1-3 兄との出会い
「よう、ヴァロ」
背後から聞いた声を聴いてヴァロは思わず振り返る。
そこにはヴァロの実兄ケイオスと黒服の男オルカが立っていた。
ケイオスはきっちりとした服装で、上物の服を着こなしている感がある、
そのしぐさ一つ一つが洗練されていて、見る者の目を奪う。
どこぞの貴族といわれても納得してしまうだろう。
オルカとよばれる黒服の護衛はというと真っ黒な長い黒髪、黒服で長身。
顔かたちはおそろしいまでに整っている。
煌めく金色の瞳はまるで人ではない何か別のモノのような印象すら受ける。
ヴァロはどうもオルカと呼ばれる護衛が苦手であった。
兄ケイオスとしか話したところを見たことがない。
兄からは信頼を置かれているらしいが。
その二人が並んで歩くことで人をひきつない異様な存在感を放っていた。
どちらも一目を人目を惹きつけるような出で立ちをしていて、
周囲から(特に女性から)注目を集めている。
「なんで兄貴がここに?」
ヴァロは顔をひきつらせながら言う。
「こっちに支部を作ったのは以前話しただろう。その件で少し用ができてな」
そう言えば交易都市ルーランに支部を作ったという話は
新年会の時に一度聞いていた気がする。
「おや、フィアちゃんも一緒か」
さわやかにそして
ヴァロは頭痛を感じた。
「ケイオスさん、お久しぶりです」
フィアはケイオスに対して頭を深々と下げた。
ヴァロの兄ケイオスはフィアと面識がある。
「フィアちゃん、しばらく見ぬうちに一段と綺麗になったね」
「ありがとうございます。ケイオスさん」
フィアはそう言ってケイオスに一礼する。
「そうだ今度取引で出てきた靴がある、今度よければ…」
「兄貴」
ヴァロはケイオスをにらみつける。
ケイオスは理由をつけてフィアに物を与えたがる。
まるで孫に何かを買い与える好々爺である。
そのたびにヴァロに怒られているのだが…。
「いいだろう。フィアちゃんももう立派なレディだ。レディは皆着飾る権利がある」
「いつも思うんだが、どっからそんなきざなセリフを出てくるんだ。つーか問題はそこじ
ゃない。
いいからとっとと子供作れ」
ヴァロは苦い顔で兄に言う。
「私は仕事が恋人でね。各地を飛び回っていてそんな暇はないのだ」
「だから護衛と妙な噂が立つんだぞ」
黒服の護衛とできてるとかなんとか陰口をたたかれている。
男色の気を疑われている。
「噂もなにもこいつは俺のかけがえのない友人であり、護衛だよ。言いたい奴には言わせ
ておけばいい」
ケイオスはとんと背後の黒服の男の胸を叩く。
ヴァロからすれば不気味そのものの相手だが。
「ヴァロこそどうなんだ?その歳になれば浮ついた話の一つや二つあってもいいだろう?
」
思いもよらぬ返しが炸裂する。
「俺のことはいいだろう」
ヴァロはそういってそっぽを向く。
実は話はないこともなかった。
騎士団で働いていて、何度か交際の申し込みはあったし、同僚からは女性を進められるこ
ともあった。
ただヴァロは『狩人』という特殊な集団に属している。
状況になれば大陸を飛び回らなくてはならないし、相手は魔物、いつ野たれ死ぬかわから
ない。
頭の片隅で常にそんなことを思っているために、
無意識的に女性と付き合うことから一歩引いて考えてしまう。
「フィアちゃん、こういうのどう?」
ケイオスはヴァロを指さしフィアに問う。
「ヴァロらしいですよね」
フィアはそう言ってくすりと笑った。
「おやおや」
意外そうなものを見るようにケイオス。
「ところでヴァロ今晩の宿は決まっているのか?」
「これからだ」
「やはりな。お前のことだからそんなことだろうと思ったよ。
降ってわいた魔獣討伐、それに続くかのように『真夜中の道化』討伐である。
宿の手配まで気を回している暇はなかったのだ。
「今ルーランの宿は明日から始まる祭りのせいでほとんど埋まっている。
ルーランの周囲で野宿する人間もでているって話だ。
今からじゃとてもじゃないが部屋は取れないぞ」
「…まいったな」
ヴァロとフィアは顔を見合わせた。
ルーランの治安は大陸屈指と言ってもいい。
理由はよくわからないが、おそろしく犯罪率が少ないことが有名だった。
別にヴァロ自身は野宿することに抵抗はないがフィアは年頃の娘である。
今は魔女の追跡をしているわけでもないし、魔獣を追っている状況でもない。
フィアも一緒に野宿することにはかなり気が引ける。
「兄貴、フィアだけでもどうにかならないか?」
「うちの商会が懇意にしている宿がある。もちろんフィアちゃんさえよければだが?」
「お願いします」
フィアは頭を下げた。
「場所はこの通りを少し進んだところにある。
名は『羽帽子』。看板があるからわかるだろう。
これから大事な用事があるんだろ。そんなぼろぼろの恰好で行くんじゃないぞ」
ケイオスはヴァロのマントからのぞく服を指さす。
「悪い、兄貴」
ヴァロはケイオスに向かって頭を下げる。
ケイオスはそのままヴァロに近づき語りかける。
「別にお前のためってわけじゃない、フィアちゃんのためさ。
どうせ大事な用事ってのはフィアちゃんがらみなんだろう?
そんなぼろぼろの姿で行ったらあの子の名に傷がつく」
「お見通しか」
「ああそれとな、この街であの名はあまり口にしないほうがいい
どうもここではあの名は禁句らしい」
ケイオスは耳元でそう囁いた。
「兄貴、それはどういう…」
意味が解らずヴァロは兄に疑問を投げる。
「じゃあな、これから取引先と商談があってね。悪いが、また後で」
そう告げるとケイオスは黒服の護衛と通りを進んでいった。
それを遠目から見ている女性がいたことをヴァロたちは知らない。
そしてそれが今回の事件の幕開けだったことを。