11篇「狂気の王 前編」
※ ※ ※ ※ ※
デイドリに来て以来、散策をするのは3度目。
1度目は、最初の町、伯爵邸近くのファイデムでうろうろ。
2度目は、王都ダリアへのファムとのデート。
今回の水晶川近くの河跡湖に向かうのが3度目。
しかも、今回は散策ではなく、探索。
初の探索行。
有り体に云って、冒険ですよ冒険。
望んだ訳じゃないが、少しばかり気分も高揚する。
ファンタジックな世界と云えば、冒険っつ~イベントこそが花形。
これを体験しなけりゃ始まらない。
初冒険の割に難易度が高い気もするが、ま~、ガチ勢を目指すのであればコレも必要な事なんだろう、多分。
パーティーは4人。
構成は、リーダーの俺、戦士のダン爺、妖術師のハム、賢者のファム。
悪くない布陣だと思う。
名付けて、狂気の王調査団。
あくまでも、調査、が目的。
近隣の村々を荒らす狂気の王信奉者って奴らへの探りだ。
ダイナマクシア伯の家人達に同行を頼まなかった理由はシンプル。
まだ会話程度しかできない俺が、大人数を指揮するのは困難だから、それだけ。
ファムとダン爺は、付き合いが深くなってきたし、ハムは魔術的な補佐で意思疎通が補塡出来る。
ま、口喧嘩ばっかだが。
こっちに来て、意思疎通が取れるってのが凄くありがたい、ってのがよ~く分かった。
コミュニケーションの重要性。
現実世界では気付かなかったぜ。
――うん、向こうでも、もう少し、ちゃんとコミュニケーションとろう…
出発前、ファムが額飾りを手渡してきた。
ファム自らが魔術を込めた装身具らしく、額に着けておけば、会話の翻訳補助をしてくれるものらしい。
見知らぬ言語であっても理解出来るらしいが、着用者の母国語や着用者自身の知識の中で翻訳される為、その真意や原文そのものとは若干異なって認知してしまう可能性もあるとか。
これがあったら、もう会話なんか勉強しなくても済むじゃん!
…とはいかない。
聞く時にしか働かず、喋る会話を補正するものではないらしい。
それに加え、翻訳レベルは着用者自身の知識に依存するので、色々と勉強しておく必要がある。
どちらにしても言語に関しては、自力で覚えなければ始まらない。
あくまでもこの額飾りは補助用で、未知の言語の会話や酷い訛り、人間では聞き取る事の出来ない音階での会話なんかを部分的に理解する為のもの。
まあ、そんな事より、ファムからのプレゼントって訳で、俺は素直に喜んで装着した。
なんかちょっと、オシャレだしね。
と云う訳で、出発――
――な訳だが…
馬での旅が、こんなにもすっトロいもんだとは、思ってもいなかった。
馬って、競馬くらいしかイメージないもんだから、もっとスピーディーな移動を思い描いていた。
実際、チャリンコでの移動より遅い。
チャリと徒歩の間くらい、それくらいの速度でしか移動出来ない。
これには理由がある。
そう、お馬さんは、生き物なんだね!
馬も疲労するし、食事もさせなきゃいけない。
伝令や急ぎの用で乗り潰すってのもあるらしいが、普通、そんな事はしない。
俺は馬ではなく、騾馬に乗っている。
騾馬ってのは、雄の驢馬と雌の馬の交雑種。
この騾馬ってのが、もの凄く優秀な動物で、体がめちゃめちゃ丈夫で脚力も強い上、粗食もOK、睡眠も少なくて済み、病気や虫にも強く、蹄が硬いんで悪路にも対応可能で学習能力も高い。
もう至れり尽くせり、家畜界の救世主な訳で、旅のお供に騾馬は必須。
欠点があるとすれば、頑固、ってだけ。
俺が騾馬に乗っているのは、乗馬のスキルが乏しいから。
馬はデカイんで高所恐怖症の俺にとってはなかなかハードルが高い。
慣れさえすれば目線の高さくらいどうって事はないんだろうが、何せデイドリの馬具には鐙がない。
そもそも、鐙の概念がない。
チャリだってバイクだってペダルがあるのに、こんなにも不安定な馬に鐙をつけないとか、全くもって理解出来ない。
――ヒョーーーッ!
