2-1 丘の上の屋敷
聖堂回境師、ユドゥンの屋敷は交易都市ルーランを一望できる、
見晴らしのいい丘の上にあった。
ヴァロは宿で騎士団の制服に着替えると
フィアとともに丘の上に向かうことにした。
馬車を捕まえては御者に行先を告げると何度も断られる。
それをしばらく繰り返し、ようやく行くだけならという御者を捕まえたのだ。
屋敷まで続く道は一本道でヴァロたちはそれを真っ直ぐにたどる。
「いい景色だ」
眼下にはルーランの街並みが広がり、その先には港、海が続く。
「フィア」
「異様ね」
港町の風景を見ながらフィアはそうつぶやいた。
本来なら総督府やこの都市の支配者が身を置くべき場所である。
一般の人間にも見えるらしく、
ヴィヴィやニルヴァなどと比べると自己主張が強すぎる気もしないでもない。
ヴァロたちが馬車から降りるのを確認すると、御者は逃げるように元来た道を引き返していった。
帰りが徒歩になったことにヴァロは嘆息する。
フィアがその門の前に立つとその門はひとりでに開く。
門の先には黒の燕尾服に身を包んだ女性の姿があった。
腕を背後に組み、ステッキを手にしている。
まるで執事のようにも見えなくはない。
つややかな黒髪は肩まで伸ばしており、目は閉じられている。
隙がない美人といったとこか。
物腰には隙がなく、それでいて気配が尋常ではない。
武術の心得でもあるのだろうか。
「フィア殿ですね。初めまして、私の名はピューレア。あの方の弟子兼従者を務めております」
感情のこもった声で彼女は言って頭を下げる。
「こちらこそ、『盲目のピューレア』。初めてお目にかかります」
どうやらこの女性結構有名人らしい。
それなら尋常ならない気配も確かに納得である。
「そちらの殿方は?」
ピューレアはヴァロに視線を向ける。
「初めまして、ヴァロ・グリフと言います」
ヴァロは頭を下げる。
ヴァロは名前を聞かれるとは正直思っていなかった。
「ほう、あなたがかの有名なフゲンガルデンの『竜殺し』。
まさかここで会えるとはおもいもしませんでした」
驚いた様子を見せ、手を差し出してくる。
「ああ、どうも」
初対面の魔女に握手を求められられたのはきわめて珍しい。
ヴァロはあっけにとられながら握り返した。
「案内しましょう。ついてきてください」
彼女はヴァロたちに背を向けて歩き出す。
ヴァロは歩き方からこのピューレアという女性は相当訓練をしているのがわかった。
フィアは黙りこくったままなのでヴァロは話題をつくることにした。
「おひとりなのですか?」
「あの方の弟子は私を含めて三人おります。
他の二人は現在遠方へと出払っており、現在このルーランにはおりません。
私の仕事ばかり増えて困ったものです」
思ったよりも柔和な人柄にヴァロは少し驚く。
「失礼ですが、そのステッキは護身用ですか?」
ヴァロは気になっていたことをピューレアに尋ねてみた。
杖はファッションの一つでもあるが、貴族の武器として使われることもある。
「ええ。あの方の前で剣を握っているわけにもいきません。
そう言う点で杖と言う武器は私の立場にあったものでした。
本業は魔法ですが、杖術もそこそこに使えますよ。
今では形もまねてしまえということで執事の服装をしております」
恥ずかしそうに笑って応える。
この女性、己の謙遜はしているが身のこなしからかなりの腕前だろう。
ヴァロはこのピューレアという人間に好感をいだいた。
「魔法も使われるのですよね」
「もちろん。ただ私の魔法はかなり特殊で普段の生活ではあまり使うことはありません」
「武術を身につけたのはそのためですか」
武術と魔法は全く別のモノだ。
それを一から学ぶということはとんでもない労力を必要とする。
「少し違います。私はあの方を襲いにくる暴漢の方の身を案じてと言った方が良いのでしょうか」
「はい?」
ヴァロは言ってる意味が解らない。
「あの方を人と関わらせてはいけませんから」
ますます意味がわからない。
ヴァロはフィアにその意味を聞くべくフィアを見る。
フィアの顔を見ると汗が噴き出ている。
ユドゥンの屋敷に来てからというもの、フィアの様子がどこかおかしい。
見えないようにヴァロの服をぎゅっと握って離さない。
彼女は怯えている風なのだ。
どんな相手を前にしてもフィアは怯えることはなかった。
ヴィヴィやニルヴァ、エレナと出会った時は堂々としていたし、
ヒルデと相対した時も格上だと認識しても戦うことはできた。
ラフェミナや幻獣王ローファとも対等に接していたはずだ。
ピューレアと呼ばれる女性は扉の前で足を止め、こちらに振り返る。
「あなたは正しい。そして強いがゆえに彼女を正しく識れる」
その従者ピューレアはフィアと向かい合う。
「…」
「安心してください。ユドゥン様はあなたを好いておられます。
その上あなたは来賓です、あなた方に危害を加えるようなまねはなさらないでしょう」
ピューレアはフィアを見透かすように告げてくる。
彼女は一際大きい扉の前に立ち止まる。
「ユドゥン様、フィア殿をお連れしました」
ピューレアはその扉をノックをすると、声を張り上げた。
「あの方はこの扉の先におられます。くれぐれも粗相のなきよう」
彼女は面を伏せ、その扉の脇に立つ。
「ヴァロ、一度頭を撫でて?」
フィアは小声にヴァロは驚く。
ヴァロはピューレアからは見えないようにフィアをなでる。
そのあとフィアは息を吸い込むと、扉の前に立つと深呼吸をして、扉に手をかけた。
「失礼します」
その女性は部屋の中央にある長椅子に寝そべっていた。
悠然と泰然と。
そして、ヴァロとフィアはユドゥンと出会う。
この出会いが二人の運命を大きく変えていくことになろうとは、
この時ヴァロたちは知る由もなかった。