていてな。どうしたのかなって親御さんとかに聞いて回って、ようやく分かったわけよ」

 三鷹は思案顔であごをなでる。

「サクとライカが付き合いかけているって話も衝撃的だったが――あいつがここまでオレのことを絶対視してたとはな」

「会長は認識していなかったのですか」

「慕われてる、とは感じていたけどな。申し訳ないけど、オレはあいつのことを素直な弟くらいにしか思ってなかった。同じ学校に行きたいとは中学の間何度も聞いてたけど、志望校に受からなかったくらいで別に、そこまで引きずって屈折するとは思わなかった」

「会長という目標を見失ってしまったのが大きかったんでしょうね」

「俺が家を出たのも良くなかったな。一人暮らしやらバイトで忙しかったとはいえ、一切連絡を取ってなかったせいで全く気づけなかった。兄貴分失格だ」

「誰が悪いというわけでもないでしょう」

 ライカは自分の手のひらを見つめながら、ぼんやりとつぶやいた。

「会長、もしかして私は――サクと付き合えないのでしょうか」

「珍しいな、お前が弱音を吐くなんて」

「弱音ではありません。ただ率直に言ってコンプレックスというやつが、私にはうまく理解できない。できそうにない。あいつの考えはほとんどお見通しのつもりだった。あいつはヘタレっぽいから、自分が積極的に動けばいいと思っていた。何をしても何を言っても、確かな手ごたえはある。それなのにどうしてもあいつは心を許してくれない」

「俺としては是非お前に任せたいところなんだがな。あいつの心の傷を埋めてやれるのは、悪いが多分お前だけだ。無責任だけど、お前たちが付き合うことになれば、きっとお互いに成長することとなる」

「ここにはしばらくおられるんですか」

「そうしたいのはやまやまだが、バイトがあるからな。今日中には横浜に戻る。でもまた近いうちに来るつもりだ。再来週には文化祭だろ?シフトに穴開けてでも来たいところだな」

「――そのときには是非、恋人同士になった私たちをお見せしましょう」

 立ち上がったライカが振り返ると、咲哉が後ろに立っていた。

 いつからそこにいたのだろうか。少なくとも最後のセリフは聞いていただろう。

 烏山ライカはいつもの不敵な笑みで、少年を見下ろしていた。

「少年、プライパシーを詮索して申し訳ないが、聞かせてもらった」

「だったら分かりますよね?先輩、俺はダメなやつなんです……」

「お前がそう思うなら、私はそれは否定しない」

「――!」

 咲哉は目を見開いて絶句する。

「おいライカ、それは……」

「だがなあ、私はお前にしかない良さを知っている。私だけが知っている。だから私はお前を口説くのを止めない、止めるわけがない。きっと次に会うときこそ、お前のことを篭絡してみせよう」

 またハッタリみたいな力強い宣言をして、少女は肩にポンと手を置く。

 そのままかろやかなステップでその場を去っていった。

毎日更新したいと思います。

頑張ります。

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