3-1 祭り
ケイオスの用意してくれた宿は通りに面しているため、
ヴァロは通りの喧噪で起こされた。
身を起こして外をみると窓の下の道が人で埋まっていた。
露店が道の脇にひしめき合い、まだ朝だというのに売買する声が聞こえてくる。
その上服装もばらばらで、どこかの民族服のようなものまで見かける。
まるで大陸中からここルーランに人間が集まってきたかのようだ。
活気があるとは聞いていたが、これほどまでとは想像以上である。
ヴァロは着替えて下の階に向かう。
一階の一室ではケイオスとフィアが優雅に茶を飲みながら談笑していた。
二人が並んで座っていると、まるでそこだけ違う時間が流れているかのようだ。
「ヴァロ」
「ようヴァロ、やっと起きてきたな」
フィアとケイオスが揃ってこちらを向く。
「そこに座れ」
ケイオスの言う
ケイオスは立ち上がると、茶を入れる。
自身で入れた茶を差し出してくる。
「ルーランで手に入れた東の大陸から茶だ。なかなかいい香りをしているだろう」
ケイオスは茶器を持ってそうささやく。
いつも思うが兄のしぐさは驚くほど様になっていると思う。
同じ時間を過ごして来たはずなのにどうしてここまで違うのかとよくヴァロは思う。
一晩寝て回復したのか、この結界に慣れたのか、
フィアにはいつもと同じ笑顔が戻っている。
「それはよかった」
フィアの笑みにケイオスもまた笑みを返した。
ケイオスのフィアへの溺愛っぷりは半端ではなかった。
以前は取引で出てきたというドレスをフィアに贈ったことがある。
ドレスと言えばその価値は高い。
例え使い古しだとしても結構な額になる。
フィアになにか贈り物をするたびにヴァロは兄に抗議するのだが、聞いてはもらえない。
本人曰く、孫がいたらあんな感じなのだろうと思ってな。だそうだ。
すでに子供を飛び越えて、孫とか言っている状況である。
フィアには特に害はないために、ある程度はほっておくことにしている。
ヴァロは最近ではすでにそういうものなんだと達観するようになってきていた。
「それで兄貴、時間は大丈夫なのか?」
「…問題ない」
とか言って茶をすすっている。
背後でいつもなら無表情な黒服の護衛があきれた顔をしていた。
おそらくこの時間を作るために何かしら犠牲にしてるのだろう。
「そうだ、ドーラのことなんだが…」
「手紙で聞いている。騎士団の方から要請を受けて協力をすることになったのだとか。
祭りの用意もないがしろにして、どこかへいってしまうのは他の者に対して示しがつかない。
本来ならば叱りつけているところだ」
「あいつに協力を頼んだのは俺なんだ。
事情はいえないが、あいつの力がどうしても必要だった」
『真夜中の道化』の魂連結の魔法を見抜いたのも奴だし、一緒に戦ってもくれた。
ドーラがいなければ『真夜中の道化』の真の意味での討伐は厳しかったし、
もっと違った結末だったかもしれない。
ヴァロの言葉にケイオスは少し考え込むようなしぐさをみせる。
「私からもお願いします。ドーラさんにはとてもお世話になりました
「…フィアちゃんがそう言うのであれば叱らないでおこう」
ケイオスのその言葉にフィアは胸をなでおろす。
「叱らない代わりに一つ聞かせてもらいたい。
フィアちゃん、あの男は少しでもお前たちの役にたてたかい?」
ケイオスはフィアに。
「はい」
「ならいい」
フィアの答えにケイオスは笑って応じる。
「そうそうケイオスさん、明日から行われる祭りのことについて詳しく聞きたいのですが」
「明日から三日間、ここの総督府主催で祭りが開かれる。
ルーランにいる商会が総出で祭りを行う。年内最後にして最大の行事だ」
交易都市で最も権威のである総督が主催しているものだ。
その規模は最大のモノであることは間違いはないだろう。
「兄貴たちの商会も参加するのか?」
「ああ。ただ私たちの商会は今年から入った新参だ。祭りに参加するのは最終日の競売会だけだがな」
「競売会?」
聞いたこともない言葉を耳にしてヴァロは聞き返す。
「場に出された物品を競りにかけて、最も良い値段を出した買い手に売却するイベントだ。
小さなものは月一でこのルーランで開催されている。
明後日行われる競売会はある一定以上の条件を満たした商会が参加できる決まりになっていてな。今回は総督府主催の上に祭りの目玉でもある。
年間通してもっとも大きな競売会になる。
売り上げの一割は総督府に入る仕組みになっているし、ここで顔を売っておくことは今後の商売に響いてくる。
それで毎年どの商会も競って世にも珍しい品物をかけてくるって話だ」
「そんなことがあったのか」
感心したようにヴァロ。
競売会などヴァロの住む、フゲンガルデンでは行われていないし、
見るのも聞くのも初めての出来事である。
「今回ルーランを訪ねたのは、その出し物を持ってこなくてはならなくてね。
わざわざフゲンガルデンからこの祭りに参加するために足を運んできた」
ケイオスは笑ってそう答える。
「それで兄貴はルーランまでやってきたのか」
「まあな。商会の命運がかかっている。こればかりは人任せにはできないからな」
ケイオスは茶器を片手に続ける。
「それで兄貴は競売会に何を出品するつもりなんだ?」
「それは…」
ケイオスが言いかけると勢いよく扉が開く。
一人の男がその部屋に入ってきた。
ヴァロは身構えるもケイオスは右手で制した。
「ケイオスさん、良かった見つかった」
必死でケイオスを探していたのだろうか。息を切らし、肩を上下させている。
「どうかしたか?」
ケイオスはその男に視線を向ける。
「はあ、はあ…リュウレン商会の連中とうちの商会の連中がもめてるみたいで…。
…ケイオスさん、すぐ来てください」
男の言葉に
「わかったすぐに向かう」
ケイオスは立ち上がり、足を扉に向ける。
「すまないが、楽しい茶会もこれまでのようだ」
「俺も行く。男手は一人でも多いほうがいいだろう。
「それに荒事は得意だ」
ヴァロは背後に立てかけておいた剣を手にして立ち上がる。
「私も」
フィアもつられて立ち上がる。
「好きにしろ」
ケイオスはヴァロを一瞥すると部屋を足早に出て行った。