月光白華は恋の花
イラスト:konatsu様
アトラス王国の魔法薬研究室。
その一角で尻尾を揺らしながら窓の外を眺めている少女が一人。彼女は森に生息する魔法植物を持ってきてくれる。しかし、最近では気に入った人間がいるようで、何も用がないのに研究室にくるようになっていた。
「ちょっとぉ、そんなに会いたいならさっさと行ってきなさいよ。暇そうにぼーっとして」
室長であるセルダが、ルピナーに声をかけた。
銀色のふさふさした耳だけがぴくりと動いたが、振り向く気はないようだ。
「会いたいなんて言ってないやろ。それに森にいてもやな、いつもこーやって空眺めてんねんで」
彼女は魔力を持つ人狼である。変身が苦手であり、耳と尻尾は隠しきれていない上に、自分の年齢より大幅に若い幼児にしか変身できない。ルピナー自身は幼児の姿を気に入ってはいたが、最近少し不満な様子だ。
「はいはい。じゃ、やることないなら月光白華を取りに行ってちょーだい」
「せやな~今が一番咲いてる頃やな~。今日はちょうど満月やしあの花の魔力も高いねんな~……。でも今日はそういう気分やない。満月の日の昼間はちょっとダルいねん」
窓枠に額を付けてだらっと力を抜く。
実年齢どおりの見た目であれば気だるげな美しい女性なのかもしれない。好きな男に会いたくても素直に会いにいけない健気な女。夜、迎えにくるまで大人しく待ってるのだから、可愛いものだ。
実際には、親を待つ子供にしか見えないのだが。
「じゃー、いい話教えてあげるわ。月光白華の別名知ってる? 『恋の花』って言われているのよ。あの香りを嗅ぐと僅かに体温が上昇して、心拍数が上がるの。まるで恋をしている時みたいにね」
「匂い嗅いで、そんなんなったことないんやけど」
「あら、人狼と人間は違うわよ。で、それで作った香水を体につけて好きな人に会うとどうなると思う?」
揺れる尻尾がぴたりと止まった。
「……せやな。仕事やし、行ったるわ。ちゃんと肉用意しといてな」
「分かっているわよ。あそこは人間じゃ行けないし、報酬ははずむわよ」
ルピナーは立ち上がり窓枠によじ登ると、横目でセルダを見る。愛くるしい柔らかな頬は仄かに赤い。
「なぁ……その香水もくれるん?」
「ふふふ、いいわよ。だからいっぱい摘んできてちょーだい」
「や、約束やからな!」
そう言うとすぐに窓から飛び出した。
「本当、素直じゃないのよね~。面白いからいいけど」
セルダは可愛い友人ルピナーのために、香水を作るための準備を始めた。
◇
アトラス城が赤く染まる頃、王女の側近であるアルバートが研究室に顔を見せた。
「ちーっす。ルピナーちゃん、迎えに来たぜ~。あれ? ジルじゃん、どったの? 今日は直接迎えに来たん?」
研究室にいたのはルピナーの兄、ジルだった。ルピナーとは違い、完璧な人間の姿に扮している。無駄な肉のない鍛え抜かれた肢体に、キリリとした顔立ち。男らしい野生的な雰囲気もあり、男のアルバートから見てもカッコいいと思える人物だった。
「今日は頼まれた品を届けに来た……」
ぱっと見た感じでは分からないが、ジルはアルバートを見つけると嬉しそうに椅子から立ち上がった。
「そうなんだ。で、ルピナーちゃんはどこ?」
研究室を見渡してもいるのはセルダとジルだけだ。
「ルピナーは今、ハイリエの森に月光白華を採りに行ってる。だからこのまま――」
「なっ……ハイリエ生息地に?! あそこは危険指定区域じゃねえか!」
ジルの言葉を聞き、アルバートはセルダを睨みつける。
「人間は禁止だわね~。でもあの子ならだいじょ――」
「バカヤロウ!! そんなところ行かせるんじゃねーよ!! 俺、迎えに行ってくる!!」
