リリュート「雨音に隠れて」(2017/05/31)
作・絵:七瀬渚様
http://mypage.syosetu.com/700031
二次創作を頂きました。
もしも乙女ゲームでリリュートルートがあったら……。
10章終りで分岐してリリュートを選択した場合のお話になります。
エリー王女がK地区で過ごす辺りですね(^^)
二次創作としてお楽しみください☆
ポツ、ポツ、ポツ
窓につく滴りで、時が迫ったことを知る。
その足音は掻き消されてしまって決して聞こえはしないのに、次第にわかるようになっていきました。
サァァァ……
建物を打ち鳴らす音が走り出すように速度を増すものですから、私も急いでバスルームへ向かうのです。誰にも告げず一人で身体を清めます。これも随分と手慣れたものとなりました。
アランは気付いているかしら?
もう以前程は人目を気にすることもないのに隠れるように振舞ってしまうのは、きっと罪悪感から来るものに他なりません。それでも、私は……。
ザァァァ……
降りしきる音が一層強くなると私もおのずと駆け足になります。
髪を整えてアクセサリーに手を伸ばす。そういえば先日もこれを着けていたわ。見飽きてしまうかしら、がっかりするかしら、あの方は……。
そうやって悩んでいる途中、まだ不完全な私の元へあっという間に追い付いてしまう。
「申し訳ありません。私、学校から戻ったばかりで……お化粧も直しておきたかったのですが間に合いませんでした。このネックレスも、先日のと同じ……」
…………っ!
有無を言わさず手首を掴まれるとそのまま唇を奪われます。そのまま呆気なくベッドの上へと雪崩れて。
「エリー」
飾らないありのままの私の名を呼んだ貴方は、一生懸命選んだ装飾を次から次へと外してしまいます。こんな飾りなど要らない。ありのままの君が欲しいなどと甘い吐息と共に囁くのです。
私の体はその声にぞくぞくと反応してしまいます。
それはいくつもの夜の記憶が幾重にも連なって、この身を包んでは火照らせてきたからです。
クローゼットへ仕舞いそびれたハンガーがけのスーツが目に入り、あの日を思い出してしまいました。
ある日は帰宅したばかりで、あのスーツに身を包んだままでした。仕事終わりの身体を清めることも出来ぬまま窓枠へと追いやられ、貪欲で何処か寂しげな眼差しに捉えられた。
まるで何か期待するように汗ばんでいく、タイトスカートから覗いた私の脚を彼の冷たく大きな手が這っていったこと。繊細な指先で顎を上向きにされた後、吐息を漏らす唇へ容赦なく甘噛みをされたことを……。
そんな記憶が妖しく混じり出す。
絡ませた指と指とを強く握って確かめる。
「リリュート……」
鳴り響く二つの水の音。
この身体の原型すら無くしてしまいそうな甘いひととき……それは、いつしか貴方の音色となった雨音を感じる時間です。
☆✴︎☆✴︎☆
私はアトラスという国に生まれた王女。名をエリーと申します。
そしてセルドーラという街にある公爵家の長男・リリュートは、親同士が仲が良いという接点から国王候補者に名が上がりました。
他の候補者の方とは違って彼の垂れ下がった瞳からは欲望と呼べるものさえ感じませんでした。極めて控えめな方。一度はご自分から候補者の辞退を告げてきた人です。
それがどういう心境の変化だったのでしょうか。
――私は……エリー様の笑顔に……おそらく恋に落ちてしまったようです……――
おそらく、なのだそうです。困惑した表情に私もどう応えて良いのかわかりませんでした。
しかしそんな歯切れの悪い彼の想いも次第に形を変えていきました。恥ずかしくて目をそらしてもわかってしまう程に。
あるときは不意にこの唇を奪い、あるときは他の男性と共に居るのを見たくないなどという独占欲を露わにしました。
嫌ではないのです。私はリリュートを信頼している。だからこそ私はますます彼とどう向き合えば良いのか悩むこととなりました。
運命が方向を変えたのはきっとあの日。
度重なる候補者たちとの対面、そして触れ合い。今はもう逢うこともかなわないかつての恋人に対する罪悪感から息が苦しくなった私を通りかかったリリュートが助けてくれました。
優しかったのです。彼は相変わらず優しかった。
