1-1 爪痕
ヴァロたちの活躍により、はぐれ魔女集団『真夜中の道化』に囚われた村人は救出された。
現在、馬車は魔女たちが使っていたものを使わせてもらっている。
書類を見せ、通過する許可を得るとすんなり国境は越えることができた。
国境を越えるとそこには待ち構えるように、正装をしたマールス騎士団員数人の姿があった。
甲冑に全身を包み、その表情はうかがい知ることはできない。
当然行きかう人々の注目を引いている。
ヴァロがその前に立つと、その代表の一人がヴァロの前に進み出てきた。
「よお」
そう言ってその騎士団員は兜を脱いだ。
「キールさん」
子供たちを迎えに来た騎士団一行はヴァロのよく知る男キールのようだった。
キールというのはマールス騎士団においてヴァロの先輩にあたる。
今回の『真夜中の道化』という魔女集団に拉致され、抜け殻になった村の警備をしていた。
現在抜け殻になった村は疫病が発生したということで隔離され、マールス騎士団が封鎖している。
キールはその警護担当をしていた人間でもある。
ここに彼が来たということはことがことだけに、担当する人間は少ないほうがいいとの上の判断なのだろう。
この様子だと、どうやら今回の一件もお蔵入りになりそうである。
「この書類にサインをもらえるか?」
ヴァロはキールから書類とペンを受け取る。
代わりのようにヴァロは全員の名簿の入った書類をキールに手渡した。
「村人は全員無事ってわけじゃないんだな」
引き渡された書類をキールは目を通すとそう呟いた。
「ああ」
サインをしながらヴァロ。
「それにしてもぼろぼろだな。ずいぶんと派手にやったようだ」
キールは視線をヴァロの服に向けた。
マントの下のヴァロの服は『真夜中の道化』との戦闘でぼろぼろになっていた。
マントを羽織っているのであまり目立たないため、ルーランについてからどうにかするつもりだったのだ。
「…ええ」
「やっぱり今回も魔女の仕業だったのか?」
キールはヴァロにだけ聞こえるようにこっそりと聞いてくる。
「ええ」
「どんな奴らだった?」
キールはヴァロに問う。
「…見かけはただの人間でした」
ヴァロはサインをしながら淡々と答えた。
「見かけはか…。人と区別がつかないっていうのは本当に性質が悪いな」
「…」
そこでキールは自身の失言に気づいた。
「フィアちゃんのことを言ってるわけじゃないぞ」
「わかってます」
ヴァロは頷いた。
「村のことなんですが…」
「うちの騎士団領で起きたことだ。当面の面倒はうちらで見ることになる。
建前上は疫病による隔離ってことになってるしな。
行方不明者もかなり出ていることだし、以前のような状態に戻すには…」
キールの表情はどこか重かった。
「…キールさん、すみません。後をお願いしても…」
ヴァロはサインのついた書類をキールに手渡す。
「ああ」
肝心の後始末をキールたちに丸投げることになり、ヴァロは罰の悪い思いでいっぱいだった。
「気にするな。なんでもかんでも一人で背負おうとするなよ。
お前にはお前のできることがあるし、俺にもできることはある。
全部一人でやれるんなら、それはもう組織じゃない」
そう言ってヴァロの肩を叩いた。
「ありがとうございます」
こうして護衛の任務の引継ぎが終わったのだった。
騎士団員に連れられた子供たちはよほどフィア気に入ったのか、
馬車の荷台からその姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。
ヴァロは道でみかけた少女の姿をした魔女を思い出す。
あれが魔女とわかっていなかったとしたら、すんなり剣を向けられただろうか?
もし剣を殺してしまった時そのものがただの人間だったとしたら…。
ヴァロは頭を振る。
「俺たちは交易都市ルーランに向かうか」
遠ざかる騎士団を眺めながらヴァロは言う。
フィアは黙って頷いた。
荷台は『真夜中の道化』の連中との戦闘で使い物にならないためにおいてきた。
ヴァロはフィアと荷物を馬上に乗せて、手綱を引いて歩いて向かうことになる。
もともと速度のある品種ではないし、力はあっても速度は無いためだ。
フィアは去っていく馬車を見つめていた。
「フィア、どうした」
フィアは馬上から子供たちが向かった道の先をただ見つめていた。
「…つらいなと思って」
村人の顔は慣れない土地で疲れ切った表情だった。
だが彼らの本当の戦いはまだ終わってはいない。むしろこれからといってもいい。
村に戻って現実に直面し、目の当たりにすることになるのだ。
肉親の死に直面する人間もいるだろう。
「そうか」
そう言ってヴァロはどこか誇らしげにフィアの頭をくしゃっとなでる。
「『真夜中の道化』は俺たちが倒したんだ。もう二度と彼らのような人間が現れることはない」
ヴァロは自分に言い聞かせるようにそう言う。
フィアは『真夜中の道化』たちのような魔女にならずに良かったと思う。
フィアは子供たちのことを考えられる。
だからこそ人を道具としてしか見ない人間にはならないとヴァロは強く思う。
「まだ事件は本当の意味で終わっていない…そんな気がする…」
フィアは小さくぼそりとつぶやく。
フィアは漠然とした違和感のようなものがぬぐえないでいる。
あの魔女たちの背後には第三者の影があった。
彼女たちよりも高位の魔法使いの存在が背後にいる。
はっきり確認できたわけではないが、それが明らかになるまでは
真の意味での解決にはならないのではないか。
彼女はそんな気がしていたのだ。
「なんだって?」
「いいやなんでもない。行きましょ、ルーランに」
フィアは小さく首を振る。
そしてその考えは間違えなどでは無かったのだとフィアは思い知ることになる。
まだ事件は本当の意味で解決などいないかったのだ。
「ああ、次は交易都市ルーランに行こうか」
気分を切り替えなくてはならない。
ヴァロたちはルーランに向かう街道を歩み始めた。
これは前の章で書き忘れたものです。
つーかかけなかったもの?
かなり鬱展開ですね。
さて次は交易都市ルーランになります。
さて、ぼちぼち書いていこうかね。