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7-2 北へ

「ずいぶんとその絵画、気に入られたようですね」

ピューレアはユドゥンの傍でそう呟く。

ユドゥンは寝そべりながらその絵画を鑑賞していた。

「…ヴァロ・グリフ」

ユドゥンは絵画の前に立ちながらその言葉を呟く。

「御存じだったのですか、ユドゥン様」

そのユドゥンのつぶやきにピューレアは声を上げた。

「この私が知らないとでも思いましたか?」

ユドゥンは意外そうな声を上げる。

「失礼しました」

ピューレアはそう言って頭を下げた。

「フゲンガルデンにて、第六魔王の遺産である屍飢竜を破壊したという『竜殺し』。

こうしてまみえることになるとは思いませんでした」

ピューレアは感心したようにそうつぶやく。

「フフフフ…ピューレア、彼の者の功績はそんなものではありませんよ。

コーレスにて魔王ドーラルイの肉体を得た人間の討伐に加わり、ミイドリイクにて魔軍と


の衝突を回避したうえで『パオベイアの機兵』の足止めを行いました。

さらに今回『真夜中の道化』を討ち取るという功績まで上げています」

衝撃的な事実を次々に告げられ、ピューレアは驚愕する。

魔王討伐?魔軍?既に竜殺しの比ではない。

そんなことをやってのけたというのならすでに伝説の英雄と肩を並べる存在である。

『パオベイアの機兵』だけはよくわからなかったが、

おそらくそれらに匹敵する何かなのだろうと解釈した。

「公にすべての事実が公表されれば、彼は若くして歴代の英雄達と肩を並べるでしょうね


人類は彼に感謝しなくてはなりません。

彼はこの大陸の人間を少なくとも三回は救っているのですから」

ユドゥンは淡々とその事実を口にする。

「…」

ピューレアは生唾を呑み込む。

ユドゥンの話は誇張ではない。それだけのことを彼は行っている。

「ただ事情があって教会も伯爵もそれを隠しています。

どうしてか、おおよその察しはつきますが…」

ユドゥンは鼻で笑う。

「ならばなぜ、そんな彼を無視するようなまねを?」

「私にはこらえ性がありません。

魔剣を見ると持ち主を殺してでも欲しくなってしまう」

彼女は頬に手を当てながら、うっとりとその一言を口にする。

「魔剣?契約者だったのですか?」

「…彼からの魔剣の波長は二つありました。ただし、一つはとても弱いもの。

ひょっとしたら契約した後、どこかで失っているのかもしれませんね」

「…多重契約者」

ピューレアはその言葉をつぶやく。

魔剣の多重契約は重罪である。

「おそらくラフェミナもそのことは知っているのでしょう。

ミイドリイクであの騎士と会っているはずですから。

それならば私たちが咎めるようなことではありません」

ユドゥンは北の空を見つめる。

「…それに彼はフィアちゃんの騎士。手出しはしませんよ。

もう少しの間彼にはフィアちゃんを護ってもらわなくてはなりません。

私はフィアちゃんにはこれ以上嫌われたくありませんからね」

そう言ってしばらくした後、彼女は振り返る。

「さて、我々も動くとしましょう。ピューレア、教皇へ至急例の手紙を」

「はっ」

ユドゥンの指示でピューレアは動き始める。

それは物事が動き始めたことを意味していた。



門前で誰もがその姿を目にとめる。

それは交易都市ルーランにおいての絶対者に恩を売った存在。

その話は一夜にしてこのルーラン中を駆け巡った。

ケイオスは黒服の用心棒とともにヴァロの見送りに来ていた。

ドーラは仕事が忙しいらしく、見送りには来れないそうだ。

「兄貴、今回はすまない」

「なぜお前が謝る?今回迷惑をかけたのは俺の方だ。

二人にはいろいろ心配かけさせてしまったみたいで悪かったな」

「…」

ヴァロは知っている。

今回、兄の商会がリュウレン商会と競売会を競う原因はヴァロにあった。

「フゲンガルデンへ戻るというわけではないようだが…」

「これから俺はフィアとともにトラードに向かう」

ケイオスが顔を向けるとフィアは頷いた。

「トラードか遠いな」

「兄貴はフゲンガルデンには戻らないのか?」

「ちょっと大変なことになってしまったからな。年内に戻るのは厳しいかもしれん」

少し困ったようにケイオスは言う。

あれから兄ケイオスの商会へひっきりなしに祝辞が届いた。

話によれば、総督バブリスとの会食も予定されているという。

あまりにごたごたしているので、ヴァロたちはすぐにルーランを発つことにきめた。

見送りはいいと断ったのだが、ケイオスは強引に見送りに来た。

「それじゃ、またな」

「ケイオスさん、お世話になりました」

「ああ、フィアちゃんも元気で」

そうしてヴァロたちは進路を北に向けた。


「…本当に行くんだな」

ルーランを出てからしばらくして、ヴァロはフィアに問う。

これから行うのは現役聖堂回境師の告発だ。

下手をすれば、それと対決することにもなりかねない。

さらに相手は掃滅結界と言う攻撃性の高い結界の中にいる。

「幾つかユドゥンさんからトラードの掃滅結界の対抗手段は教えてもらってる。

ヴァロこそ来る必要はない。これはただの私たちの内輪もめなのだから」

彼女の瞳には覚悟の光があった。

こうなったらフィアはヴァロがなんと言おうと聞かない。

「一緒に戦。フィアは俺の身内なのだろう」

あの時少女からもらった言葉をヴァロは返した。

少女はきょとんとした表情を浮かべた後、はにかむように笑った。

「それに俺なしでどうやってトラードまで行くつもりだよ?」

「…そ、それは徒歩で…」

歯切れ悪い少女の物言いにヴァロは苦笑いをする。

「ったく、こうなったらとことんお前に付き従うさ」

「ありがとう、ヴァロ」

フィアは戻ってくるつもりなのだ。

少女の一言にヴァロは少し笑いたくなった。

「トラードか、かなり北だな」

「これじゃ、年内にはフゲンガルデンに帰れそうにないね」

「そうだな」

フィアは戻れると思っているのだろう。

ヴァロには少しだけそれが心強く感じられた。

「もう犠牲はとめなくちゃならない」

フィアが言っているのはあの『真夜中の道化』の惨劇だろう。

たくさんの人間が犠牲になり、それが人知れず二百年にも及ぶ間ずっと続いてきた。

ヴァロもフィアと同じ考えである。

これ以上そのものの蛮行を放置しておくわけにはいかない。

フィアは本当に強くなったと思う。


向かうべき場所は天空都市トラード。

そこに待ち受けるのは聖堂回境師カランティ。

彼女こそが『真夜中の道化』の真の首謀者だという。

このままその者を野放しにしておけば多くの民が犠牲になる。

「それじゃ、行きますか」

「うん」

ヴァロとフィアは北に向かう。

北の空には白い雲が立ち込めていた。


もうすぐ嵐が来る。

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