どこからか、鷲だか鷹だか猛禽類の鳴き声が響く。
間もなく、その鳴き声は近付き、合わせるようにダン爺は指笛を吹き、鞢を着けた右腕を前方に掲げ出す。
軈て、大空から犬鷲が飛来し、ダン爺の腕に摑まる。
その後、駄馬として引き連れる騾馬の鞍に取り付けた差架に鷲を移す。
ダン爺は、騎馬鷹狩の名手。
騎馬鷹狩は、騎馬遊牧民族の一氏族に伝わる稀有な技法。
「カイトッ!お前も出来るようになんなきゃしょ~がねぇーから、よく見て覚えておくんだぞっ!」
「え!?そんな器用な真似、出来ないって」
「やってもねぇーのに、できねぇ~なんてほざくんじゃねぇー、バカヤローッ!!」
「…お、おう…」
そりゃ、一理あるんだけどさ…
馬にも乗れない上に全く知識のない鷹狩までとか、ムリゲーにも程がある。
まぁ――
できるようになったら、カッコイイ、けどな。
――ん?
集落が見えてきた。
集落とは云っても、田畑や牧場が広がり、家屋や畜舎が疎らに点在する程度。
ファイデムの町同様、集落周辺を柵や壁で覆っていないところを見ると、普段は治安が良い事が窺える。
併し、近付いてみて分かる。
幾つかの畜舎の一部に破壊された址が見られ、急拵えの修復がなされている。
昼飯時を終えた頃合いなので、チラホラと仕事に従事中の村火を見掛ける。
調査に来た訳なんで、これは丁度いい。
話を聞いてみよう。
――よし!
あそこの老人に話し掛けてみよう。
「すいません、ちょっといいですか?」
「――」
「…えーと、この辺りの村々が、何者かに襲われていると云うのは、本当ですか?」
「――…」
――凄く警戒されてるんですけど…
ま、ムリもないか。
見たこともない芋ジャージを着た騾馬に乗った余所者にいきなり声掛けられて、いい顔する訳ないよな。
さて、どうしたもんか――
(違うだろ、俺!)
――?
声?
(忘れたのか、ファムタファールと初めて出会った時の事を)
――こ、これは!
俺の中に存在するもう一人の俺、そう、リトル俺。
あまりにも寂し過ぎる現実世界で俺を支えてくれる助言者にして御伽衆、ボッチ加速の要因にして黒幕。
本当に大事な時には沈黙する策士。
一体、なんの用だ――
(情景に訴えろ!)
――情景?
どう云う事だ?
(詩歌を詠むように、舞台で演じるように、神仏に告解するに、自戒を告白するように、酔い痴れろ)
―酔い痴る?
(己に酔え!恍惚と陶酔しろ!人を酔わすには、まず己が酔え。酔い痴れ、語れ。大いに、高らかに、芝居染み、歌い上げるように、演じろ!)
――ああ…
分かったよ。
要は、中二病全開でイケ、って事だよな。
それなら――
「俺はダイナマクシア伯の食客、名はアオバ・カイト。二つ名は、“黒耀の瞳”。後ろに控える者達は、狂気の王調査団。本日は、伯爵の名代としてこの地に参った。何か変わりはないだろうか?」
「!!伯爵様が遣わしてくださった方ですか!」
「然様。変わりはあるまいか?」
「…庄屋さんの処にご案内します。そちらでお話くだせぇ」
「それでは、案内頼む」
――チョロい!
