エピローグ 魔王の絵画
「弟さんに王様のことを話さなくていいのカイ」
窓辺に座り、北の空を見ながらドーラは問いかける。
「…いずれは話すつもりだ」
ドーラの問いにケイオスは筆を走らせながら答える。
「いずれネ。そうそう、今回使われたのは魂連結ダ。
魂連結使う人に王様は心当たりあるんじゃないのカイ?」
ドーラは空を見上げながら続ける。
「魂連結の基盤を作れるモノなど、この世界では私以外一人しかいない
」
「…やっぱりあの方が動き出したってことカナ」
「おそらくな」
クファトスは変わらず筆を動かし続けている。
「…いいのカイ?いかせちゃってサ。フィアちゃんたちだけじゃ結構まずくないカイ?」
「あの子には決定的に足りないものがある。今回の件でそれに気づいてくれるといいのだ
が」
クファトスは筆を止める素振りを見せずに続ける。
「王様お得意の因果干渉はしないのカイ?」
クファトスの魔法の一つ、因果干渉。
それは因果律を操れるという化け物じみた
「私が因果に干渉できるのはせいぜい数日と言ったところだ。
それ以上はさすがに私でも計算が追いつかんよ。
それにフゲンガルデンに関すること以外では、その日が来るまで極力魔法を使わないと決
めている」
「二人とも死んじゃっても知らないヨ」
ドーラは頑固な主人にぼやいた。
「ドーラは過保護だな」
「相手が相手だと思うヨ」
「…おそらくこれがあの子にとっての一つの大きな試練になる。
ユドゥンも動いている。こちらが下手に動けば、ユドゥンにこちらの動きを悟られる可能
性も出てくる。今回は静観することにするさ」
「ユドゥンは僕ら側に巻き込んじゃったほうがよくナイ?」
「彼女には重要な役割がある。まだ知られる時ではない」
クファトスは筆を走らせながら続ける。
「…そう言うことなら、王様の考えに従うよ」
ドーラはやれやれと言った様子だ。
「それにしてもクファトス、本当に譲ってしまってもよかったのですか?」
話の腰が折れたところで、横から黒服の用心棒が問いかける。
「あれは私自身への戒めでもある。だが、いつまでも持っているわけにもいくまい」
言っている意味が解らずドーラはきょとんとしている。
「絵画のこと?あの絵画、どういうものだったのサ」
「アレはかつて私が描いたものだ」
クファトスの一言にドーラは言葉を失う。
「まじですカ。遠目だったけど、あれかなり出来が良くなかった?」
ドーラは驚きの表情でケイオスを見る。
「そりゃそうだ。色の出し方、構図の描き方、時には人間の画家に意見をもらったりして
それなりに研究したからな」
クファトスはさも当然のことのように語る。
既にドーラは開いた口がふさがらない。
「アレは昔私が子供のころ人間の都市に忍び込んだ時に見た絵画だ。
子供のころだったか、とても感動したのを覚えているよ」
クファトスはどこか懐かしむようなようすだ。
「後でその都市を占拠した後、私たちに奪われることを危惧した人間が
その建物ごと焼いてしまったと聞いた」
どこか寂しげにクファトスは語る。
「私は何度も何度も捕らえた画家や、人の姿で名のある画家たちに頼み、
同じものを作らせたのだが、とても本物には遠く及ばなかった。
それで私がそれを描いてみようと思った。
私の記憶から、人々の記憶からその絵が忘れ去られてしまう前に。
それで描いたのがあの絵だ。
カタチとしては本物にはもっとも近く描けたと思ったが、それでも何かが違う。
私はそのとき思い知ったよ。物事には替えのきかないものもあるということに。
私が今回競売会にあの絵を出品したのは
あの絵が少しでも人々の記憶の片隅に残ってくれればいいと思ったからだ」
ケイオスはしみじみと語る。
目的は金銭ではない。
「魔王クファトスの描いた絵って…ネェ」
逆にそちらの方がとんでもない高値がつきそうである。
もっとも第三魔王が描いたなど、この場にいる者以外、誰も知る者はいないし、
誰も信じないだろう。
「ところでドーラ、頼んでおいた名簿の件なんだが?」
祝辞をいただいた商会の方々への返事を返さなくてはならない。
下手に遅れて返さないということなど言語道断、
この場で作ったつながりは今後の商売のつながりにもなってくる。
ドーラは扉の前で足を止める。
「王様、仕事を片付けたら僕は北に向かわなくちゃならナイ」
ドーラの言葉にクファトスは筆を止める。
「モルトーアの件か。オルドリクス…厄介だな」
「おそらく北の地にあいつはいるヨ」
ドーラの声からは決意があった。
「…北の地…フィリンギか。奴は現実主義者である上に個人主義者でもある。
幾らお前でも正攻法では話すら聞いてもらえんかもしれんぞ」
「覚悟の上ダヨ。僕は一人でやるつもりサ。
…じゃ、資料はまとめて昼過ぎにはもってくるヨ」
ドーラはそう言うと部屋を出て行った。
「全く、どうしてこうも次から次へと」
残されたケイオスは言葉とは裏腹に楽しげに呟く。
「クファトス、顔が笑ってますよ」
黒服の男は静かに主人をたしなめた。




