表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴェイルズ ~番外編とかいろいろ~  作者: 田中桔梗
二次創作(いただきもの)
43/62

ディーン「桜咲く季節をあなたと」※学園パロ(2018/05/18)

作:石川 翠様 http://mypage.syosetu.com/730658/

絵:桔梗


石川 翠様より二次創作を頂きました。


学園パロです♡


 和装の男が西日が射す部屋の中で、ひっそりとお茶を()てていた。そんな男の姿を正座のまま穏やかに見つめているのは一人の美少女。会話のない部屋の中は、心地よい静けさが保たれている。そんな穏やかな時のなかで、男――ディーン――はぼんやりと、目の前の美少女――エリー――との懐かしい記憶をたどっていた。


「お茶でもいかがですか」


 今にして思えば、ディーンがエリーに最初にかけた言葉はありがちなナンパのようなものだった。初めて二人が出会ったのは、今日と同じ桜の季節。あの日彼女は、学校の裏庭で桜を見ながら何かを堪えるようにして泣いていた。


 家柄も良く容姿端麗なエリーは校内でも有名人。学年が一つ違うとはいえ、ディーンもエリーのことはよく見知っていた。そんな彼女がたった一人で、声もあげずに涙を流しているのを見て、ディーンは思わず声をかけてしまったのだ。普段ならば絶対にしない行為に、実のところディーン自身が驚いていたのだけれど。


 花びらが降り注ぐ中で座り込む彼女は、まるで桜の精のように可憐で、あまりにも儚くて。このまま消えてしまうのではないかと心配で声をかけてしまったのだと気がついたのは、それからだいぶ後になってからのことだった。


 適切とは言い難いディーンの台詞ではあったが、エリーの耳に届くという最低限の役割は果たしたらしい。見知らぬ声に驚いたように振り向いた彼女は、ディーンの姿を見てなぜか不思議そうな顔をして首を傾げていた。やはり和服は自分には似合わないのか。さりとて老け顔のせいか制服姿もしっくりこないのだが。時折教師に間違えられるディーンは内心肩をすくめながら、それでも言葉を続ける。


「私以外部員のいない茶道部ですが、それでもよろしければ。ささやかですが、茶菓子もありますよ」


 誘ったディーンが言うのも何だが、まさか本当にエリーが頷くとは思ってもいなかったのだ。少しでも彼女の気が紛れればと思って開いた二人きりの茶会は、不思議なことにもう一年も続いている。


 示し合わせたわけでもないのに、週の半ばになるとエリーはきっちりとディーンのもとへとやって来る。とはいえ、彼女は決して誰もここには連れては来ない。常に一緒にいるあの親友でさえ。やはりディーンのような根暗と知り合いだと友人に告げるのは、恥ずかしいことなのだろう。


 あるいは少しばかり良い方向に解釈するならば、彼女もまた息抜きをしたいのかもしれない。大勢の人に囲まれた有名人には、頭を空っぽにしてぼんやりする暇もないだろうから。そうディーンは解釈して、エリーを深く追求することはなかった。そんな秘密のお楽しみも今日で最後。ディーンは明日、この学舎(まなびや)に別れを告げる。


 ふと意識を現実に戻せば、柄杓(ひしゃく)を取ろうとした指先が震えていることに気がつく。どうやら柄にもなく緊張しているらしい。ディーンは小さくため息をついた。


 ディーンがいてもいなくても、エリーの高校生活は何も変わらない。多くの友人に慕われ、勉強にスポーツに励む。昨日より今日、今日より明日。日ごとに輝きを増し、薔薇色の未来に向かって進むばかり。あの日彼女が涙を流すことになった原因の男を取り巻く状況も変わった。紆余曲折あったものの、二人は既に公認の仲。学校を歩けば、仲睦まじく寄り添う姿が嫌でも目に入る。


 エリーが実の父親にさえ恋人の存在を秘密にしておかねばならなかった頃とは違うのだ。反対されることももはやなく、想いに蓋をして、好きでもない男たちと見合いをする必要もない。だから、粗末な茶会で慰めることくらいしかできないディーンはもうお役御免なのである。エリーの隣には、表立っていなかっただけで最初からずっとあの男が寄り添っていた。ディーンが入る隙間などどこにもありはしないのだ。