セルダの話を全て聞く前に、アルバートは研究室を飛び出した。
「あらあら。相変わらずルピナーが人狼だって気がついていないのね~」
「ハイリエは人間には確かに危険。俺も一緒に行こう……」
「悪いわね~。帰ったら二人分のお肉用意しておいてあげるわね。って、耳出たわよ。本当、あんたたち兄妹はお肉好きね」
ジルは人間に変身するのは得意ではあったが、興奮すると獣の耳が飛び出す。
照れながら耳を隠すと、窓から出て行った。
◇
アトラス王国から東にある森は危険指定区域であり、立ち入り禁止になっている。何故ならそこにはハイリエという狼に似た魔物が生息しているからだった。ハイリエは群れで暮らしている。その群れを束ねているのが人狼なのだ。
そう、ハイリエの森はジルとルピナーの住む森である。
そんなことを知らないアルバートは、馬を走らせ急ぐ。後ろから大きな狼が付いて来ているのも知らず、前だけを見て走っていた。
ハイリエの森についた頃は既に闇が広がっており、アルバートは空を見上げる。
「満月か……何も準備せずに飛び出したから、この明るさはありがてぇ」
アルバートは緊張した面持ちで鞘から剣を抜き、馬でゆっくりと歩みを進めた。
「ルピナーーーーーーー!! おーーーーーーい、返事しろーーーーーー!!」
声を上げればそれだけ危険だったが、そうも言っていられない。
アルバートが森に入ってから数十分経ったが、ルピナーもいなければハイリエもいない。
「夜行性なのに一匹も出てこねぇって、なんかおかしいな……」
それもそのはず。
後ろにはジルがいる。ジルはアルバートに気付かれないよう、ハイリエたちに邪魔をするなと指示を出していたのだから。
◇
月光白華が咲くと言われている森の奥。
小さな泉に月の光が反射し、煌いている。
その周りには白い花が咲き乱れており、爽やかで少し甘い香りが辺りを包んでいた。
「なんで大人の姿になれたんやろか……。満月やから?」
すらりと伸びた素足を泉に浸し、寝転ぶ女性。年は三十より少し若いくらいだろうか。ふさふさの銀色の髪が月の光でキラキラ反射している。
普段は幼女の姿のルピナーであったが、今は年相応の姿をしていた。
人狼は月の魔力を使っており、満月の日は魔力が最大に増幅する。ルピナーが苦手とする変身能力は、月の魔力によって補填されたのだ。
恋の花。
そんな話を聞いたからか、ルピナーは大人になりたいと無意識に思ったのかもしれない。
狼から人間の姿に戻るとき、体は勝手に年相応の姿に変身した。ただ、耳と尻尾は収まってはいないが。
「おーーーーーーい!! ルピナーーーーーーー!!」
ピクピクっと耳が動く。遠くで自分を呼ぶ声が聞こえる。
「アル……? なんで?」
ばっと体を起こし、耳を立ち上げ遠くの音に意識を集中する。鼻をくんくんと啜ると、目を見開いた。
「やっぱりアルやん。どないしよう。こんな姿ウチやって分からへんやん。いや待って。むしろこの姿見てどう思うやろか……」
ルピナーは頭を振り、体を伸ばした。
「アルーーーーーーー!! ここやでーーーーーーー!!」
大声で叫ぶと蹄の音が近づき、ルピナーのいる場所にアルバートが姿を現した。馬から下り、剣を鞘に収めながらルピナーの前に立つ。
「ここは危険指定区域で、立ち入り禁止です。いったいここで何を?」
アルバートはルピナーだとは気がついていないようだ。不審者を見るように目を細める。
「禁止なんは人間だけやろ。大丈夫や。ウチの森やもん。危険なこと何もあらへん」
「あなたの森……もしかして人狼……っすか?」
「せやで。アルこそ何しに来たん? 人間の方が危ないやん」
