1篇「沈黙の夢追い人」
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――ハッ!
軽く魘されて目を覚ます。
最近、いつも同じ“夢”を見る。
いつからかは、ハッキリしない。
確か、球技大会のソフトボールの試合で、フライを取り損ね、あのかったいかったいソフトボールがデコに直撃した以来かも?
“夢”のことは、誰にも云えない。
万が一、数少ない友達に云ってドン引きされたら、俺のボッチは加速する。
なんと云うか、俺はクラスで“浮いている”。
いわゆる、中二病ってヤツだ。
――自分には、特別な力がある、特別な存在、だ!…多分。
ずっと思ってた。いや、思ってる。
これが、イカン、のだ。
分かってる。
分かってるんだが、止められない、止まらない。
そう、中二病ってのは、蜜の味。
一度、これに浸ると、大抵の苦難を乗り越えられる、危険なお薬。
――こんなはずじゃない
――俺は悪くない
――まだ、本気を出してない
――覚醒してからが勝負
――ひれ伏せ、愚民ども
――傅け、俺に
次から次へと、俺の中のリトル俺が、甘い言葉を耳元で囁く。
なんの根拠もない虚栄心を募らせ、俺にとって俺と云う存在は、益々、肥大化。
勉強がそこそこ出来てしまう。
ついでに、運動もそこそこ出来てしまう。
しかも、そこそこナルシー。
もう、何もかもが、俺って天才、と思い込む微妙なポテンシャル。
そのせいか、でちまう。
態度に、でちまう。
そこはかとなく、わざとじゃなく、ごく自然、に。
――お前らとは違うんだ、俺は!って…
中学までは、それでも良かった。
持ち堪えられた。
なにせ、そこそこできちまう訳だから、放っておいても、目立つ。
かるく、チヤホヤされたもんだ。
――だったのに…
高校に入ったら、引かれまくった。
アイツ、ヤベーって。
その現状に、俺自身もドン引き。
気が付いたら、『逆高校デビュー』。
初めは、正直ビビッたが、しかし、それはソレ。
俺の中のリトル俺が、また、いつものように、的確に、適切で、適当なアドバイスしてくれたんだ。
「お前のような超天才を理解できるヤツは、そうそういない。周りのヤツらはみんな、凡人。あるいは、お前に嫉妬している」
「天才は孤独。王は一人。神は唯一無二」
「人は生まれた時も死ぬ時も独り。揺り籠も棺桶も、常に一人乗り。他に乗せてやる余地など微塵もない」
「孤独を愛し、一人を恐れず、唯一無二の自分を信じろ!」
「お前を信じるリトル俺を信じろ!」
「お前はお前の道を行け!それが王者の征く道、王道。転じて、俺道」
「王として生まれたお前が頼れるのは自分だけだ」
「同情を欲した時、全て失うぞ!」
――そうだ、俺に同情なんて、いらない!
結果、俺を取り巻く環境は、ごく僅かな友達と殆ど喋らない両親とかまってちゃんの妹。
決して望んだ訳じゃないのに、何故か俺は、“寡黙な戦士”扱い。
妄想の中で光り輝く俺に、言葉はいらない…
くそっ!
喋りたい事は山程あるのに、なんで“沈黙の人”扱いなんだよ。
俺は、セガールじゃねーって~の!
どっかの提督でもねぇ~んだよ。
いや、いいんだ。
喋ると引かれる。
引かれるくらいなら喋らん。
これ以上、孤独になってたまるか!
同情はいらない。
同情じゃないんだよ、欲しいのは。
俺を、もっと俺を、褒めろよ、バカヤロー!
――さてと…一旦、落ち着こう。
そんな訳で、“夢”の話なんざ、誰にもできない。
いつも同じ“夢”見てます、って完全にヤバいヤツだからな。
俺自身、そんな話、誰かに聞かされたら、やべ~ヤツ、って思うしな。
なんとか、自分で解決しないと。
かなり、と云うか、ほぼ確実に、明確に、鮮明に、“夢”の世界は、一緒だ。
中世ヨーロッパ?
