エリー王女のバレンタイン(2017/02/14)
一月下旬、久しぶりによく晴れた朝。いつものように側近であるアルバートがエリー王女の部屋に入ってくると、エリー王女はアルバートの腕を掴んでソファーに座らせる。
「え? 何々?」
アルバートがどうしたのかと驚いているのも構わず、エリー王女はその隣にすとんと座ると、期待の眼差しをアルバートに向けた。
「今年はチョコを作ってプレゼントしたいです!」
そう意気込みを見せるエリー王女に対して、アルバートはたじろぐ。
「んぁ~? ああ、いいんじゃねぇの? 喜ぶっしょ」
なんだそんなことかとアルバートが適当に答えるが、エリー王女は真剣な表情を崩さない。
「それで……あの……セイン様は甘いものは好きですか? 苦手なものはないですか?」
良く考えたらエリー王女は、セイン王子のそういうことは何も知らなかった。アルバートであれば仲も良いし、何か良いヒントをもらえるのではないかと思ったのだ。
「甘いのは別に嫌いじゃねーはず。ま、エリーちゃんから貰えれば何でも嬉しいんじゃね?」
「いえ、どうせなら喜んで欲しいのでアルバートに相談しているのです……」
「あ~、そうだな~……」
アルバートはセイン王子の喜びそうなことを思いついたが、流石に王女に対して『体にチョコを塗れば』とも言えない。横を見るとエリー王女がキラキラと瞳を輝かせている。物凄い期待感……。
「あ~……。あっ」
アルバートは閃いた。
◇
バレンタインに合わせて、エリー王女はアランとアルバートを引連れてローンズ王国を訪れていた。食事を終え、エリー王女はセイン王子の部屋を訪れていた。
「ここがセイン様のお部屋ですか……」
エリー王女は初めてのセイン王子の部屋に少し緊張しており、きょろきょろと部屋を見渡している。部屋はローンズ王国の色でもある、紺色を基調とした落ち着いた部屋だった。
「わざわざ遠くから来てくれてありがとう。エリーがこの部屋にいるなんて、なんか不思議だね」
セイン王子は自ら紅茶を淹れ、エリー王女に差し出した。
「アル先輩みたいに上手くは淹れられないけど、どうぞ」
「ありがとうございます。ふふふ、セイン様に淹れてもらえるなんて、なんだか嬉しいです」
そう言いながら一口飲み、美味しいですと微笑んだ。
「あの……。今日はバレンタインですので、チョコを作ってきたのですが……」
「え? エリーが作ってくれたの? 凄く嬉しいよ」
エリー王女は持ってきていた袋から横長のプレゼント箱を取り出した。
「セイン様……。大好き……です」
頬を赤らめながら伝えてくるエリー王女に、セイン王子は今すぐにでも押し倒したい気持ちになった。しかし、そこはぐっと堪えプレゼントを受け取る。
「ありがとう、エリー。開けていい?」
「はい……」
緊張しているのか、エリー王女はそわそわとセイン王子を見つめている。セイン王子が青いリボンをするりと解き、包装紙はがし、白い箱の蓋をゆっくりと開いた。
中に入っていたのは、細長い棒状のクッキーに持ち手以外はチョコがコーティングされているお菓子だった。
「わぁ、美味しそうだね。じゃ、早速……」
「あ!」
食べようとしたところをエリー王女がセイン王子の手を止めた。
「ん? まだ食べちゃダメ?」
「あ、あの……」
何故か顔を真っ赤に染めて見つめてくる。そんな風に見つめられては色々と我慢が出来なくなるんだけど……。
「これは、その……恋人同士での食べ方があるそうで……」
その言葉にピンときた。またアル先輩に吹き込まれたのか。しかし、恥ずかしそうにしているエリー王女を見るのは好きなので、セイン王子は知らないふりをすることにした。
「そうなの? じゃ、それで食べようか。どうやって食べるの?」
「はい……、それをお借りしても?」
セイン王子が持っていたチョコを受け取りると、それをじっと見つめている。
「エリー? どうしたの?」
「え? はい……あの……ちょっと恥ずかしくて……」
エリー王女は頬を染めたまま困ったように笑う。あまりにも可愛くて思わずにやけてしまいそうだったセイン王子は、手で覆って口元を隠した。
「あー……じゃ、普通に食べよっか?」
「あっ! いえ、そういうわけにはまいりません。大丈夫です! ……あの、では三秒ほど目を閉じていていただけませんか? その間に準備いたしますので……」
少し焦った様子のエリー王女はそう提案してきた。思ったとおりの反応をしてくれるエリー王女をセイン王子は愛しく思う。
「うん。じゃ、数えるね。三、二、一……」
セイン王子が瞳を開けると、瞳をぎゅっと閉じ、チョコを咥えて顔を突き出すエリー王女の姿があった。僅かにプルプルと震えてる。可愛いな。セイン王子は顔をほころばせる。エリー王女が咥えたチョコの先をセイン王子は焦らすようにゆっくりと食べて行く。
徐々に近づいてくるクッキーのかじる音と振動がエリー王女の緊張と期待感を煽り、胸を高鳴らせた。気配であと少しだということは分かった。しかし、あと寸前というところでピタリと止まり、顔が離れていくのを感じた。
「うん、美味しい。じゃあ、もう一本食べてもいい?」
目を開けるとセイン王子が微笑んでいる。
「はい……」
期待感を裏切られたような少し残念な気持ちを残したまま、エリー王女はまたチョコを咥える。同じようにセイン王子がチョコを食べ、唇に触れる前に離れてしまう……。
これは聞いていたのと違う。違うと思っているが、違うと言えないエリー王女は視線を落とす。
「どうしたの? 食べ方違った?」
ちょっと腑に落ちない表情をしているエリー王女を見て、セイン王子は顔がゆるむのを堪えてそう聞いた。
「あの……」
セイン王子は首をかしげて見ている。どう伝えればいいのだろうかとエリー王女が頭を悩ましていると、セイン王子がにこっと笑う。
「あ、じゃ、エリーがやって教えてくれる? はい」
「私が……ですか?」
にこにことセイン王子が頷き、チョコを咥えて瞳を閉じる。少し躊躇したが、エリー王女はドキドキと高鳴る胸を押さえながら唇を近づけた。本当にこのまま口付けていいものだろうかと悩みながらゆっくり食べ進める。口づけは初めてではないのだからと、自分に言い聞かせて、徐々に近づくセイン王子を意識する。
寸前のところでもう一度躊躇したが、意を決して唇触れるところまで食べた。しかし恥ずかしさのあまり、直ぐにセイン王子から距離を取る。どう思われたのだろうかと不安になり、口元を手で隠しながら上目遣いでセイン王子を見ると、離れたはずのセイン王子がすぐ近くまで来ていた。
「そっか。エリーごと食べて良かったんだ」
「え?」
いたずらっぽく笑うセイン王子はエリー王女の手首を掴み、そのままソファーの上に組み敷いた。
「あ、あの……」
「それじゃ、いただきます……」
セイン王子はエリー王女の甘い声を聞きながら、ゆっくり味わって行った――――。
―――恋するプリンセス ~バレンタイン編~ 完