そりゃ、そうだよな。
中二病は、常に自分との語り合い、自問自答。
慣れたもんだ。
ちょっと偉そうな感じで仰々しく話せば、この通り。
村民の一人くらい、手懐けられなきゃお話にならねーよ。
村人の後について行く事15分程度。
比較的大きな民家が見えてくる。
柵や塀はないものの、生け垣で敷地は覆われている。
案内をしてくれた村人が庄屋を呼んできてくれるという事で、俺達は敷地外で暫く待つ。
程なくして、村人に連れられ、庄屋と思しき老人が現れる。
老人は、俺の恰好を見て、訝しげな表情を浮かべたものの、会釈をする。
既に取り次ぎで俺達の紹介をしてくれていたらしく、老人の方から話し出した。
「伯爵様の名代の方ですな?」
「ええ。最近、変わった事…被害はないか?」
「はい、家畜が奪われる被害にあっておるんですのじゃ」
「目星は?」
「恐らく最近、ここら一帯を荒らし回っている連中と同じじゃと思うのじゃが…」
「狂気の王?」
「隣村の者から、そのような名を耳にしましたのじゃぞ」
「姿は見たのか?」
「いえ、犯行を見たものはいないのじゃが、近郊で円錐頭巾を被った不審な者を見たと云う目撃情報はあるのじゃ」
カピロテというのは、円錐状に尖った目出し帽、頭巾の事で、現実ではスペインのカトリック教徒ナサレノが復活祭の聖週間に聖行進を行う苦行者が被る三角帽。
寧ろ、KKKのイメージが強いかも。
「儂らは渾沌崇拝者の仕業かと思うておるのじゃが…」
「渾沌崇拝者?…渾沌崇拝って…ファム?」
「はい、渾沌崇拝は、邪神崇拝や悪魔崇拝に近しい淫祠邪教の類。到底、容認できるようなものではありません」
「そうか…」
渾沌――
あらすじタイムで何とか渾沌の化物とのエンカウントを交わし、今って云うルート分岐にいる訳だが、どうにも引っ掛かる。
どうやら、このデイドリでは、渾沌とか云う存在との接触は、不可避なのかも知れない。
「ここより北、三日月湖に程近い村の連中が詳しいはずじゃが」
「成る程。三日月湖までの距離はどれくらいあるんだ?」
「それ程距離はないですじゃ。今から行っても十分、日の入り前には着く筈ですじゃ」
「よし、分かった。今から向かってみる事にする。ありがとう、庄屋殿」
「うむ、気をつけて行かれますのじゃぞ」
――村人と別れ、集落を後にする。
正直、あまり有意義な情報とは云えない。
集落に被害があるって云うのは事実だ。
んで、水晶川の河跡湖付近に得体の知れない連中がいる、ってのも本当らしい。
家畜被害が何を意味するか不明。
単に、野盗の類、とも考えられる。
どちらせにせよ、もう少し人の多い集落で聞き込みをしないと話にならない。
「坊主ッ!少し見直したぞッ!」――と、ダン爺。
「え?な、なにが…?」
「儂ゃ~てっきり、お前ぇ~さんはこの調査に乗り気じゃねーのかと思っとったわッ!」
――ああ…
いや、それ、間違いではないんだよ。
乗り気じゃないってのは、事実。
面倒事は嫌いだし、出来れば調査なんて断りたかった。
ただ…
只、好奇心のが勝る、ってだけ。
夢の癖に、よく出来てるんだよ、設定が、背景が。
しかも、俺の妄想の筈なのに、俺自身が知らない事が多過ぎる。
探究心なんて大げさなもんじゃない。
只、興味がある、それだけ。
「ほんに少~しだけ驚いたぞな。碌に喋れもせんに、よう一人で話しよったぞな、小僧っ子」
あれ?
なんか、褒められてる?
ファムも笑顔でこっち見てるし。
村民と話しただけなのに、急に株上がってる。
どう云う事?
というか、俺ってどんだけ、できないヤツ、って印象持たれてたんだよ。
いや、確かに、人見知りではあるんだが、夢っていうフィルター通してるんで、そこそこ大丈夫なんだよ。
ネット上で嘯くネット弁慶とメカニズムは一緒。
ついでに、俺の夢だけあって、俺との相性も悪くない。
芝居がかった科白回しが、俺にとっては、丁度いい。
「さあ、カイトさん、急ぎましょう。日が落ちる迄に次の集落に到着しませんと。夜間は話を聞くのは難しいですからね」
そりゃそうだ。
田舎ってのは、もうそれだけで警戒心が強い。
余所者や旅人を嫌う。
それが夜ともなれば、それこそ、こっちが家畜荒しと疑われかねない。
――さきを急ぐとしよう。