近世か?
と云うか、やたらファンタジックな世界。
なぜ、そう思うかって云うと、確証はないんだが、町並み、景色、人々、その格好、雰囲気。
何もかもが、明らかに、日本じゃない!
そう、確実なのは、そこ。
日本ではないドコか、それが正しい。
何度もこの“夢”を見ているが、それまでは、どこか俯瞰で観察するイメージ。
どことなく客観的に、第三者目線でなぞる、そんな印象。
一言で云うなら、観測者。
それに近い。
そこまでは、問題なかった。
そこまでは。
心象風景を愛でる、その程度だったから。
魘されるようになったのは、その世界に興味を持ち、体感してみたい、と思ってからだ。
流石、“夢”の中。
思い願ったら、余裕で叶う。
甘っとろい設定。
そりゃそうだ。
だって、俺の見ている“夢”の中なんだから。
甘ちゃんの俺にとっては、とにもかくにも、都合いい。
――そんな訳、で。
アバター。
ゲームやSNSなんかで見られる仮想世界での自分の分身、と云うかビジュアル表示。
そんな感じで自分をその“夢”の中に投影してみる。
すると、今まで、客観的に見ていた視点から自分自身の目線へと移り変わり、実感へと変わった。
町並みの中性ヨーロッパ風、と云うかファンタジー風のショップの、その窓硝子で俺自身を写し、見てみる。
そこには、臙脂色の芋ジャージ姿の俺。
それは、俺が普段、寝る時の姿。
中学時代の芋ジャージをそのまま寝間着代わりに使い続けているのだから、見間違うはずがない。
髪、ボサボサ、だな。
ま、寝てるんだから、仕方ない。
――それにしても…
“浮いている”。
現実だけでは飽き足らず、俺自身の“夢”の中だっていうのに、その世界の中ですら、明らかに浮いている。
そりゃそうだ。
明らかに、その世界の住人達と服装が、格好が違うのだから。
さて、話し掛けてみる。
ゲーム世界の、RPGなんかでも基本中の基本、村人に話を聞く、これ鉄板だろ?
適当にそこら辺の、歩いてるヤツに話し掛ける。
「すみません、ちょっといいですか?」
おお!
結構、俺、大胆。
これがリアルだったら、絶対、知らん人に話し掛けるとか、できやしない。
中二病特有の、人見知り、が出ちまうから、さ。
“夢”って事で、普段の俺より、かなり積極的な訳だ。
ま、ゲーム感覚、って云った方が近いわな。
「◊ŒŸ∽‷も☞☺⌂△⁅◎×€↙な℉ჱฟ」
「………」
――え?
やっべ、なに云ってるか、サッパリ分からん。
“夢”の中だってのに、言葉通じないとか、無駄に設定凝ってんじゃねーか。
仕方ない。
話が通じそうなヤツを見付けるまで、片っ端から話し掛けてみる。
次から次へ、と。
何人も何人も、どんどん話し掛ける。
「全然、通じねー!!!」
どいつもこいつも日本語が通じない。
昼間くらいだったはずなのに、もう夕方になっちまってるよ。
“夢”の中だっつーのに、時間経過もあるのかよ。
無駄に、リアル。
そう、ここからだった。
俺が魘されるようになったのは。
“夢”の中で話を聞こうにも、まず、その会話、その世界の住人の言葉が全く分からない。
会話の中でよく出るフレーズをまとめ、起きてからノートに記す。
“夢”から覚めて記録するのが面倒だから、スマホを握って寝てみると、その“夢”の世界にもスマホを持って行ける事が分かり、スマホでメモる。
とにかく、面倒。
草臥れる。
寝てるのに、その“夢”の世界の言葉を勉強しなきゃならず、これが凄く疲れる。
睡眠学習?