 薄茶点前(うすちゃてまえ)などもう何度もやった手順だというのに、どうしてだか何をして良いのかわからない。学外での大規模な初釜(はつがま)で亭主を務めた時でさえ、これほど緊張はしなかったはず。まるで習いたての頃のように危うい手つきで、ディーンは帛紗(ふくさ)を取り(さば)く。エリーが己を選ぶはずなんてない、それは最初からわかっていたこと。それなのにどうしようもなく乱れる心が苦しくて、ディーンはエリーから見えないように拳を握りしめる。無力で何も持たない自分でなければ何かが変わっていただろうか。


 どこか不自然なディーンの動きに気がついたのか、エリーが身じろぎするのがわかった。ふわりと甘い香りが思ったよりも近くでディーンの鼻をくすぐる。欲望に火がつきそうになるのがわかって、ディーンはぐっと唇を噛んだ。


 (さら)いたい。犯したい。自分のものにしてぐちゃぐちゃにしたい。どこにも逃げられないように閉じ込めて、この腕の中に抱きしめていたい。そう叫びたくなるのをただ堪えて、ディーンはエリーのために茶を()てるのだ。ディーンの薄汚い欲望など知らないエリーは、いつものようにまっすぐにこちらを見つめてくる。首もとにはこれまたいつものように赤い痕。エリーが気がつくことのない角度につけられた所有印は、確かにディーンを挑発し、同時に牽制する。あどけない顔で笑う彼女は、あの男の下ではしどけなく鳴くのだろうか。桜色に肌を染めたエリーの姿が脳裏をよぎる。


 掴んだ(なつめ)が小さく(きし)む。会いたくてたまらないくせに、会えば矛盾する想いに苦しめられる。なんて因果な恋。


 甘やかしたい、笑顔にしたいと思うのと同時に、違う男の隣で微笑むエリーが許せない。あの赤い印を上書きしてやりたいと思うのは日常茶飯事。正直に言えば、誰も来ることのないこの静かな部室で、エリーのことを押し倒してやろうと思ったことだってある。


 結局のところそれをやらなかったのは、桜の下で涙を流していたエリーがあまりにも綺麗だったからだ。美しい桜を我が物にしようとその枝を手折(たお)れば、桜は簡単にそこから腐ってゆく。きっとエリーの身体を手に入れたところで、心はディーンの元には堕ちてはこない。なぜかディーンには、それが良く理解できた。まるで遠い昔、彼女に恋い焦がれて、(なぶ)り傷つけたことでもあったかのように。


 もしその感覚が真実だとしたら。きっと前世でも、エリーはあの男と結ばれているはずだ。来世があったところで、やはりディーンが選ばることはないだろう。この手を取ってもらう日は永遠に来ない。誰に言われることがなくても、それはディーン自身がよくよく承知していた。それでも好きなのだ。彼女の側にいられるだけでディーンは本当に幸せだった。


 エリーの涙を流す顔も美しいけれど、彼女にはやはり笑顔が良く似合う。だからディーンは彼女の選択を尊重するだけ。もう側で見守ってあげることはできないけれど、きっと大丈夫。そしてエリーはディーンのことなど、じきに忘れてしまうだろう。


 雑念に(まみ)れていても、不思議なことに茶はいつものように()て終わっている。静かに煮えたぎる想いも、口には出せない苦い想いも、全部込めて。茶筅(ちゃせん)を置けば、立った泡が震えるように小さく揺れる。部室の窓の向こう側で、ひらりと桜が舞った。


 桜の季節に自分のことを思い出して欲しいとまでは望まない。それはこんな取り柄のない男には過ぎた願い。いつか抹茶のほろ苦さに懐かしさを覚えてくれたなら、それで十分だ。ディーンはエリーの方に茶碗を差し出しながらそう思う。


 手の届かない憧れの彼女。その柔らかな指先が、くるりと茶碗を回した。背筋を伸ばして茶碗にそっと口をつける。茶会の最中だと言うのに、思わずディーンの口から言葉が漏れた。


「綺麗だ……」


 きょとんとしたエリーは、数回目を(しばた)かせて後ろを振り返る。満開の桜が目に飛び込んできたのだろう、彼女が小さな歓声をあげた。


「本当に、なんて綺麗な桜」


 桜よりも美しいのはあなただと、何よりも愛しいのはあなただと、そう告げることもなくディーンは卒業する。不器用な心はエリーさえ知らぬ間に全て彼女に預けたままで。愛しているという言葉の代わりに、ディーンはただ静かに微笑んだ。



挿絵(By みてみん)


石川 翠さん、素敵なお話をありがとうございました!!


投稿日時メモ:2018/05/18 12:00

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