1-2 交易都市
交易都市ルーラン。
そこは昔から東の大陸と接する玄関として使われてきた。
現在も地理的に東の大陸との交易を一手に引き受けている。
一日に行き来する船の数は千を超え、ルーランには西の大陸中の商会の支部が集まってきている。
商会にとってルーランに支部を持つことは一つのステータスであり、また繁栄の象徴でもあった。
その一方で、東の大陸と接するために長い間その脅威にさらされ続けてきた歴史がある。
村人の引き渡しが済んで数日、ヴァロたちはルーランにたどり着く。
旅は思いのほか順調に進んだ。
「それにしてもなんかやけに人が多いな」
道端ですれ違う人の数が尋常ではない。
ルーランに近づいているのはわかるが、これはちょっと多すぎである。
「昨日立ち寄った食堂の人に聞いた話では、ルーランで祭りが開かれるって話よ」
得意げに馬上からフィア。
彼女は数日前の村人たちとの別れから少しずつ元気を取り戻し始めている。
「ルーランで祭りが?道理で人が多いわけだ」
フィアの言葉にヴァロは納得する。
「あ」
「どうした?」
ヴァロはフィアに問う。
「海が見えたわ」
フィアは遠く広がる海を指さし声を上げる。
ヴァロはこういう時は本当に歳相応だと思わされる。
「そろそろルーランがみえてくるぞ」
海から少し冷たい潮風が丘を吹き抜けていく。
ヴァロたちの眼下に交易都市ルーランがその姿をあらわした。
ルーランへと続く街道沿いには人が筋になって連なっている。
海へと目を向ければ港にはかなりの数の船が停泊しているのが見える。
「あそこが交易都市ルーラン…」
道の途中、一望できる丘の上からヴァロ達はルーランを見下ろす。
ヴァロは若い時にマールス騎士団の仕事で来ている。
ここから見える景色は変わらないなとヴァロは思った。
さぞかしフィアは喜ぶかと思いヴァロはフィアの方を振り向くと、
なぜかフィアは浮かない表情をしていた。
「どうした?」
心配になりヴァロはフィアに声をかける。
「いいえ、なんでもない」
「大丈夫か?」
ルーランが見えるようになり、近づくにつれてフィアは体を抱えるように
うずくまり始めた。
いつもならば初めて見る結界に夢中になっているところである。
今までとは全く異なる反応にヴァロは戸惑う。
「大丈夫か?」
「大丈夫よ。ところでヴァロは何も感じない?」
馬上にいるフィアは顔をゆがめている。
「俺は特に何も感じないけれどな」
「そんなに違うのか?」
不思議そうにヴァロはフィアに尋ねる。
「まあ…かなり」
フゲンガルデンの結界は強固で堅固な結界であり、
コーレスの結界は芸術的とも言えるほど緻密で綿密な結界であり、
ミイドリイクの結界は広大な結界だった。
結界にはそれぞれ地域に合わせた特性がある。
この結界は今まで見てきたのと変わらないぐらいに凄まじいが、その反面おぞましく感じた。
使い手が変わるだけでこれほどまでに結界の様相が変わることにフィアは動揺を隠せない。
「…まるで魔獣の腸の中にいるかのよう」
フィアは誰にも聞こえないよう小さくもらす。
人には害をもたらすものではないのはわかったが、フィアはそんな感想をもった。
この結界に入ってからというもの、
なるで何か巨大なものに直に触れられているような気分にさせられる。
「ユドゥンの屋敷による前に宿によって荷物預けていこ…」
「ひぃっ」
ヴァロの近くを通りかかった男が、いきなり腰を抜かしてその場に座り込む。
「大丈夫ですか?」
ヴァロは右手を差し出すが、その男は逃げ出すようにヴァロから離れていった。
「なんだありゃ?」
周囲を見回すと通りを歩いていた人たちが、ヴァロたちを遠巻きに見つめている。
ヴァロは妙に悪目立ちしてしまったと思った。
「あの一体何が…」
周囲の人間に声をかけるも、足早に立ち去って行ってしまう。
明らかに尋常ではない。
「どうなってるんだ、一体…」
ヴァロとフィアは唖然として、その場に立ち尽くす。
そんな中、背後からかかってきた声はヴァロのよく知っているものの声だった。