ルピナーがいつものように話すと、アルバートは頭の先から足の先まで睨みつけた。
かなり短いショートパンツに胸までしかないローブ。ルピナーが着ているものによく似ている。
頭には獣の耳。お尻辺りにはふさふさの尻尾のようなものが揺れていた。
「いや……ルピナーっていう女の子がここに来てるって聞いて……危ないから……」
「ウチのこと心配して来てくれたん? やっぱウチのこと好きなんやん!」
声を弾ませいつものように抱きつくと、アルバートが慌てて離れた。
「いや……え? 何? 誰?」
「どう見てもアルの大好きなルピナーちゃんやろ?」
両手を広げてもう一度抱きつこうとすると、アルバートが頭を手で押さえてそれを阻止する。
「どう見ても違うやろ!! いやいやいやいや、ちょっと色々混乱してるんだけど!!」
「なんでや!! ちょっと年齢が上がっただけやんか!!」
「ちょっとじゃねぇぇぇぇぇぇぇ!! 八歳から二十代後半位になったら驚くだろ!! ってルピナーちゃん人狼だったんか!?」
「せやで。みんな知っとったで? 変身すんの下手やからいつもは子供の姿になってしまうねんけど、これが本来の姿や。どや? 惚れ直したやろ?」
「嘘だろぉぉぉぉぉぉ!! その耳と尻尾、飾りだと思うじゃーーーーーーん!! え、じゃ何? 子供じゃない? え? ジルも人狼かよ!! かぁーーーーーーっ」
自分だけ知らなかった事実にしゃがみこんで頭を抱えた。
「なんや、アル……がっかり……したん?」
ルピナーもしゃがみ込み、アルバートの顔を覗き込んだ。
思っていた以上に口から傷ついたような声が出て、ルピナー自身も驚く。
それに気がついたアルバートはルピナーの頭をくしゃりと撫でた。
「いや、がっかりはしてねー……してねーよ。驚いただけだし。ま、ルピナーちゃんが無事だったからいいか。な?」
にかっと作られたアルバートの笑顔にルピナーの胸が大きく跳ねる。
「そ、そか……無事やで。ほら、ピンピンしとる! あっ、なぁ! せっかく来たんやし、もう少しここで花見しよーや! な? そうしよ! ほれ、アルも靴脱いで泉に浸して。冷たくて気持ちええから!」
「うわ、おい、押し倒すな!」
尻尾をふりふりしながらアルバートの上に乗ると、ルピナーはにやりと笑った。
「それとも他のことしてもええんよ?」
指で頬を撫でると、アルバートが顔を赤く染める。
「ば、ばーか! そういうことは、大人になってから……って大人か……。いやいやいやいや。花見!! 花見がいい!! 靴脱ぐんだろ? ほら、どいてどいて!」
ルピナーを押しのけ、アルバートは靴を脱ぎ、ズボンの裾を捲り上げた。
「冷てぇっっっ!! くそ冷てぇよ!!」
泉に足を入れたが、すぐに飛び出した。
「それがええんやん。……人間には冷たいん? なら隣にいとって。あ、枕がええ。膝枕してや!」
「わかったわかった。中身は全然変わらねーな。ははは」
アルバートが胡坐をかくと、ルピナーがちょこんと頭を乗せる。嬉しそうにルピナーが笑うとアルバートがくしゃりと頭を撫でた。
「なんか変な感じだな」
「嫁になってもええで」
「なんでだよ!!」
「ええやん、けち」
「けちじゃねーし」
ここは月光白華が咲き乱れる場所。
別名『恋の花』と呼ばれる花は、香りを嗅ぐと僅かに体温が上昇し、心拍数が上がる。
それはまるで恋をしている時みたいに……。
アルバートがこの時、そう感じていたかはまだ誰も知らない……。
※登場するルピナーとジルはkonatsuさんのオリジナルキャラクターです。
詳しく知りたい場合は「https://ncode.syosetu.com/n3992du/48/」をご覧ください。




