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何でも銀行日本支店

作者: 藍葉 陽

 死体を目の前にして、その男は呆然としていた。

「しまった、俺は取り返しのつかないことをしてしまった」

 そう言って、彼は先ほどまで動いていた物体を見下す。それは彼の愛人だった人間と同じ造形をしていた。


 男の人生はこれまで順風満帆だった。立ち上げた会社は莫大な利益を上げて拡大し続け、様々な事業に進出していた。美しい妻に愛らしい息子もいて、なんら不都合ない生活だった。だが、男は欲張りだった。綻びが生まれたのは、秘書に手を出し、愛人にしてしまったからに他ならない。


「この女が禁断の関係を口実に金さえ要求してこなければ、こんなことにはならなかったのに」

 それはとても払うことのできない金額だった。しかし、順調な事業に悪い噂が立つことも、家庭が崩壊することも、当然のように望ましくない。男は葛藤の最中、執拗に催促してくる愛人についかっとなってしまったのだ。

「この死体をなんとかしなければ、私の人生は閉ざされてしまう」

「お困りのようですね」

 他に誰もいるはずがない部屋に、声が響いた。

「おっと、そんなに驚かないでください、怪しいものではありません。あなたの味方です」

 そこには黒いスーツを身にまとった、珍妙な顔つきの青年が立っていた。鼻は高く、耳は鋭い。男はとっさに構えた血塗りの花瓶を疑わしげに下ろした。

「何者だ、お前は。次第によっては始末しなければならない」

「ですから、あなたの味方だと言っているでしょう。私はこういう者です」

 青年は黒染の名刺を差し出した。白抜きの文字で「なんでも銀行 日本支店」と書かれていて、それに続いて記憶にない奇妙な文字が並んでいる。おそらく名前だろう。

「なんでも銀行? あいにく、私が今欲しているのは金ではない。融資の話ならお断りだ」

「いえ、違います。私どもにそこの死体を預けていただけないか、という提案に参ったのです」

 男が首をかしげると、青年は得意げに続けた。

「契約していただけるようでしたら、その死体は誰にも見つからないよう、私どもの厳重な金庫で保管させていただきます。もちろん、銀行ですので出し入れは自由です。金以外の物品だろうとなんでも預けられる、それがなんでも銀行なのです」

「信じ難い話だが、藁にもすがりたいのが現状だ。私は何を対価に支払えばいい」

「いえいえ、とんでもない。私どもは銀行ですので、必要なものは当銀行の口座ぐらいです。それの開設手数料も、今ならキャンペーン中につき無料ですよ。ただ、一つだけ、預けていただいたものの貸出だけ了承いただけないでしょうか」

「貸出? どういうことだ」

「預金を人に貸して利子で儲けるのが銀行のシステムでしょう。我が社も同じです。もちろん、あなたの罪が明るみに出るようなヘマはいたしません」

「死体を何に使うのかは置いておくとして、それだけでいいのか。信用できるとしたら、実においしい話だ」

「私どもは数百年の歴史を誇る、お客様第一の企業でございます」

 男はしばらく考え込んでいたが、顔を上げた。

「よし乗った。というより、それ以外の選択肢がない」

「ありがとうございます。再びご用命の際は、先ほどの名刺にお話しかけください」

 そう言うと、青年はいつの間にか消えていた。死体も、血痕も、凶器の花瓶も、形跡さえなくなっていた。男は狐につままれたような気分だったが、救われたという事実にほくそ笑んだ。神は私に微笑んでいる、と。


 それから、男はことあるごとに銀行を利用した。

 競争相手であるA社の凄腕社長を毒殺し、死体と余った薬品を預けた。

 自分の会社に潜り込んでいたB社のスパイを捕らえ、秘密を守るためにと拳銃で処分した。当然、証拠になり得るものは全て預けた。

 反対に、B社から盗むことに成功した機密も、利用した後は保守のために預けた。ついでに、それを盗んできた社員と、首を締めるのに使った縄も預けた。下手に口を滑らされたら困る。会社のためには致し方なかった。


 そんな背景もあって、男の会社は凄まじい速度で成長を続けた。敵は潰し、盗めるものは盗んだ。その甲斐もあって、市場は独占状態だった。


 そしてつい先日、会社が開発した技術を防犯に取り入れたいと警察から申し出があった。うまくいけば、国家から巨額の安定した利益を得られるチャンスだ。男はほくそ笑み、過去に犠牲になった者たちを思い出しながら、わずかながらに感謝を捧げた。

 あと数分で到着する代表者たちとの話し合いが済めば、男の人生は完全に約束されたものとなる。そう彼が考えていた時、突然目の前に珍妙な青年が現れた。

「お久しぶりです、いつもご利用ありがとうございます。どうも景気がよろしいようで」

「君らのおかげだよ、こちらこそありがとう」

「いえいえ、とんでもございません。ところで、今日おじゃましたのは大事なご報告があるからでして」

 男は隠しきれない笑みを零しながら先を促した。

「実は、創業者である私の叔父が先日亡くなりまして、それを機に会社をたたむことになりました」

 予想に反して、男の笑顔は崩れなかった。男にとって、何かを預ける必要はすでになくなっていた。

「そうか、今までありがとう」

「従いまして、お預かりしていた物品を返却に参りました」

 今度こそ、男の冷静は失われた。

「おい、なんだって」

「こちらでございます」

 青年がそう言うと、そこには死体と危険な品々で巨大な山が出来上がっていた。大量の薬品に大量の拳銃、その他にも様々なものが紛れ込んでいる。無数の死体も相まって、まるで戦後処理のようだ。

「待ってくれ、待ってくれ。私はこんなに預けた覚えはないぞ」

 青年は微笑みながら答えた。

「利息、でございます。銀行ですから当然でしょう。我が社は還元率が業界ナンバーワンの親切企業でございました。利息は預け物と同じ品で支払うことになっております故、大量のお荷物ご容赦ください」

「頼む、待ってくれ。おい……」

 男が続きを言う前に、青年は消え失せていた。男は思い切り手近な椅子を思い切り蹴飛ばし、力なくへたり込んだ。もうすぐ警察のお偉い奴らがやってくる。これだけのものを隠す時間はすでになかった。なぜなら、銀行はもうないのだから。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 少しベタな気もしました。 [一言] なかなか最後の展開が面白いですね!!
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