それなのに私は呆気なくベッドの上に組み敷かれてしまった。貪るように、無理矢理に、舌を絡ませた彼は私が誰にでも身体を許すことが耐えられないと苦しげに訴えたのです。
あんなに怒っているリリュートを見たのは初めてでした。私も馬鹿だったのです。お父様の誕生日祝いの席でも彼をダシにして逃げ出した。深く深く傷付けてしまったがゆえに招いた憤り。これは単なる罵りではなく彼の悲鳴なのだとやっと気付いた私の頬を一筋の涙が伝いました。
「私は……何もわかっておりませんでした……」
悔しくて切なくて。ただひたすら自分が許せなくて泣きじゃくる私に初めこそ戸惑っていた彼なのですが、流れはここでまた変わったのです。
そっと腕を引いて起き上がらせると彼は再び私を強く抱きすくめました。
「貴女がわかっていなかったとおっしゃるなら、きっと私もわかっていなかった」
耳元で囁く声が震えていました。震えながら全て聞かせてと言ったのです。
私は全てを話しました。ジェルミア様ともディーン様とも関係など持っていないと念を押した上で、未だに忘れられない人がいることを明かしました。その人にはもう触れられない。何故ならもうこの世には居ないから、と。
「その人はどんな人だったの?」
「優しい方でした。明るくて気配りが細やかで、いつも笑顔を絶やさない……」
「どう笑うの?」
「えっと……笑い方、ですか?」
思わぬ質問に私は戸惑いました。だけど真剣な眼差しで覗き込まれると受け流す気にもなれなくて、自分の持つ精一杯の言葉を繋いで伝えました。
――レイは……
あの人は、瞳をキラキラ輝かせて、頬をちょっぴり染めて、白い歯が覗くくらい口角を上向きに……
「こう、ですか?」
「あ、はい」
正面から問いかけるその姿を目を奪われました。
元々笑い慣れていないお方なのだと薄々気付いてはおりました。なのに一生懸命、不器用な笑みを作っていらっしゃるのです。
正直に言うとそれでは足りない。まだきごちないです。もっと心から笑った顔が見てみたいなどと思っていた矢先。
「この呼び方でいいですか?」
「え……」
「エリー様。その人も同じように……?」
「リリュート……」
意味を察すると急に胸が苦しくなってきました。まだ答えてもいないけれどこの人にエリーなんて呼ばせてはいけないと思いました。
「リリュート、お願いです。レイの代わりになろうだなんて……!」
そんなことをしてはいけません。貴方はもっともっと傷付いてしまう。
しかしリリュートは首を横に振ったのです。全然馴染んでない笑顔で、それでも彼らしい優しい声色で。
「いいえ、代わりでありません。私はそれ以上に与えてみせる」
ちょっぴり貪欲に。この人は本当に油断の出来ない方だったのです。
全身に振動をもたらしたリリュートの切なる想いを受けて自分自身を見つめ直すべきだと実感がつのりました。
私は思い切って全てから離れてみることを考えたのです。
しばらくは王女を辞める。一民間人として学校に通ったり仕事に就ければ……という提案に側近のアルバートは困惑していたのですが。
「K地区で暫く住まわれるのはどうでしょう?」
この提案を後押ししてくれたのもリリュートです。彼は次々と私に気付かせてくれる。決して押し付けるばかりでなかったのです。
王女という素性を隠しK地区の一教師となった私をリリュートは度々支えてくれました。彼自身も民間人を装ったりなどして私の元へ来てくれる日もあったのですが。
気が付けば私は夜を迎えるごとに震える肩を抱いておりました。それは得体の知れない不安……いえ、寂しさとでも言うのでしょうか。
教師の仕事は親切な仲間たちのおかげで順調に進んでおりました。サラという素敵なお友達もできました。それなのに。
先日亡き恋人・レイとよく似た声を耳にしたからでしょうか? こうして手を握り合い一晩中愛の言葉を囁いてくれた、あの……
想いを馳せると応えてくれたような気がしたのです。陽だまりのように降り注ぐ優しい微笑み。
だけどそれは。
「…………っ」
レイではなかったのです。
どくんと高鳴ったが最後、麻酔にでもかかったように彼の残した余韻の中へ落ちていく。
その名を口にすることをためらいました。誰も居ないけれど、もし……もし、レイが聞いていたら? 裏切られたと天国で悲しんでいたら?