なんか、ニュアンス違うけど、とにかく、疲労感がハンパない。
そりゃ、魘される訳だ。
で、発見。
2つ分かった事がある。
1つ、“夢”の中の世界では、時が流れるのが現実世界、要は、リアルよりも速い。
って事はだ、いちいち起きて勉強するより、“夢”ん中で勉強した方が効率がいいって訳だ。
実際の時間と“夢”の中での時間の進み具合に、一貫性は見られない。
6時間寝て、実際、“夢”を見ている時間がどれくらいかは分からないが、“夢”の中での生活時間が1日だった時もあれば、1週間経っていた時もある。
“夢”の中での時間経過は、起きた時の疲労感の違い。
“夢”の中で過ごす時間が長ければ長い程、それだけ疲れる、そんな感じ。
ま、これが魘される理由なのかも。
で、“夢”と“夢”の時間軸は、完全には符合しない。
1度起きて、もう1度寝た時、最初に寝た時に過ごした“夢”の中での時間の終わりは、次に寝た時に見始める“夢”の始まりとはピッタリ重ならず、若干の時間的嵩なりが存在する。
例えるのであれば、連続アニメの冒頭のあらすじ、みたいな感じの部分がある。
ちょっと違うのは、再度寝た時に見始める、つまり、“夢”の中で過ごし始める嵩なりあった時間部分は、かなり曖昧って事。
“夢”の中での時間経過的には、5分くらいの時もあれば、丸一日くらいの時の嵩なり、あらすじ的導入部分があり、安定しない。
DBも真っ青だ。
ついでに、このあらすじタイム、実は完璧じゃない。
簡単に云うと、“夢”の中の記憶はあるが、記憶は所詮、記憶なので、微妙に忘れちまう事もある。
そこを補塡する訳だが、これがかなりあやふやで改竄されちまう。
記憶違いを補塡する都合のいい書き換え。
これがあらすじタイムに反映されるんで、先が分からない。
要は、完結した小説を読んでいるのではなく、連載中の作品を読んでいる感じ。
しかも、記憶補塡による書き換えが生じるので、執筆者は俺自身、そんな印象。
ま、自分の“夢”なんだから、当然っちゃ~当然。
んで、もう1つ、それは記憶が残る、ってだけじゃなく、“もの”も残る。
スマホを握って眠りについたら、スマホを向こうでも持っていたし、使えた。
当然、目が覚めたら、スマホは現実にある訳だし、ものも行き来できるって訳だ。
ついでに試してみた。
向こうで拾った小石を握ったまま、“夢”から覚めてみると、起きた時、手に小石が握られていた。
その小石の成分とかは、調べられるはずもないんで放っておくが、これが結構便利。
向こうの世界では、自販機とか存在しないんで、喉が渇いた時、かなり不便。
そんな時を考慮し、ミネラルウォーターのペットボトルを握って寝れば、向こうでも所持してるんで、いつでもどこでも飲める。
これが、“夢”の中での生活に潤いを与える便利な効果。
実に都合が良くて助かった。
流石は、俺の“夢”。
それにしても、だ。
こういう処は都合いいのに、なんで言葉は通じないのかね?
ちょっと理不尽じゃないか?
プレイしようと思ったゲームで、まず、その中の言葉を理解する処から始めるとか、完全にクソゲー。
今年のクソゲーオブザイヤーは、確実に俺の“夢”で決まり、だな。
ま、始めちまった訳だから、と云うよりは、いっつも同じ“夢”の世界を見せ続けさせられただけなんだが、程々向こうで過ごしてると、それなりにイベントも起こる訳だ。
そりゃ、そうだろ?
だって、ファンタジックな世界で、常に芋ジャージ着た日本人が、言葉も喋れず、うろうろしてんだから、それなりに噂になっちまう訳。
町中で、俺の方を見ては、ひそひそ話してる住人とか、指差す子供とか、その子供を制して逃げるように立ち去る母子とか、そりゃもう、完全に変人扱いされとるのよ。
現実でも変人、こっちでも変人、って。
どこまで、俺は、腫れ物扱いされるんだよ。
――そんな変人の俺に、近寄ってくる奇特な人が…