たまらない自責の念に苛まれていた何回目かの夜に雨が降り始めました。
なかなか止まる様子もない雨音に紛れるようにして彼がやってきたのです。ひっそりと。
「……っ、リリュート……」
――逢いたかった。
おのずとそんな言葉が浮かびました。何度顔を合わせても埋められはしなかった。不器用な微笑みを見せてくれたあの日にいつしか還りたいとさえ願っていた自分に気付く頃。
「失礼ながら……“エリー”」
彼も何か感じてくれたのでしょうか。
深々とこうべを垂れながらも懐かしいあの響きで呼んで下さった。一体何処で気付いたの? ひたむきな姿勢と不器用な笑みに胸を揺さぶられた私はごく自然に導かれていきました。
――ごめんなさい。
ごめんなさい……レイ。
口付けだけどうか許して。ほんの少しだけこの人を知りたいと思う私を、許して。
少し、だなんて。そんなものでは終われないと予感はしていたのに往生際悪く内心で詫びを繰り返していました。儚げな容姿からは想像もつかなったリリュートの力強い腕に包まれながら。
それからリリュートは決まって雨の日にここへ訪れるのです。初めこそ偶然だと思っていたけれどこれは違う。気付いた私がある日の晩に問いかけると。
「だってエリー、泣いてるでしょ」
短い一言だったけれどすんなりと意味を察しました。私がどれだけ泣いてもいいように、甘い嬌声の中でうっかりレイの名を口にしてもいいように……だなんて、気配りまで不器用な方なのだと知りました。
☆✴︎☆✴︎☆
あれから月日が流れました。K地区での生活がひと段落し再びアトラス城へと戻ってきた私ですが、リリュートとの関係も未だなお続いております。あの頃みたいに頻繁に逢うことはさすがにかないませんが。
ええ、もうみんな気付いているでしょうね。マーサはもちろん、アランもアルバートも、申し訳ないことにいつだって私の幸せを一番に考えてくれるのです。私が立ち直れるならばそれでいいと、言いたくないのならそれでいいと、私たちを閉じ込めたままにしてくれる。
王女を辞めていたあの時期……彼と私は籠の中でもつれ合う二羽の鳥のようでした。無理に表へ出ないのが暗黙の了解で、それは私が長らく身を置いてきた閉鎖的な環境に似ているのに不思議と寂しいとは思いませんでした。
今思うと傷を癒し合っていたのでしょう。そんな答えに辿り着く頃、私はもう一つの答えに触れようとしていました。
久しぶりの再会の日。
今がそのときと推し進めるかの如く、雨音が遠のいていきます。
口付けを交わし合ったばかりのリリュートが何故か慌てた様子で窓の方へと向かっていく。気が付けば引き止めようと伸びていた自身の手の動きに驚きました。ああ、私はもう、こんなにも、彼を離したくない。
「雪……」
ぽつりと呟いたリリュートの元へ近付いた私は意を決してその背中に縋り付きます。驚いたのでしょうか、短く息を飲む彼に見出した一つの答えを伝えてみるのです。
――ねぇ、リリュート。
「泣いているのは貴方ですね?」
恐る恐るこちらへ振り返った彼の濡れた頰が答えを裏付ける。そんな気がしていました。
「申し訳ありません。私はエリーを言い訳にした。何もかも貴女の為にとは考えられなかった……弱い男です」
垂れ下がった瞳を潤ませてそんなことを言うリリュートへ私はかぶりを振って見せます。だってそれは私も同じですもの。いいえ、私の方がよほど貴方の優しさに甘えていたわ。
冷えきった頬に手を添えると私は精一杯微笑みます。きっと不器用でしょう。だけど貴方ほどではないわとちょっぴり悪戯を交えたりなどして。
「空が私たちに言ってくれているのです。もう必要無いと」
「エリー……」
「紛れる必要なんて無いのですよ。リリュート、今の私は誰よりも貴方を見ています」
痛みに耐えるかのように瞼を固くつぶった彼が照れくさそうに笑いました。随分と上手くなった笑い方、だけどやっぱり放っておけないの。
「きっと綺麗な雪景色になる。今度街へ出てみようか」
「はい、K地区にもまた行ってみたいです。その……」
「なんだい?」
「リリュートを紹介したいです。私の大切なお友達に」
全てが決まるまで私の素性は公には出来ないことでしょう。だけどもう気付いてくれたみたいですね。
この想いを隠す必要はもう無いのだと。
雪は密かに舞い降りるものです。不思議と音色を持っている気がするけれど、我を忘れる熱い営みを掻き消してくれる程のものではありません。
「エリー……ずっと一緒に」
「はい。愛しています、リリュート」
重なり合った二つの息遣いから加速して混じり合う音まで、もう全部聴こえてしまいます。ちょっと……恥ずかしいですね。
だけどせっかく天がお許しを下さったのです。すぐに罪悪感が消える訳ではないけれどわかったような気がします。
過去の恋が嘘になる訳ではないのです。そして育んだ絆は確かな真実をもたらしてくれる。
ああ、もう手離したくはありません。この先もずっと、ずっと、この不器用な微笑みとぬくもりで包んで下さい。
――リリュート。
「リリュート……好き……っ」
純白の天使が舞い降りるこんな夜はどうか惜しみなく、貴方の音色を私に響かせて。
(【ルート】リリュート 「雨音に隠れて」)
七瀬さん、素敵な小説をありがとうございました!!!
投稿日時メモ:2017/05/31 13:16




